噂のF級、依頼は受けない
最近、ギルドの空気がちょっと変だ。
具体的に何がどう変かっていうと、掲示板の前に立ってると、周りの冒険者がこっちをちらちら見てくる。以前は「F級のプレート見て距離を取る」だったのに、「F級のプレート見て、何か考え込む」に変わったような……。
心当たりはある。ありすぎる。
甲殻獣を一撃で倒した件。ドーランさんの報告書がギルドに出てるなら、内部では情報が回ってるだろう。加えてハインツの商隊を救った話も、商人たちの口から広まってるはずだ。さらにオークの素材をF級コンビが四体分持ち込んだ件。
どれも小さな話だけど、全部「F級なのに」って枕詞がつく。点が集まれば線になる。
「ねえラグ、なんかあの人たちこっち見てない?」
セリアが小声で聞いてきた。
「気にするな」
「気にするなって言われても気になるんだけど」
「噂だろ。F級がD級の素材持ってきたりしてるから」
「あー……。でもさ、噂になるってことは目立ってるってことでしょ。大丈夫なの? ギルドに目つけられたりしない?」
「されるかもな」
「他人事みたいに言うね」
他人事じゃないのは分かってるけど、今のところ実害がないから気にしても仕方ない。噂は噂だ。ギルドが動くとしたら、もっと決定的な何かが起きてからだろう。
依頼書を一枚剥がして、窓口に持っていく。今日は森の西側の薬草採取。もう何回目か分からない。
窓口を離れてギルドの出口に向かう途中、通路で前から歩いてきた男とすれ違った。——すれ違おうとした。
「おい」
呼び止められた。
見上げると、でかい男だった。体格もでかいし、装備もでかい。背中に背負った大剣が天井に届きそうだ。プレートの色はB級の青銅。
「そこ邪魔だ。端に寄れ」
通路は二人並んで歩ける幅がある。別に俺が邪魔してるわけじゃない。ただ、F級のプレートをぶら下げた人間が通路の真ん中を歩いてるのが気に食わないんだろう。
「……すみません」
端に寄った。
大剣の男は鼻を鳴らして通り過ぎていった。
セリアが横で拳を握り締めてた。
「なにあれ。感じ悪い」
「よくあることだよ」
「よくあっていいことじゃないでしょ」
正論だ。でも今ここであの男に突っかかっても何も変わらない。F級がB級に文句言ったところで「身の程を知れ」で終わりだ。
……いつか。
いつか、等級なんか関係なく通路の真ん中を歩ける日が来るといいな、とは思う。
※
同じ日の午後。ギルド本部、別のフロア。
「銀翼の剣」——元A級、現B級のパーティが、B級依頼の事後処理で窓口に来ていた。
依頼は完遂した。したけど、かかった時間はB級パーティの平均を大きく超えている。A級だった頃なら半日で終わっていた案件に、丸一日かかった。
「はい、報酬になります。お疲れ様でした」
窓口の職員から銀貨を受け取るヴェルトの表情は硬い。
ギルドを出て、宿舎に向かう帰り道。三人とも黙っている。最近はいつもこうだ。依頼の後に以前みたいな軽口が出ない。
「——なあ」
口を開いたのはリーゼだった。
ヴェルトとザックが振り向く。
「また手入れの話か?」
ヴェルトが先回りして言った。声に棘がある。
「……ヴェルト。私はあれから自分の杖を毎日手入れしてる。研磨して、結晶を磨いて、ラグがやってたのと同じ手順で。でも、出力が戻らない」
「だから、それは——」
「新しい杖も試した。ギルドの鍛冶屋に調整してもらった。それでも同じ。出力が下がったまま。ヴェルトの剣は? 新しい砥石で研いでも、前みたいな切れ味にならないでしょ」
ヴェルトが押し黙った。
図星だ。ヴェルトは二週間前に高い砥石を買い直して、毎晩自分で研いでいる。研いでいるのに、ラグがいた頃の切れ味が戻らない。新しい剣を試したこともある。それでも駄目だった。
「ザックは?」
「……俺の斧もだよ。柄を替えても重心が合わねえ。ラグが調整してた時はぴったりだったのに」
ザックがぼそっと認めた。ヴェルトがザックを見る。お前も、っていう顔だ。
「三人とも同じ症状。装備を替えても直らない。手入れの手順を真似ても直らない。これはもう装備の問題じゃない。ラグの手入れには——私たちには分からない『何か』があった」
リーゼの声は静かだった。責めてるんじゃない。ただ、もう認めるしかないと言ってる。
ヴェルトが足を止めた。
しばらく黙っていた。
「……仮にそうだとして。仮に、ラグの手入れに何か特別な効果があったとして。それが何だって言うんだ!」
「ラグに戻ってきてもらうとか——」
「追い出したのは、俺たちだろ!!」
声が低かった。怒りとも自嘲ともつかない、重い声だ。
「レベル1だからって切ったのは俺だ! 今さら『やっぱり必要でした、戻ってきてください』なんて——言えるわけないだろ、そんなこと」
ザックも黙ってる。さすがにこの話題では軽口が出ない。
リーゼは何も言わなかった。
言えることがなかった。ヴェルトの言う通りだ。追い出した側が、都合が悪くなったから呼び戻すなんて、筋が通らない。
三人は黙ったまま、宿舎に帰った。
※
翌日。
俺とセリアが依頼を終えてギルドに戻ると、掲示板の中段にまた赤い紙が貼ってあった。
緊急依頼だ。
『C級緊急依頼:東部農村ラーデン村における魔獣被害。過去一週間で家畜十二頭が殺害、畑が荒らされ、村民三名が負傷。討伐パーティ急募。報酬:銀貨五十枚。受注資格:C級以上のパーティ』
銀貨五十枚。
セリアが横から覗き込んできた。
「銀貨五十枚……。すごい額だね。でもC級以上か。私たちじゃ受けられないよね」
「依頼としてはな」
「……またその言い方」
セリアが呆れたような、でもちょっと楽しそうな目でこっちを見た。
「ラグ、もしかして行く気?」
「村民が三人怪我してる。家畜も十二頭やられてて、畑も荒らされてる。一週間放置されてて、まだ討伐パーティが決まってない」
「うん。それは分かるけど」
「ギルドがC級パーティを組むまで、あと何日かかる。その間にまた誰かが怪我するかもしれない」
「……」
「セリアは無理に来なくていい。俺一人でも——」
「行く」
即答だった。
「行くよ。一人で行かせるわけないでしょ。コンビなんだから」
「危ないかもしれないぞ」
「甲殻獣よりは怖くないでしょ。——っていうか、あなたが行くなら私も行く」
セリアの目に迷いがなかった。こういうところだ、こいつのいいところは。判断が速くて、一度決めたら絶対に引かない。
「……分かった。じゃあ、明日の朝出発する。ラーデン村まで半日くらいだ」
「うん!」
「今夜、装備は念入りに手入れしておく。セリアの分も」
「頼りにしてるよ、『装備師』さん」
装備師さん。その呼び方はどうかと思うけど、まあいい。
掲示板の赤い紙を見上げる。
依頼は受けない。受けられないから。F級に受注資格はない。
でも行く。困ってる人がいて、俺たちには力がある。
制度の外側で、俺たちにできることをやる。それが今の俺たちの戦い方だ。
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