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冒険者ギルドの受付でチート持ち主人公の噛ませ犬にされた男の一生  作者: 雨宮ヤスミ
幕間

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74/222

その時のバックストリアの冒険者(中)

 

 

 あの依頼からおよそ3週間後、テオバルトは「アンダサイの森」の中を走っていた。速度強化魔法を重ねがけしながら、もがくように足を動かした。


 既に三人の仲間は死んでしまった。ウルリスも、ラインも、セロも。それを置いてきぼりにして、テオバルトは生きるために駆けた。


 三人の命を奪ったのは、灰色の魔獣だった。翼の生えた人型で黒い槍を手にしている、見たこともない魔獣だ。


 いや、ただ一点見覚えのある特徴を持っていた。


 額に生えたねじくれた黒い角。


 1000本以上埋めたのだ、忘れるわけがない。


 デジール、あの男がこの魔獣どもを……。


 テオバルトの頬を鋭い何かがかすめた。後ろから、あの魔獣どもが追ってきている。


 速度強化の草原走鳥(オストリッチ)のお陰で、何とか今は逃げられている。森が途切れるのが先か、テオバルトの魔力が尽きるのが先か、ほとんど賭けであった。


「……くっ、草原走鳥(オストリッチ)!」


 効果を切らしてはならない、この速度を保たねば。速度強化魔法を重ね掛けするテオバルトの脇腹に槍がかすめる。直撃は免れたが、血が滴っている感触がある。魔力と体力を振り絞って、テオバルトは更に走る。


 ふと、水草のにおいが鼻を突いた。しめた、森の出口「カウク湿原」が近づいてきている。


 テオバルトは最後の力を振り絞り、足を動かす。やがて、木立の切れ目が見えた時、急反転して最後の魔力を解き放った。


「大地城塞(ガイア・ウォール)!」


 低空を飛びテオバルトを追っていた魔獣たちは、突如としてそびえ立った石壁に激突した。


「……よし」


 助かった。テオバルトは長い草の中にへたり込んだ。荒い息を吐き、空を見上げる。


 そして、そのまま目を見開いた。


 夜の色となった空に広がっていたのは、絶望的な光景だった。


 何百というあの灰色の魔獣の群れが、「アンダサイの森」からバックストリアの街の城壁の内へと空から入り込んでいく。


 大きな街の城壁には、「対魔獣結界」と呼ばれる魔獣の嫌う波長を発する装置が設置されている。もちろんバックストリアにもその装置はあるのだが、それをものともせずに、禍々しい灰色の一塊となって、魔獣たちは城壁の内側へと侵入していた。あの魔獣たちには、「対魔獣結界」が効かないのだろうか。


 畜生! テオバルトは悪態をつき、地面を叩いた。安全と思っていた街の中にまで入り込んでくるとは……。


 逃げ出すか? だが、見渡す限りの湿地帯、身を隠せる場所はない。それにこの出血だ。テオバルトは脇腹を押さえる。とにかく、街に戻るしかない。


 体を引きずるようにして、テオバルトは城門に向かった。




 テオバルトが生まれたのは、王国の南に位置するマティアス地方の農村・カーサだった。


 マティアスは山がちな地形で、アドニス王国の中では最も開発の進んでいない地域であった。マティアスの玄関口であるワールの街は賑わいを見せるものの、それ以外の村落の暮らしは厳しい。とりわけ、南側は「ジューフ山脈」に住む山岳民族からの襲撃に、長年脅かされてきたこともあり、農業もままならない土地もあった。


 マティアス地方を治めるツィンド家の当主は、領内の困窮を打破すべく、さまざまな施策を打ち出した。具体的には、特産品の保護と奨励、山岳民族との和解と不可侵条約の締結、そして領民の教育であった。


 ワールやアドイック、果てはバックストリアからも自費で教師を呼び、社会的地位や門地を問わず、読み書き計算と魔法を領民に教育した。


 テオバルトも、このツィンド伯の施策で魔法を学んだ一人だ。魔法の才能があった彼は、土属性の魔法を中心に覚えた。土属性の魔法の中には、農業に重要なものが多くあるためだ。


 何を勉強したって、どうせ実家で農業をすることになるんだ。どこか諦めたようなものを抱えながらも、魔法を学ぶのは楽しかった。


 しかし、テオバルトらに魔法を教えていた教師の一言で、彼の運命は一変する。


(君ほどの才能があれば、バックストリアの魔道士養成所でもトップを取れるだろう)


 魔道士養成所で優秀な成績を収めたものは、バックストリア大学への推薦が得られる。大学で農業用の魔法を研究するべきだ、とその教師は言った。


 ツィンド伯も期待している、と言われれば断る理由はない。テオバルトの両親は彼をバックストリアへ行かせることを決意する。テオバルトは戸惑いを覚えながらも、バックストリア魔道士養成所の門を叩いた。


 教師の言ったことは事実だった。並みいる名家の魔道士候補たちを尻目に、テオバルトは優秀な成績を収めた。養成所始まって以来の天才、というわけではないが、常に成績は上位十人の中には入っていた。卒業時には、大学への推薦は確実に得られるだろう、そう噂されるほどには。


 しかし、テオバルトは推薦を得ることが叶わなかった。彼が卒業した年、大学への推薦を得たのは全部で五人。その中にテオバルトの名はなかった。卒業試験で第2位の点数を出し、総合でも上位五名に入っていたにもかかわらず、だ。


 何故だ、とテオバルトは養成所の校長に問うた。推薦を得た五人の内、四人には納得できる。彼らはいずれもテオバルトと上位を争っていた優等生たちだ。


 だが、五人目は違う。彼の成績は上位どころか下から数えた方が早いほどだったはずだ。


 テオバルトの抗議に、養成所の校長はこう告げた。


(彼はガンドール家の有力な血筋、それに対して君は平民だ。辺境の地の、何の後ろ盾もない農民の子だ。どちらを推薦すべきか、我々は総合的な判断を下したまでだ)


 冷徹な言葉に、テオバルトの中で何かが切れた。


 何がガンドール家だ、総合的な判断だ。何がバックストリア大学だ。農民の子にも勝てないくせに、どうして威張り散らしているんだ。


(血筋も実力の内だ。腕一本で戦いたければ、冒険者にでもなりたまえ)


 こうしてテオバルトは、バックストリアの冒険者ギルドに登録することになった。ガンドール家とバックストリア大学への、強い不信感を胸に抱えたまま。




 固い寝台の上で、テオバルトは目を覚ました。身を起こすと、脇腹に激痛が走る。強い倦怠感に、頭がくらくらした。


 脇腹に手をやると、真新しい包帯が巻かれていた。回復魔法で無理やりに傷を塞ぎ、「魔剤」で効果を促進している、大方そんなところだろう。


 ここは恐らく、冒険者ギルドの2階だ。怪我をした冒険者に対応する救護室がある、と聞いたことがある。部屋の中は薄暗く、テオバルト以外に誰もいなかった。


 街の城門の前まで、体を引きずってきたことは覚えている。顔見知りの衛兵が門から出てきて、倒れたテオバルトを抱き起こした。記憶があるのはそこまでなので、衛兵がギルドまで運んでくれたようだ。


「気が付いたようね」


 不意に部屋のドアが開き、女が入ってきた。バックストリア冒険者ギルドの受付嬢にして、ギルドマスター代行のエリンである。包帯を巻いたり、治療をしたのも彼女なのだろう。


「テオバルト、あなたの冒険者証の記録を見せてもらったわ」


 ご愁傷様、とエリンは目を伏せる。ウルリスたちの死を知ったようだ。


 そうだ、とテオバルトはエリンを見上げる。


「あの魔獣は? 灰色で黒い一本角の……、街に入ってきて……」

「それなら今、街中の冒険者たちで対応に当たっているわ」


 見なさい、とエリンは窓の方をあごでしゃくる。テオバルトはふらふらと立ち上がり、窓に近づいた。


 あれは、「碩学の蜻蛉広場」の方だろうか。雲霞のごとく魔獣が押し寄せている。一塊となった魔獣の群れは「アンダサイの森」から、バックストリアの上空へ集まってきているようだった。


「な、あ……!」


 上空で水流が走り、赤熱する輪が弾けるのが見えた。前者は知らないが、後者は炎の上級攻撃魔法だ。


 空の上で戦っている者がいるのか……? テオバルトは空に魔道士の姿を探した。


 いた。数百匹の群れに対して、それはあまりにも小さな点だった。風が周りに渦巻いていることから、竜翼飛翔(ウィンド・フロー)を使って空中にいるのだろうが、あれはここまで縦横無尽に空を飛ぶ魔法では……。


「あの魔法……!」


 空中にいる魔道士から無数の緑暗色のイバラが伸びた。鎌首をもたげる大蛇のように、イバラは獲物を飲み込んでいく。あれは、百年呪茨森《マレフィセンツ・カース》なのか? あんなに太く、しかも大量のイバラを呼び出すなど、テオバルトの常識では信じられないことだった。


 イバラは絡み合って丸い籠を作り出し、魔獣の群れを包み込んだ。直径10マルン(※約3メートル)はあるだろうそれを、魔道士は竜翼飛翔(ウィンド・フロー)で空中に留め置いている。すさまじいまでの魔力だ。人間離れしてると言っていい。


 にわかに、夜空が光に包まれた。急激な白い輝きにテオバルトは目が眩んだ。これは噂に聞く極大魔法、神罰必杖覇《パニッシュメント・レイ》に違いない。やがて光が晴れると、丸籠も魔獣の群れも跡形もなく吹き飛んでいた。


「誰だよ、あれ……」


 思わず呟いたテオバルトの背後に、エリンが歩み寄る。


「『七色の魔道士』、ヘンリエッタ・レーゲンボーゲンよ」


 何!? とテオバルトはエリンの方を振り向いた。


 その名はよく知っている。何せ、このバックストリアの魔道士養成所始まって以来の天才と呼ばれていた才媛だ。どうせ、尾ひれのついた噂だろうと思っていたが……。


「たまたま彼女が来ていて助かったわね。バックストリアにいる冒険者だけでは、きっともっと酷いことになっていた」


 クソッ、とテオバルトは吐き捨てた。


 助かった、という思いよりも自分の無力を思い知らされた気持ちの方が強い。


 もし、あれ程の力があれば、ウルリスたちを死なせることはなかっただろう。いや、それ以前にあの養成所で推薦が得られていたはずだ。平民だからとか、そんな理由をねじ伏せられる、理不尽なまでに大きな力。それがどうして、俺にはないのか。


 荒い息を吐き、テオバルトは床に座り込んだ。まだ頭がくらくらする。そんな彼を、エリンは見下ろす。


「テオバルト、座り込んでいる場合ではないわ」

「……何だよ?」


 そうにらみ返した時、突然強い揺れがギルドの建物を襲った。


「うわっ……!?」


 座っていたテオバルトが倒れそうになるほどの強烈な揺れであったが、エリンは平然と立っていた。「来たわね」と油断なく窓の外を見据える。


 エリンの視線の先は、「碩学の蜻蛉広場」ではなく、城門の方に向いていた。テオバルトは窓の桟につかまって、よろよろと立ち上がった。そして、窓の向こうを見て絶句する。


「……ッッ!?」


 そこにいたのは、巨大な魔獣だった。あの顔のない一本角の魔獣をそのまま大きくしたような見た目をしている。半液状の下半身を引きずるようにして、城門にのしかかりその一部を壊して街に入り込んでくる。


 ギルドの足元、バックストリアの目抜き通りから悲鳴混じりの声が聞こえる。そちらに視線を移すと、ギルドから冒険者たちが脱兎のごとく街の奥、大学の方へ逃げ出していた。


「あらあら……」


 醜態を見せる冒険者たちを、エリンはどこか冷徹な目つきで見下ろした。


「あなたには言うまでもないことだけれど」


 エリンは真っ直ぐにテオバルトを見た。射抜くような視線だった。


「このバックストリア冒険者ギルドに登録している冒険者が約450名、現在実働があるのが287名、その内魔獣退治やキャラバンの護衛などの戦闘を含む『クエスト』を受注できるのが98名。残りの189名は、魔素調査や魔獣の生息域調査、古代遺物及び魔法素材等の鑑定や大学の実験助手で生計を立てている。所属する半数以上が戦闘を不得手とする冒険者、それがこの街のギルドの特徴よ」


 そして、とエリンは続ける。


「今夜、『七色の魔道士』を援護しに行ったのが戦闘のできる74名。後詰と称して残ったギルドに残った17名は、みんな戦闘を含む『クエスト』を受注したことのない冒険者よ。それがわかっているから、リックは連れて行かなかった」


 あの正義漢気取りが仕切ってやがるのか、とテオバルトは奥歯を噛んだ。


「74名以外の戦闘のできる冒険者24名は、今は街を離れていたり、死んでしまったり、早々に大学に避難してしまったものもいるわ……」


 その24名の中にはテオバルトのパーティも含まれている。いや、ウルリスら三人が死んだので、今は21名か。


 巨大な魔獣は建物を崩しながら前進し、大通りに崩れた瓦礫を投げつけた。逃げ遅れた冒険者の一人が、降って来たそれに押しつぶされて血だまりに変わる。


「……何が言いたい?」

「あなたしかいないの、テオバルト。74名は『碩学の蜻蛉広場』にいるし、ここまで何百匹もの魔獣とやり合っていて疲労困憊(ひろうこんぱい)。ギルドで『後詰』と自称してた子たちは、我先にと逃げ出している。今ここで戦えるのはあなただけなのよ」


 テオバルトはエリンの視線から逃れるようにうつむいた。


「俺だって疲れてる……。それに体力が残ってても、一人であんなデカい魔獣となんて戦えねえよ……」

「いえ、一人ではないようよ」


 エリンの言葉に窓の方を向くと、雷が弾けたのが目に入った。


 双剣を携えた小柄な剣士と斧を持った大男が、魔獣と対峙している。


「あいつらは、昼間の……」

「『七色の魔道士』の仲間よ」


 そうか、とテオバルトはようやく気付いた。昼間にあの森で出くわした見慣れない銀髪が、「七色の魔道士」だったのか。


 双剣士は雷を放ち、大男は斧を振り下ろす。どちらも腕利きだ、とテオバルトは見立てる。大男はウルリスに似た戦士だが、体捌きが遥かにしなやかだ。双剣士の方は、剣と魔法を高い水準で両立している。


 だが、巨大魔獣は腕を切り落とされても再生し、攻撃をものともしていないようだった。


 ダメだ、あのままじゃ。テオバルトは胸の奥が疼(うず)くのを感じた。双剣士は上級魔法が使えるようだが、それだけでは火力不足だ。集中して大きな魔法を当てなければ、あの規模の魔獣は倒せない。


「彼らを助けて、戦ってくれる?」

「……無理だ」


 力なく、テオバルトは首を横に振った。


「俺が行ってどうなる問題でもねえ。俺には極大魔法は使えない。使えたとしても、今の魔力じゃ撃てねえ……」


 泣き言のように、テオバルトは続ける。


「大体、『七色の魔道士』が来てんだろうが。そいつにやらせりゃいいだろ。俺なんぞより、よっぽど……!」


「あなたがそれを言うの?」


 エリンの一言は鋭く、えぐるように響いた。


「『七色の魔道士』とその仲間に、よそ者なんて言って絡んだくせに、よそ者に頼るの?」


 えぐられた胸の奥から、疼いていた何かがいよいよ暴れ出してくるようだった。


「権威と血筋が物を言う世界を見限って、実力主義の世界で勝負しに来たのに、自分の力を信じなくてどうするの? 仲間を殺され、自分も傷つき、そのまま座り込んでいるままで本当にいいの?」


 エリンを見上げると、彼女は星のような高い眼差しで、テオバルトを見下ろしていた。


「立ちなさい、テオバルト・カーサ。空を舞う魔道士もやってこれないこの場所が、あなたの今守るべき縄張りよ」


 テオバルトは奥歯を噛んだ。体は重い、傷は痛む、魔力もそれほど残っていない。


 それでも、今は戦わなければいけない時だ。


(どう考えても分が悪ぃ。楽じゃねえ戦いは逃げちまおうぜ)


 頭の中でラインが言う。だが、そんな彼を軽蔑していたはずだ。


(デカブツだろうがなんだろうが、全員で殴ればいつかは死ぬだろ)


 ウルリスならそう言うだろう。そういうイノシシ武者の手綱をこれまで握ってきたのだ、策はあるはずだ。


(テオバルトさんみたいに、戦いの中で魔法を試してみたくて……、それで……)


 セロの言葉が蘇る。戦う魔道士にあいつは憧れていたが、テオバルトこそ研究者の魔道士に憧れを感じていたのかもしれない。だから――。


「……勝てるとは言わねえぞ」


 ゆっくりと、テオバルトは立ち上がった。


「ええ、できることをしてくれればいいわ。そして、生きて帰ってきて」

「エリン……」


 ずるい女だ、そう言われちゃいくらでも張り切ってしまう。そう告げると、エリンはにっこりと笑った。


「わたしがずるいのは昔からよ。それこそ、神話の頃からね」


 謎のようなことを言って、エリンは「それに」と続ける。


「あなたには、聞かなければならないことが山ほどあるからね」

「……え?」


 よく見ると、目は笑っていなかった。


「ギルドを通さない仕事を受けたでしょう? その時のことをたっぷりと教えてもらいましょう」


 バレていたのか。生きて帰ってきた方が、よっぽど酷い目に遭いそうだ。

 だが、とテオバルトは思い直す。あの白い髪の男と、黒い角のことは告げねばなるまい。この街を襲った魔獣と関わりのあることだ。


「……わかった。行ってくる」

「ご武運を。あなたの生還を祈っているわ」


 エリンの差し出した「魔剤」を一息で飲み干し、テオバルトは部屋を飛び出した。

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