↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の称号を剥奪されたので、国境で食堂を始めました 〜人間の平和を守った勇者が、世界の平和を作るまで〜  作者: よみまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/26

第17話 敵だった人への給金

 ノエラは、白い封筒を見て眉をひそめた。


ノエラ「……私に?」

リリア「まだ中身を説明していません」

ノエラ「だって、教会の印がある」


 小屋の戸口には、西の町から来た運び手が立っていた。リリアが先に送った救護要請に対する返事だという。封筒は二通。送り状の日付から、こちらへ届くまで二日を要していた。


 リリアは運び手に受領の署名を渡してから、机に封筒を並べた。


リリア「一通は、私の現地派遣を四日間延ばす許可です。今の十日間が終わったあとも、教会の仕事として残れます」

ノエラ「もう一通は?」

リリア「こちらを、あなたにも読んでほしいんです」


 ノエラは手を伸ばさなかった。


ノエラ「人間の教会が、私に何の用?」

リリア「仕事の依頼です。受けるかどうかは、あなたが決めてください」


     ◇


 西の町の教会が認めたのは、国境での短期間の救護協力だった。新しい教会の建設許可ではない。リリアは決裁書を机の上に置き、ノエラが自分で文字を追える向きに回した。


 仕事は小屋での傷の手当て、薬草の調合、使用した物資の記録。期間はまず三日間。一日ごとの給金と、合計の支出上限が記されている。使う費用は西の町の教会が承認した救護費から出る。


リリア「私は現地の契約担当として、この範囲だけ任されています。あなたを無期限に雇う権限はありません」

ノエラ「三日たったら?」

リリア「続けるなら、改めて相談します。嫌なら、その前でも断れます。働いた分は、そこで終わっても支払います」

ノエラ「……私、教会の人間にならなきゃいけないの?」

リリア「いいえ。信仰を変える条件もありません。頼みたいのは、あなたの手当ての技術です」


 ノエラは、ようやく紙を手に取った。


ノエラ「薬草は私が選んでいい?」

リリア「患者さんと薬師さんに確認しながら。購入する材料は、教会の支出として記録します」

ノエラ「じゃあ、私が自分で採った草を勝手に持ち出して、ただで使う必要もないんだね」

リリア「ありません」


 ノエラはもう一度、給金の欄を見た。


ノエラ「……私が断ったら、どうするの」

リリア「薬師さんと私で、できることを続けます。あなたに怒る理由はありません」


 返事を待つリリアの指が、紙の端を押さえている。そこには急がせる言葉がなかった。


ノエラ「少し考えさせて」

リリア「はい。今日はまだ、今までの手当てを一緒に見てもらえると助かります」

ノエラ「それはダルクのためだから。お金の話とは別」

リリア「わかっています」


     ◇


 昼の食堂には、焼いた玉ねぎと豆の香りが満ちていた。


 レオンは鍋をかき混ぜ、椀を二つ並べた。柔らかい豆に玉ねぎの甘みが染み込み、乾いた香草がわずかに香る。


 先に来ていたミーナは、戸口近くで草籠を抱えていた。買い取ってもらう乾燥香草を、量ごとに分けているところだった。


ミーナ「ノエラに給金を出すんだって?」

レオン「そう聞いたのか」

ミーナ「本人から。人間の教会からなんて、妙な話よね」

レオン「決めるのはノエラだ」

ミーナ「わかってる。私だって、あの子の代わりに返事なんかしないわ」


 レオンは香草の量を確かめ、いつもどおり代金を渡した。ミーナは硬貨を数えて、きちんと袋へ入れる。


ミーナ「……ただで働くのと、売るのは違うものね」

レオン「ああ。仕入れに払わなかったら、この汁だって続けて出せない」

ミーナ「その話、ノエラにしてあげたら?」

レオン「俺が?」

ミーナ「昔の勇者に説得されたら、余計に嫌がるかも。やっぱりいい」


 レオンが何も言えずにいると、ミーナは少しだけ口元を動かした。


ミーナ「じゃ、草はいつもの値段で。おまけはないから」

レオン「助かるよ」

ミーナ「おまけはないって言ったでしょ」


 ミーナはそのまま仕事場へ戻っていった。


 ほどなくして、リリアとノエラが店に入ってきた。


ノエラ「二人分、ある?」

レオン「ある。豆と玉ねぎの煮込みだ。小銅貨一枚ずつ」

ノエラ「今日は私が払う」

リリア「まだ給金は受け取っていませんよ」

ノエラ「わかってる。今のは私のお金」


 二人は窓際の席に座った。熱い汁をひと匙すくったノエラが、小さく息を吐く。


ノエラ「……おいしい」

レオン「よかった」

ノエラ「ねえ、レオン。自分の仕事に値段をつけるの、怖くなかった?」


 レオンは、鍋を持つ手を止めた。


レオン「最初は、いくら取ればいいのかもわからなかった。今だって迷う」

ノエラ「勇者だったくせに?」

レオン「勇者の称号じゃ、玉ねぎは買えないからな」


 リリアが噴き出した。ノエラも、ようやく少し笑った。


レオン「俺が決めた値段を、客が払ってくれる。それで次の材料が買える。続けるには、それが必要なんだと思う」

ノエラ「……そっか」


 ノエラは椀を置き、リリアを見た。


ノエラ「私、引き受ける。でも、傷を見て危ないと思ったら、ちゃんと言うからね。相手が人間でも魔族でも」

リリア「私にも言ってください」

ノエラ「言うよ。遠慮しないから」

リリア「それは、もう知っています」


 レオンは二人から受け取った小銅貨を、売上帳に記した。


     ◇


 小屋へ戻ると、ノエラは決裁書をもう一度読み直した。仕事の内容、三日間の期間、一日分の給金、支払いの日付。リリアは教会から預かった救護費の中に、給金用の小袋が分けてあることも見せた。


 薬師が立ち会い、ノエラとリリアが契約書に署名した。西の町から委任された権限によって、リリアが現地契約の責任を負う。勤務はその日の午後から。午前中までの手当てに、あとから給金を付け足すことはしなかった。


 署名を終えたノエラは、紙から顔を上げた。


ノエラ「それで、最初の仕事は?」

ダルク「俺を置いて決めないでくれ。寝てるだけでも退屈なんだ」

ノエラ「じゃあ、まず足を見せて」


 包帯を外すと、傷の周りに少し赤みが残っていた。薬師が状態を確かめ、ノエラが洗浄に使う湯と清潔な布を揃える。


ダルク「今日は、触ると昨日より痛む気がする」

リリア「痛みを抑える魔法を少し使えます。でも、傷の汚れを落とすのは別の仕事です」

ノエラ「先に周りを洗いたい。痛みが強いなら、少しだけ手を貸して」


 リリアはダルクの了承を得て、傷の周囲へ弱い回復魔法をかけた。男のこわばった指が、少し緩む。


ダルク「……それなら我慢できる」


 ノエラは薬師に確かめてもらいながら、傷に残った汚れを慎重に取り除いた。洗う途中で赤みの広がりを測り、昨日の記録と比べる。リリアもその印を見て、魔法を使いすぎないよう手を止めた。


リリア「もう少し続ければ、痛みは減らせますけど」

ノエラ「今はこれで十分。痛くなくても、傷が治ったわけじゃないから」

リリア「……はい。今日はここまでにします」


 薬師の確認を受けて、ノエラは新しい布を当て、きつくならないよう包帯を巻いた。


ダルク「二人でやると、ずいぶん手際がいいな」

ノエラ「私は包帯の方が得意」

リリア「私は、痛みを減らす方ですね」

ダルク「だったら、その調子で頼む。ただし、歩けると言い出すまでは怒らないでくれ」

ノエラ「歩けるって言い出す方が先でしょ」


 ダルクは笑った。まだ立つことはできない。それでも手当ての間、身をよじらずに済んだのは大きかった。


 リリアは、今日からの勤務記録にノエラの名を書き込んだ。ノエラはそれを横から覗き込み、一つ付け足す。


ノエラ「薬草は、明日の分までしかないよ」

リリア「購入が必要なら、いくらか見積もりましょう」

ノエラ「うん。私の持ち物と、教会が買うものは分けておこう」


 紙の上に並んだ二人の字は、まだ大きさも形も違っていた。


     ◇


 夕方、片づけを終えたノエラに、リリアが小さな硬貨袋を差し出した。


リリア「今日の午後の勤務分です。半日分として、決裁書の定めどおりに」

ノエラ「……もう払うの?」

リリア「今日働いた分ですから。受け取りを確かめてもらえますか」


 ノエラは硬貨を一枚ずつ数え、受領の印をつけた。


ノエラ「これ、私が母さんから教わったことで稼いだお金なんだね」

リリア「ええ。教会が、あなたにお願いした仕事の代金です」


 ノエラは硬貨を袋へ戻し、口を固く結んだ。


ノエラ「……だったら、明日もちゃんと働く。給金をもらった分は」

リリア「無理はしないでください。三日間ですし、具合が悪いなら休む相談もできます」

ノエラ「わかってる。でも、私の仕事を勝手におまけにしないで」

リリア「しません」


 戸口から冷たい風が入った。古い戸は閉めるたびに少し引っかかり、ノエラが肩で押してようやく収まる。


ノエラ「……ここ、いつか戸が閉まらなくなるんじゃない?」

リリア「そうなる前に、直せる人を探さないといけませんね」


 ノエラは硬貨袋を胸元へしまい、閉まった戸を一度見返した。


 まだ教会は建っていない。ここは、傷を負った人が休むための古い小屋のままだ。


 それでも今日、この場所で働いた魔族の少女に、人間の教会から初めて給金が支払われた。


 明日も手当てを続けるために、直さなければならないものが、また一つ見つかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。