家族の思い出 大晦日の大掃除
なし
まじめに
働いた。
朝5時起き。
はじめはつらかったが
慣れると
とても氣持ちがよかった
掃除。
これは、奥が深い。
はじめは
「なんでこんなことを
するのか?」
まず疑問形から。
次に
「いやだなあ」
遠くを見て
終わりなき戦い
「広いなあ」
と続き
そんな想いの繰り返し
であった
自分のスイッチが入るまでが
時間がかかった
しかし
はじめて
少したつと
どんどん掃除しよう
がんばろうという
氣持ちが
だんだんたまってくる
そうそう
なんだか
家族で頑張った
大晦日の大掃除を
唐突に思い出してしまった
なんだか
あったかい氣持ちになる
驚くことに
前の日に頑張ると
きれいなので
次の日
あまり掃除に時間がかからなくて
よし
次はあの辺の
あまり手がはいっていないところ
お次はあそこと
だんだん
掃除範囲が広がっていく
拝殿の周りまで
できるようになってきた
それも短い時間で
どうしちゃたんだろう?
黙々と働いた
おかしい
私はこんな人間だったのか。
働くのが楽しい
怪しい
どこかの共産国か
でも
ルーティンのような
毎日の日課
それで心が
洗われていくようだ
宗教か?
そして
しばらくたったある日
早朝 拝殿掃除が
終わった時
その時間を見据えるかのように
神主の斎藤さんに呼ばれた
拝殿に向かい合う
斎藤さんが切り出す
「純さん、
あなたは変わりました。
社務所の前の木で
寝ていたあなた。
どう見ても病んでいた」
しばらく無言。
「しかし、今は違う」
「あなたは変わった」
毎日の食事で会う時とは
うってかわって
厳しい表情
渇をいれるかのような声。
「さあ、今こそ
考えなさい。
あなたがしたいことは
なんですか」
「生き方を見つめなさい」
「あなたが進む道を
決めるべき時です」
決まったら私に教えてください
あなたは何がしたいんでしょう。
最後は疑問風。
自分がしたいこと。
なんのために
大学にはいったのか。
しかし
少し落ち着いて考えられそうな氣もした
斎藤さんは
黙って拝殿を後にしていかれた
後ろ姿に
私は後光を感じた
なし




