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なぜか隣にいると調子がいい


 セリアとコンビを組んで、三日目。


 朝、安宿の食堂で合流する。飯を食って、ギルドに行って、依頼を受けて、森に行く。帰ってきたら素材を納品して、その後は俺がセリアの装備を手入れする。この流れが定着した。


 三日目ともなると、互いの動き方がだいぶ分かってきた。


 セリアは前に出るタイプだ。判断が速くて、迷わない。危ないと思ったら迷わず引くし、いけると思ったら躊躇なく踏み込む。レベル8でF級の装備で二年間生き延びてきただけあって、勘がいい。


 俺は基本的に後ろでいい。セリアが取りこぼした相手を処理するか、数が多い時に割り込む。剣の性能が圧倒的に上だから、俺が前に出ると一瞬で終わってしまって、セリアの経験値にならない。


 バランスとしては悪くない。


 で、三日目の夕方。安宿の食堂で、セリアの装備を手入れしていた時のこと。


「ラグ、ちょっと聞いていい?」


「なに?」


「私の剣、おかしくない?」


「おかしいって、どこか不具合あるか?」


「逆。逆なの」


 セリアが自分の短剣を抜いて、テーブルの上に置いた。


「この剣、二年使ってきたんだけど。今日の切れ味、買った時より良い気がする」


「そりゃ手入れしてるからな」


「いやそういうレベルの話じゃなくて。今日ゴブリン斬った時、感触が全然違った。前は骨に当たるとがつっ、て引っかかる感じだったのに、今日はすっ、て通った」


「刃の状態がいいんだろ。ヒビの処置もしたし、研ぎも毎日やってるし」


「でもさ、二年間自分でも研いでたんだよ? 下手なりに。それが三日であなたに手入れしてもらったら別物になるって、おかしくない?」


 おかしくない。研ぎの技術が違えば結果も違う。当たり前の話だ。


 ——と、俺は思ってる。


 ただ、セリアの言ってることも分からなくはない。たしかに三日でそこまで変わるかって言われると、技術の差だけで説明するには変化が大きい気もする。


 でも他に理由が思い当たらないから、技術の差ってことにしておく。


「俺の手入れが上手いってことで」


「自分で言う?」


「言うよ。装備の手入れに関しては自信があるし」


「……まあ、それは認めるけど」


 セリアは納得してるんだかしてないんだか微妙な顔で、短剣を鞘に戻した。



    ※



 五日目。


 いつもの東の森を少し奥に進んだところで、見慣れない足跡を見つけた。


 大きい。人間のものじゃない。蹄みたいな形で、地面に深く沈んでる。


 かなりの重量がある生き物だ。


「これ、オークじゃない?」


 セリアが足跡を覗き込んで言った。


「たぶんな……複数いる。三体か四体」


「オークって……D級指定だよね」


「ああ」


「私たちF級だよね」


「ああ」


「逃げる?」


「どうする?」


 セリアが少し考えた。足跡の方向を見て、周囲の地形を確認して。


「……この足跡、森の出口の方に向かってる。このまま放っておいたら、街道に出るかも」


「だな」


「ギルドに報告して討伐依頼を出してもらったら、たぶん二、三日かかる」


「だな」


「その間に街道で誰か襲われるかもしれない」


「かもしれない」


「……やる?」


「やるか」


 阿吽の呼吸とかじゃなくて、二人とも「やるしかないだろ」って分かってるから結論が早い。F級が勝手にD級案件に手を出すのは規定違反に近いけど、街道の一件で俺はとっくにその線を越えてる。今さらだ。


 足跡を追う。


 十分ほどで見つけた。オークの小隊。四体。森の中の小さな空き地で、倒した鹿の肉を食ってる。


 オークはゴブリンとは格が違う。体格は人間の倍近くて、筋肉の塊みたいな体をしてる。武器も持ってる。粗雑な棍棒だけど、あれで殴られたら人間の骨なんか簡単にへし折れる。


「作戦は?」


 セリアが小声で聞いてきた。


「俺が正面から二体引きつける。セリアは右に回り込んで、食事中の残り二体を一体ずつ」


「私が二体やるの?」


「いけるだろ」


「……いける、と思う。最近なんか調子いいし」


 最近なんか調子いい。セリアは軽く言ったけど、俺もそれは感じてる。セリアの動きが初日より明らかにキレてる。体力の持ちもいい。レベルが上がったのかと聞いたら「変わってない」って言ってたから、レベルとは関係ない何かだ。


 まあ、深く考えるのは後にしよう。今は目の前のオーク四体だ。


「行くぞ」


「うん!」


 俺が茂みから飛び出した。


 正面の二体が反応する。食いかけの肉を放り出して、棍棒を掴む。一体目が振りかぶった棍棒を横に躱して、すれ違いざまに一閃。胴体を両断。二体目が怒号を上げて突っ込んできたのを、半歩引いて先端を避けて、返す刃で首を刈る。


 二体、三秒。


 右を見た。セリアが回り込んでいる。食事中だった残り二体がようやく立ち上がったところだ。


 セリアが一体目に踏み込んだ。短剣が横薙ぎにオークの脇腹を裂く。——深い。刃が肉を通過する感触が、見ていて分かるくらい滑らかだ。オークが膝をついた。セリアが間髪入れずに首を突く。仕留めた。


 四体目が棍棒を振り上げた。セリアが後ろに跳んで避ける。距離を取り直して、構え直して、オークが踏み込んでくるのを待って——左に捌いて、がら空きの右脇に短剣を突き刺した。深く。そのまま抉るように引き抜く。


 オークが倒れた。


 四体全滅。俺が三秒、セリアが一分くらい。


「——っは。やった」


 セリアが息を切らして笑った。額に汗が光ってる。


「いけたじゃないか」


「いけた。なんかいけた。……ていうかさ、やっぱりおかしいよ」


「何が?」


「私の剣。オークの脇腹、こんなに楽に切れたことない。前に一回だけオークと戦ったことあるけど、その時は刃が弾かれて逃げるのが精一杯だったのに。同じ剣だよ? 同じ剣で、こんなに違う?」


 セリアが短剣を見つめている。不思議そうに、でも嬉しそうに。


「ラグに手入れしてもらうようになってから、この剣どんどん良くなってる気がする。気のせいじゃないと思うんだけど」


「……」


 気のせいかどうか、正直俺にも分からない。


 俺の手入れが上手いのは認める。でもセリアの言う通り、同じ剣が五日でここまで変わるのは——手入れの技術だけじゃ説明がつかない気もする。


 何か、俺の知らない何かが起きてるのか?


 いや、考えすぎだろ。たぶん。


「セリアの腕が上がったんだろ」


「それで説明つくと思う?」


「つくだろ。五日間、毎日実戦やってるんだから」


「……まあ、そういうことにしとく。でも絶対おかしいからね、この剣」


 絶対おかしい、と言いつつ顔は嬉しそうだ。まあ、自分の装備が強くなって嫌な冒険者はいないか。


 オークの素材を剥いで、袋に詰める。牙と革は換金できる。四体分だから、F級依頼何日分かにはなるはずだ。



    ※



 ギルドの窓口。


 オークの牙と革を持ち込んで換金を頼んだ。受付の職員が素材を確認して、俺たちのプレートを確認して、ちょっと変な顔をした。


「……F級のお二人が、これを?」


「ええ、まあ」


「オークの素材ですよね。D級指定のオークの」


「森の中で遭遇したんで、自衛として」


 自衛。便利な言葉だ。四体分の素材を持ち込んで自衛もないもんだけど、受付の職員は深追いせずに処理してくれた。規定上、素材の買い取りに等級制限はない。討伐依頼として受けたわけじゃないから、報酬じゃなくて素材売却扱いだ。


 銀貨二枚と銅貨四十枚。


 セリアと半分に分けても、F級依頼十日分以上だ。


「こんなに……!」


 セリアが目を丸くしてる。F級の報酬に慣れた人間にとっては大金だ。俺だって嬉しい。


 窓口を離れる時、受付の奥にいた眼鏡の女性職員と目が合った。


 エルマだ。


 こっちをじっと見ていた。表情は変わらない。でも視線が俺たちのプレートと、カウンターに残ったオークの素材記録を交互に追っていた。


 何かを記録してるな、あの人。


 気にはなったけど、今はいい。


 安宿に帰って、セリアの装備を手入れする。今日は剣だけじゃなくて革鎧の擦れた部分も補修してやる約束だ。


 ……なんだろう。三週間前、一人で安宿の窓から外を見て「方法はそのうち考える」って呟いてた頃より、だいぶましだ。


 まだ制度は変わってない。F級のままだし、レベルは1のままだし、何も解決してない。


 でもまあ。隣に一人いるだけで、こんなに違うもんなんだな。

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