第3話 二度目のお客様は、値札に厳しい
翌朝、レオンは街道の入口で木の板を立てていた。
『食堂 この先』
矢印を添え、道端の石に固定する。昨夜刈った草の間には、細いながらも歩ける道ができていた。
レオン「……昨日よりは、わかるな」
店に戻る途中、看板を振り返った。矢印はちゃんと食堂を指している。
厨房では、引き出しから昨日の硬貨を二枚取り出した。仕入れの控えを広げ、塩とパンの代金を確かめる。鍋の値段は一度払えば済むが、食材はそうはいかない。根菜一袋から何皿作れるかによって、値段も変わってくる。
紙の余白に数字を書き足し、木札に二つの品を記した。
『野菜スープとパン 小銅貨一枚』
『焼き根菜とパン 小銅貨一枚』
ひとまず、この値段で始めてみよう。
レオンは硬貨を一枚ずつ分けた。一枚は昨日の食事代、もう一枚は釣り銭だ。返す方だけを小さな布に包み、棚の端へ置く。
◇
昼前、レオンは根菜を厚めに切っていた。
保存のきくものを選んで買ったつもりでも、毎日使えば底が見える。王国側の町へ次に出るときは、仕入れ先も探さなければならない。
小鍋には今日の分だけ野菜スープを仕込み、もう一つの鍋には薄く油を引いた。切り口を下にして根菜を並べると、じゅっと音が立つ。返した面にはこんがりと焼き色がついていた。塩をひとつまみ、蓋をして少し蒸らす。焼けた香りの奥から、野菜の甘い匂いが漂ってきた。
出来を確かめようと一切れつまんだところで、入口の扉が鳴った。
ミーナ「……何、その道」
昨日の少女だった。銀紫色の髪を風に乱し、戸口に立っている。片手には小さな布袋を持っていた。
レオン「歩きやすくなっただろ」
ミーナ「途中に看板まで立ってた」
レオン「店の場所がわからないと、客が来ないからな」
ミーナ「入口の看板は相変わらず『食堂』だけなのにね」
少女は軒先の二文字を見上げる。
レオン「食堂だとはわかるだろ」
ミーナ「そこだけはね」
彼女は席に座らず、調理台へ歩いてきた。
ミーナ「昨日のお金。釣りがあるんでしょ」
レオン「ああ。取ってある」
布包みを開いた少女は、中の小銅貨をつまみ上げた。
ミーナ「一枚?」
レオン「スープとパンで一枚。昨日は二枚もらったからな」
ミーナ「……ちゃんと決めたんだ」
レオン「だいぶ考えたぞ」
壁の木札を読んだ少女が眉を寄せる。
ミーナ「肉も入ってないのに、焼いただけの野菜がスープと同じ値段?」
レオン「パンもつく。焼くと案外うまい」
ミーナ「味じゃなくて値段の話」
レオンは木札を見上げた。
レオン「量も書いた方がいいか」
ミーナ「そうね。スープが何杯で、パンがどれだけつくかも」
レオン「スープは一杯だ」
ミーナ「私にじゃなくて、札に書くの!」
レオンは木札を外し、裏面に『スープ一杯とパン一切れ』と書き足した。
ミーナ「……私、値札を直しに来たんじゃないから」
レオン「助かった。ありがとう」
ミーナ「お礼を言われても困る」
少女は釣り銭を布袋にしまい、今度はレオンをまっすぐ見た。
ミーナ「それより、聞きたいことがある。アンタ、これからもここにいるの?」
レオン「店が潰れなければな」
ミーナ「……潰れたら?」
レオン「別の方法を考える。だが、すぐにやめる気はない」
彼女は窓の外の、崩れた家並みに目を向けた。
ミーナ「魔族が来ても?」
レオン「ああ」
ミーナ「アンタのことを嫌ってる魔族でも?」
レオン「店で暴れなければ、断る理由はない」
琥珀色の瞳が戻ってきた。
ミーナ「昨日、私が何を言ったか忘れた?」
レオン「覚えてる」
ミーナ「だったら、よく平気で店に入れるわね」
レオン「平気だとは言ってない。ただ、食べに来た人を追い返したくない」
少女は唇を結んだ。しばらくレオンから視線を外さずにいたが、彼が鍋の火加減を確かめると、ようやくそちらを見た。
レオン「新しい方、味を見てみるか?」
ミーナ「お金は返してもらったばかりなんだけど」
レオン「試食だから金はいらない。塩の加減を確かめたい」
ミーナ「自分で食べれば?」
レオン「俺にはちょうどいい。ほかの人にもそうかは、わからない」
少女は皿の上の一切れをつまみ、用心深く口に運んだ。
焼き目は香ばしく、芯まで柔らかい。噛むと根菜の甘みが広がる。
ミーナ「……熱い」
レオン「焼きたてだからな」
ミーナ「それはわかってる!」
口元を押さえて飲み込むと、もう一度皿を見た。
ミーナ「塩は、もう少し少なくてもいいと思う」
レオン「そうか。次は減らしてみる」
少女は少し間を置いてから木札を指した。
ミーナ「……ひと皿。パンもつくのよね」
レオン「ああ」
◇
窓際に焼き根菜と温めたパンを置く。ミーナは小銅貨一枚を払い、パンをちぎって野菜を挟んだ。
レオンが残りの仕込みを片づけていると、彼女は食べる手を止め、窓から街道の方を見た。
ミーナ「……あの看板、どこまで道を刈ったの?」
レオン「看板の少し先までだ。石橋の方はまだ手をつけてない」
ミーナ「そこ、気をつけた方がいい」
ミーナは皿を端へ寄せ、卓上のパン屑を指で二つに分けた。
ミーナ「看板から石橋の方へ曲がると、草の下に溝みたいな穴があるの。こっちから行くと見えない」
指先で示した曲がり角は、レオンが先ほど立てた看板より先だった。
レオン「見たのか?」
ミーナ「昨日、足を取られた。今日は避けてきたけど、暗いと危ない」
彼女は裾の小さな裂け目を見て、すぐに手を離した。
レオン「深い穴か?」
ミーナ「膝くらい。底に尖った石がある。落ちたら怪我すると思う」
レオンは棚から木片を一つ取り、壁に立ててあった道具のそばへ置いた。
レオン「教えてくれて助かった。食後に見てくる」
ミーナ「……あそこを通るたびに足元を探るの、面倒なのよ」
レオン「それはそうだな」
少女は最後のパンを食べ、椅子を戻した。
ミーナ「埋めるなら、上から土をかけるだけじゃ駄目よ。雨が降ったらまた崩れるから」
レオン「わかった。まず中を確かめる」
彼女が扉へ向かうころには、窓の光が少し傾いていた。
レオン「気をつけて帰れよ」
ミーナ「アンタこそ、穴に落ちないでよ」
戸口でミーナは一度振り返った。
ミーナ「……明日は何を作るの?」
レオンは厨房の棚を見た。保存食の袋には、まだ乾燥豆が残っている。
レオン「豆を煮るつもりだ。パンにも合う」
ミーナ「ふうん」
少女はそれだけ言って、草の間の道を歩いていった。
レオンは皿を洗い、入口の戸を少しだけ閉めた。まだ夕方までは間がある。
木片と道具を持って石橋の方へ行くと、ミーナの言った場所はすぐに見つかった。草を払うと、古い石組みの縁が顔を出す。確かに、底には尖った石が転がっていた。
レオン「……これは危ないな」
まず草を刈って穴の輪郭を出し、持ってきた木片を目印に立てる。石組みを直すには、明るい時間にもう少し調べた方がよさそうだ。
食堂に戻るころには、夕日が石壁を赤く染めていた。
レオンは書き直した木札を壁に掛け、明日の分の乾燥豆を器に移した。水を張ると、豆が小さく音を立てて沈んでいく。
いつもより、ひとつまみだけ多く。




