62.異世界転生者
「マーガン原生林」はアドニス王国の北東に広がる森林地帯である。樹齢100年を越す古木が並ぶ鬱蒼としたこの森は、フォサ大陸のちょうど中心に位置し、アドニス王国の他周辺2か国に跨っている。
300年前、魔王はフォサ大陸の国々を制圧した後、最後の1か国であるアドニス王国を攻め落とすため、この地に要塞を築いた。それが「マーガン前哨」である。
魔王は、「マーガン原生林」に住まう少数民族・エクセライ族のゴナルという男と通じ、彼にクーデターを起こさせ一族を掌握させる。そして、「マーガン前哨」の将として据えた。
ゴナルは人工魔獣の製造に長けていた。後に造魔獣と呼ばれるその魔獣と、魔王から借り受けた軍団を合せ、「アンダサイの森」から「カウク湿地帯」を経て、当時の王都であったコーガナへ攻め上る。
統制の取れた魔獣の軍団に、当時のアドニス王国騎士団は大打撃を受け、敗走を余儀なくされた。これによりコーガナは落城、近郊の街・アドイックにその機能は遷ることになる。
コーガナを占拠した後、アドイック攻めを部下に任せて、ゴナルは「マーガン前哨」へと戻る。王都が落ちた時点でアドニス王国の命運は風前のともし火、司令官である自分がいなくとも充分戦えると判断したのであろうか。コーガナを占拠した魔王軍が、アドイックへ攻め上がるまでに1か月の間隔があったと史書は伝える。
しかし、その1か月の間にアドイックでは、希望が生まれていた。
それこそは、ヒロキ・ヤマダ。「戦の女神」に召喚されし異世界人にして、後に魔王を倒し伝説の勇者となる男である。
「マーガン前哨」は、当時の戦いの末に上部の建物が崩れ落ちたものの、勇者とゴナルの死闘が演じられたという地下階はそのまま遺っていた。
300年以上の間、この遺構には人の出入りが許されていなかったが、昨年エクセライ家を中心とする調査団が入り、大規模な発掘が行われた。
地下階には造魔獣の製造装置の残骸をはじめとした、研究施設であった痕跡が数多く残されていた。また、勇者の物語である『ヤマダ戦記』にも登場する巨大造魔獣・ヒノヤマのものと思しき核の一部や、設計図を記録した魔石晶板の断片も新たに発見された。
更に、基地には地下2階があり、そこがゴナルの書斎として使われていたことも判明した。
この調査から2か月後、遺構の地下1階に、最新の魔法装置が次々と運び込まれていたことに気付いたものはいなかった。装置はすべて、地下1階に直接送り込まれたためである。
300年の眠りについていた遺跡の中は、今や往時の役割、即ち造魔獣の製造工場という姿を取り戻したかのようだった。
そして、地下2階の書斎もまた、新たな主を迎え入れていた。
「サイラス師」
「マーガン前哨跡」地下2階の小部屋、備え付けの机に向かっていたサイラス・エクセライは、自分の名を呼ぶ声に振り向いた。
「デジールか」
小部屋の入り口に立っていたのは、黒いマントを羽織った男であった。顔にも覆面をし、唯一露出した赤い目は鋭く、ただならぬ気配を漂わせている。額につけた鉢金には、六角形の紋章が彫られていた。
「虜が目覚めたよ」
黒覆面のデジールの言葉に、サイラスは瞑目して「そうか」と呟いた。
「あいわかった」
デジールが道を開け、サイラスは小部屋の外に出る。
「辛いかい、サイラス師」
「ああ、辛い」
階段を上りながら、サイラスは背後のデジールの問いにそう応じた。
「あの子は娘のようなものだからな」
「ならば、眠っている間に施術すればよかったのでは?」
時間は充分にあった、とデジールの口調はどこか非難するようにも聞こえた。
サイラスがバックストリアを出、この「マーガン前哨跡」に着いたのは真夜中のことだ。既に日は昇り、昼も過ぎようかという時間帯、睡眠や食事をとる必要があったとしても、いささか長い休憩であった。
「辛いからこそ、目覚めるのを待った」
どういうこと、とデジールは首をかしげる。
「理由を教えてやりたいからだ。何も知らずにいるのは、あの子にとっては辛いことだ」
「それは、施術を行う理由かい?」
いいや、と階段を上りきったサイラスはデジールを振り返って見下す。
「これから死なねばならない理由を、だ」
薄暗い地下室で、エッタは目を覚ました。
まず、花のような甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。ここは、と見慣れない部屋を見回し、身体の違和感に気付いた。
「……! ちょ、ちょっと!」
服をすべて脱がされ、一糸まとわぬ姿でバツの字に組まれた木に両手足を拘束されていた。
おかしい、何でこんなことに……! 先生は一体どこに? エッタは錬魔を行い、拘束を外そうとしたが魔素が上手く集められない。
殺魔石だ。錬魔を阻害する特殊な鉱石で、罪人の手枷などにも使われる。エッタにとっては苦い思い出のある品だが……。
と、そこで薄暗い地下室に光が差す。エッタから見て正面、広い室内を挟んだ向こう側の扉が開いて、二つの人影が入ってきた。
一方は黒装束に覆面の、絵に描いたような怪しい男。もう一方は……。
「お、お父様……!」
養父であり尊敬する師は、裸のエッタをまじまじと見つめている。
「どういうことなんです、こんな……!」
サイラスは何も言わずに、じっとエッタの体を見上げているばかりだ。
「迷っている時間はないよ、サイラス師」
黒覆面はそう言って肩をすくめる。
「最早、後戻りはできぬない。1500体もの造魔獣を使い、バックストリアの街を襲ったんだ。その代償に見合うだけの成果は上げないと」
「……! 造魔獣を!?」
あのブキミノヨルを造ったのが、サイラス? そして、バックストリアの街を襲わせたのも……? 街の人々を傷つけ、殺して回ったその主犯が、わたしの――。
「デジール、最早私に迷いなどはない」
黒覆面にそう応じ、サイラスはエッタに近づいてくる。
「お父様、嘘ですわよね、街を襲った造魔獣を造ったのが、あなただなんて……」
「事実だよ。よくもあんなに倒してくれたね。予定通りなら、バックストリアという街は昨夜の内に消えてなくなっていたのに」
デジールというらしい黒覆面が口を挟んでくる。エッタはサイラスの頭越しに、彼をにらんだ。
「あなたが、お父様を誑かして……!」
「違うよ。サイラス師は自分から我々に協力を申し出てくれたのさ」
そんなこと……! エッタの叫びに、サイラスが首を横に振った。
「ヘンリエッタ、私は自分の意思でこのデジールらに協力しているのだ」
言わされているだけだ、と否定できないくらいに、サイラスの声音はエッタの胸の奥を揺さぶった。
「『研究塔』などに、私はいたくはなかった。『スアン高原』で、造魔獣の可能性を追求していたかった。だのに、名誉ある職だからと本家から押し付けられ、挙句あんな魔法的知見の低い連中を相手にせねばならぬ毎日……」
ほとほと疲れたのだ。サイラスはため息と共に言い放つ。
「だから、我々の下でその才能を振るってもらったのさ」
エッタはデジールに鋭い視線を向ける。
「あなたは、一体誰なんです!?」
「僕はデジールという。秘密結社『オドネルの民』の三幹部が一人だ」
名乗りながら、デジールは覆面を脱いだ。黒い頭巾とは相反する白い髪が零れ落ちる。
覆面の下から、灰色の肌に黒と赤の目をした顔が現れた。整った面立ちは人形を思わせるが、その肌にはところどころ亀裂のようなものが入っている。
「秘密結社なのに名乗ってしまうとは……バカなんですか?」
明け透けなエッタの物言いに、デジールは鼻を鳴らした。
「これから君は死ぬからね。いくら聞かせても何の問題もないさ」
死……? エッタはサイラスに視線を戻した。養父は顔を上げ、二人の視線が交わる。
「お前はこれから、新たな時代の礎となるべく処置を受ける」
処置、という言葉がエッタの耳の奥を強く引っかいた。
「この『神玉』を、お前の魂に用いる」
サイラスはデジールが取り出した箱を受け取った。その中には、手の平にのる程の大きさの、輝きを放つの玉が収められていた。
「『神玉』って、まさか、あの……?」
300年前、魔王が各地にある神殿から奪い去ったという神の力の結晶、それが「神玉」だとされていた。魔王が強奪した後は、「神玉」の行方はわからないとされていたが……。
「お前の魂は『神玉』を受け入れる器だ。『神玉』は魂と溶け合い、新たな体に入る」
それがアレだ、とサイラスは壁の一方を指した。そこには「研究塔」の2階にあったような大きなフラスコが設置されており、その中には拳ぐらいの大きさの丸い何かが浮いている。
「魂を得れば、あの造魔人の胚は瞬く間に成長し、『ゴッコーズ』を得た新たな勇者が誕生するのだ」
「ご、『ゴッコーズ』の、勇者……?」
「そうだ。そして、器とするためにお前の『精神器官』に刻まれた、これまでの経験・知識・感情、すべてを初期化する」
「新たな勇者に余計なものは必要ない。次は失敗するわけにはいけないからね」
デジールの酷薄な言葉が続く。
「そう、有体に言えば、お前は死ぬ。この私が殺すのだ」
エッタは息を飲んだ。目深にかぶったコーンハットの陰で、サイラスの青い瞳は深い色を放っている。
本気だ。わたしを殺して、新たな勇者を造る気だ。
「こんな日が来るとは、お前と出会った時には、思いもよらなかった」
サイラスはかぶりを振った。
「『ゴッコーズ』の器となれるのは、異世界の人間の魂のみ――」
エッタは息を飲んだ。
異世界の人間。そういうことだったのか。だから、お父様はわたしを……。
サイラスがエッタを見上げたその瞳は、異様なぎらつきを放っていた。
「ああヘンリエッタよ、我が娘よ。『異世界転生者』たるお前の魂を以って、この世に新たな時代をもたらさん……!」




