61.狙い
バックストリア市街の地下に設けられた、スヴェン・エクセライの秘密研究所。その中でフィオは、眼前に座る部屋の主に鋭い視線を向けた。
「ボクらがお前の元を訪ねた時、『魔女の廃城』に現れた魔獣――ブキミノヨルの話をしたな?」
ええ、と鋭い視線に物怖じせず、スヴェンはうなずいた。
「その時に、サイラスを疑わなかったのか? 彼がブキミノヨルの復元をしていて、よそでその魔獣が目撃された。それに彼が関わっていて、何か企んでいるとは思わなかったのか?」
「はい」
追求するような物言いに、スヴェンは怯まず端的に応じた。
「ブキミノヨルの復元と解析は半年前に終わり、既にその詳細もエクセライ家に提出されています。サイラス師だけが、その製法を知っていたわけではなかった」
エクセライ家の人間ならば、誰しもがその製法を知ることができたという。
「ですから、むしろエクセライ家の他の誰かが造ったのかもしれないと、そちらを疑いました。何せ、フィオさん達もサイラス師の紹介でこちらに来ましたから」
もしサイラスが、「魔女の廃城」に現れたブキミノヨルを造ったのなら、エクセライ家次期当主であるスヴェンの元に、そのことで訪ねてきた冒険者を行かせるはずがない。スヴェンはそう考えたのだ。
「ただ、今となってはサイラス師は僕がそう考えることを読んでいて、敢えて僕のところにみなさんを送り込んだのかもしれませんね」
なるほど、と一つうなずいてフィオは更に尋ねる。
「サイラスの狙いは何だ?」
「わかりません。しかし、彼一人でやったことではないでしょう」
まず、とスヴェンは右の人差し指を立てた。
「『研究塔』の魔素測定装置が改造されていたと聞きます。恐らくは、ブキミノヨルの量産のためでしょうが……」
スヴェンによれば、魔素測定装置はその構造上、簡単な改造で周辺の魔素に干渉できる機能を付け加えられるらしい。
「あらかじめ造魔獣の核、ブキミノヨルの場合は角ですが、これを『アンダサイの森』のあちこちに埋めておきます。その地点に魔素を流し込み、『魔力だまり』を発生させれば、核に刻まれた錬成式が発動し、造魔獣を簡単に量産することができます」
ただし、とスヴェンは人差し指を振る。
「この方法を取った場合、千何百本もの角を森に埋めることになる。一人でやったとは考えにくいですよね?」
「協力者がいる、と?」
フィオの問いにスヴェンはうなずいた。
「そして、出資者です。ブキミノヨルの角は、『魔石晶』とは異なる特殊な加工石を使っています。世間には、製法どころか存在すら知られていないので、恐らくはサイラス師が加工方法を教えたのだと思いますが……」
そう言えば、とザゴスは王宮地下魔法研究所のデミトリ師の言葉を思い出す。あの魔法に詳しそうなじいさんが「わからない」と言ったのは、そのせいだったのか。
「ブキミノヨルの角は使い捨てです。倒された後、角が残っていても再利用はできない。あれだけの数を揃えたとなると、莫大な費用が掛かるはず。潤沢な資金を持っている人物、ないし団体ではないかと」
それだけの規模となれば、どれだけ潜もうとも必ずどこかに痕跡が残る。例えば、加工石の材料となる鉱物の買付ルートを調べれば、時間はかかるだろうが黒幕にはたどり着けるだろうとスヴェンは推測を述べた。
「いや、事態は一刻を争うんだ」
どうしてですか、とスヴェンは首をかしげる。
「大学側は、サイラスにヘンリエッタが協力していると考えてるの。彼らより先に動いて、あの子を助けたいって言ってるのよ」
グレースの説明に、スヴェンは不思議そうな顔をした。
「おや、エッタさんはサイラス師と共犯ではなかったので?」
「馬鹿なことを言うな!」
思わず立ち上がったフィオに、スヴェンの膝の上の黒猫が頭を起こす。スヴェンはメネスをなだめるようにその首筋を撫でた。
「しかし、エッタさんがこの街に帰ってきた時機に起きたので、てっきりそうなのかと思っていましたが……」
「さらわれた、とかは考えねぇのか?」
「さらう理由が見当たらないので……」
スヴェンは憮然としてソファに座ったフィオに問いかける。
「エッタさんとあなたは、どうしてこの街に? 『クエスト』とおっしゃっていましたが、まだ隠してらっしゃることがありますよね?」
こいつ、気付いてやがるのか。ザゴスはフィオの方を見た。フィオは少し躊躇った後、「わかった」と口を開く。
「貴殿はエクセライ家の秘密を話してくれた。それに、『五大聖女』の家系であるならば関わりのある話だ」
フィオはタクト・ジンノとその顛末について語った。一度は魔人と化し、その力を失った彼を殺害したのが、あのブキミノヨルだったということも。
スヴェンはすべてを聞き終えて、興味深そうに何度もうなずいた。
「なるほど、なるほど……。あの魔人騒動の裏に、そんなことがあったのですね」
「あんたのとこには来なかったのか? 『戦の女神』のお告げは」
ザゴスの問いに、「それがですね」とスヴェンは肩をすくめる。
「そんなもの、我が家には伝わっていないんですよ」
「何!?」
フィオは眉を寄せる。ダンケルス家では、あの「戦の女神像」は「五大聖女」の家系すべてに一体ずつ勇者より託されたと伝わっていた。勇者から直々に手渡されたものだから、「戦の女神」を祀らないことを選んだダンケルス家でも放棄されなかったのだ。
「まあ随分昔の話ですから、伝承がどこかで違ってしまったり、あるいは我が家が紛失してしまったという可能性もあるので……」
そんなことより、とスヴェンは話を戻す。
「見計らったように現れたブキミノヨル、ですか……。魔人騒動と今回の襲撃は繋がっていると考えた方がよさそうですね」
「サイラスの背後には、一体何が控えているというのか……」
難しい顔の二人を横目で見ながら、「で……」とザゴスは重々しく口を開いた。
「どこの誰を殴りゃいいんだ?」
ここまで、話の半分ぐらいがわかっていないザゴスであったので、ともかく目的だけは明確にしておきたかった。
「とりあえずはサイラスだ。問題は居所だが……」
「恐らくなんですが、『マーガン前哨跡』ではないかと」
調査終了後も、遺跡の維持管理の名目でサイラスは何度も出入りしていたという。
「サイラス師は調査団の責任者なので、僕も不自然には思わなかったのですが……。人の寄りつかない遺跡です、出資者や黒幕との密会場所に使っていたのかもしれません」
場所はわかった。しかし、とフィオは眉間にしわを寄せる。
「遠いんじゃないか?」
「陸路では5日かかりますね。『前哨跡』は森の中でも深いところにありますから」
「すぐに出発しよう」
立ち上がったフィオはスヴェンに礼を述べる。
「ありがとう、スヴェン。色々と参考になった」
「お礼を言われるのはまだ早いですよ。ね、メネス」
膝の上の黒猫を抱き上げると、スヴェンも立ち上がった。
「僕が『マーガン前哨跡』への道案内をいたします。それに、事態は一刻を争うんでしょ? 5日も歩いていられないのでは?」
「それはそうだが……」
意図を量りかねてフィオは言い淀む。
「というかサイラスのおっさんも、まだ着いてないんじゃないか?」
「いえ、サイラス師は十中八九、飛行可能な造魔獣を使って移動したでしょうね」
ですので、こちらもそれを使います。そう言ってスヴェンはメネスを床に下ろした。
「この子が力になってくれます」
「いや、こんな猫がどうだってんだよ? 相手は鼠じゃねえんだぞ」
ザゴスの指摘にスヴェンはにやりと笑った。それを合図にしたかのように、メネスが身をよじる。
「これは……!」
蝙蝠のような翼を背中から生やした黒猫は、それを羽ばたかせ、ザゴスの顔の高さまで飛び上がった。
「そうか、メネスは造魔獣なんだな?」
造魔獣であるから、普通の動物が懐かない魔道士にも甘えるような仕草を見せたのか。スヴェンの「この子は僕の護衛です」という発言にも納得がいく。
「ええ。普段は翼を仕舞い、身体を縮めてもらっていますが、本来は体長12シャト(※約3.6メートル)の大型魔獣なんですよ」
充分4人乗れます、とスヴェンはザゴスとフィオ、そしてグレースの顔を見回す。
「ちょっと待って、わたし頭数に入ってるの?」
「当然でしょう、ここまで話を聞いたのだから」
「そうなったら困るなって思って、途中から黙ってたのに……」
グレースがここで聞いた中には、エクセライ家の秘密だけでなく、王宮からザゴスとフィオに下された秘密の「クエスト」の内容も含まれている。それを知ったからには「途中で降りることはできません」とスヴェンは重ねて言った。
「……まあ、しょうがないわね。バックストリアで研究者になるのは諦めましょう」
言葉とは裏腹に、グレースの表情はどこかすっきりしたように見えた。
「では、行こう」
フィオの言葉に、ザゴスら3人はうなずいた。




