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依頼書のない仕事


 朝早くに街道を、二人で歩いている。


 東門を出て北東に半日。ラーデン村は街から一番近い農村で、普段はギルドとほとんど接点がない。冒険者が用事で立ち寄るような場所じゃないし、魔獣の被害もめったにない。


 ——はずだった。


「ラグ、魔獣ってどんなやつだと思う?」


「依頼書の情報だけだと断定はできないけど。家畜を十二頭殺して、畑を荒らして、村人を三人怪我させてる。一週間続いてるってことは、居座ってるな」


「居座る魔獣……。巣を作ったってこと?」


「可能性はある。あとは繁殖期で凶暴化してるか、上位の魔物に追われて里に降りてきたか。どっちにしろ、現地を見ないと分からない」


「C級指定ってことは、けっこう強い?」


「C級は幅がある。弱い方ならゴブリンロードとかオーガの単体。強い方だと群れ持ちの魔獣とか。依頼報酬が銀貨五十枚ってことは、たぶん中の上くらいだ」


「ラグの剣なら一撃?」


「ものによる。一撃で終わるのが一番いいけど、群れだったら話は別だ」


「群れかあ……」


 セリアがちょっと不安そうな顔をした。でも足は止まらない。こいつのいいところだ。不安を感じても立ち止まらない。


「まあ、着いてから考えよう。情報がないまま心配しても仕方ない」


「それもそうだね」



    ※



 昼過ぎ、ラーデン村に着いた。


 最初に目に入ったのは、村の入り口にある柵だった。木の柵が二箇所、派手にぶち壊されている。折れた杭が地面に転がっていて、周囲の地面には大きな爪痕が残っている。


「……これ、けっこうまずくない?」


 セリアが柵の残骸を見ながら言った。同感だ。爪痕の大きさと深さから見て、相当な体格の魔獣だ。しかも柵を壊すほどの力がある。


 村の中に入ると、畑が見えた。半分くらい掘り返されていて、作物がめちゃくちゃになっている。踏み荒らされたんじゃなくて、掘り返されてる。根菜を食い漁った跡だ。


 村人たちの姿は少ない。家の中に閉じこもっているのか、通りに人気がない。窓の隙間からこちらを覗いている目がいくつかある。


「あんたたち、何者だ」


 声をかけられた。振り向くと、白髪の老人が杖をついて立っていた。後ろに若い男が二人、鍬や棒を持って控えている。村の自警団か。


「冒険者です。ギルドの掲示板で魔獣被害のことを知って来ました」


「冒険者……?」


 老人、村長だろう——の目がプレートに向かった。F級の鉄色を確認して、表情が曇る。


「F級か。ギルドが寄越したのは、F級の若造二人か」


「ギルドから来たわけじゃないです。依頼は受けてません。自分たちの判断で来ました」


「依頼を受けてない……? じゃあ何しに来た」


「魔獣を退治しに」


 村長が俺の顔をじっと見た。冗談を言ってるのかどうか確かめるような目だ。


「F級の冒険者二人で、あの化け物をか。こっちはギルドにC級以上を頼んでるんだ。あんたたちに何ができる」


 まあ、そう言うよな。


「何ができるかは、やってみてから判断してもらえませんか。少なくとも、状況を確認して追い払うくらいはできます。C級パーティが来るまでの繋ぎとしてでも」


「……」


 村長は渋い顔のまま黙っていた。後ろの若い男の一人が小声で何か言った。「ギルドのパーティがいつ来るか分からないし」「このままじゃ今夜もやられる」。


 村長が溜息をついた。


「……好きにしろ。だが、怪我しても面倒は見れんぞ。うちには治療師はいない」


「承知してます」


「村の東側に牧草地がある。家畜はそこでやられた。夜になると森の方から出てくるらしい。詳しいことは牧場主のゲルトに聞いてくれ」



    ※



 牧場主のゲルトは、四十がらみのがっしりした男だった。牧草地の端に立って、壊された柵と、血の跡が残る地面を見せてくれた。


「最初にやられたのは十日前だ。朝起きたら、柵が壊されて牛が二頭やられてた。食いちぎられてた」


「魔獣の姿は見たか?」


「見た。三日前の夜に、もう一回来た時に。でかくて、毛が真っ黒で、狼みたいな形をしてたけど——狼じゃない。もっとでかい。馬くらいある。目が赤くて、牙が腕くらい長かった」


 黒い体毛、狼型、馬サイズ、赤い目、長い牙。


「ダイアウルフだな」


 セリアが横で息を呑んだ。


「ダイアウルフって、C級の上の方じゃない……?」


「ああ、単体でC級上位。群れだとB級指定になることもある」


「群れ……?」


「ゲルトさん。見たのは一体だけか?」


「俺が見たのは一体だ。でも、柵の壊され方を見ると——ここと、村の入り口と、裏手の畑と、三箇所同時にやられてる夜がある」


 三箇所同時。


 一体じゃ無理だ。最低でも三体。


「……厄介だな」


「厄介って。大丈夫なのか、あんたら」


「大丈夫かどうかは、夜になったら分かります」


「おいおい……」


 ゲルトが不安そうな顔をしてるけど、こっちも正直に言うしかない。ダイアウルフ三体以上。C級パーティでも苦戦する相手だ。普通のF級なら逃げ一択。


 でも、俺の剣は普通のF級じゃない。


「セリア」


「うん」


「今日中に準備する。装備は俺が仕上げるから、お前は村の周囲の地形を見てきてくれ。森と村の間の道筋、開けた場所、隠れられる場所。全部頭に入れておけ」


「了解。——ラグ」


「なんだ」


「ダイアウルフ三体、本気でやれると思う?」


「俺の剣なら一体は確実に仕留められる。問題は残りの二体をどうさばくかだ。そこはセリアの剣にかかってる」


「私の剣に……」


「お前の剣を、今夜仕上げる。明日使った時に、違いが分かるはずだ」


 セリアがちょっと目を丸くして、それからにっと笑った。


「期待してる、装備師さん」



    ※



 夕方。ゲルトの家の納屋を借りて、装備の手入れに取りかかった。


 まず自分の剣。砥粉で研いで、刃の状態を最高に持っていく。ダイアウルフの体毛は魔力を帯びていて、鈍い刃だと弾かれる。切れ味が全てだ。


 次に自分の防具。手甲、脚甲、胸当て。留め具の増し締め、革の状態確認、可動部への油差し。一つずつ、時間をかけて。


 そして——セリアの短剣。


 鞘から抜いて、光にかざす。


 八日前に初めて手に取った時とは、もう別物になっている。刃紋がはっきりして、切れ味も段違いだ。でもダイアウルフを相手にするなら、もう一段上げたい。


 砥石を当てる。研ぐ。いつもより時間をかけて、丁寧に。刃の表面を均して、繊維を揃えて、極限まで薄く仕上げていく。


 手のひらで刀身を包むようにして、全体を確認する。指先で刃の状態を読む。まだ足りない部分がある。もう少しだけ、もう少しだけ手を入れる。


 どのくらい時間が経ったか分からない。気づいたら窓の外は真っ暗になっていた。


 短剣を持ち上げて、月明かりにかざした。


 ——よし。


 これなら、ダイアウルフの毛皮も通る。


 セリアの短剣を鞘に収めて、自分の装備と一緒に並べた。明日の朝、セリアに渡す。


 あいつの顔が楽しみだ。


 ……いや別に、そういう意味じゃなくて。装備師として、自分が仕上げた装備を使った人間の反応が気になるだけだ。


 それだけだ、たぶん。

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