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レベル8の剣士と、レベル1の装備師


 F級生活、二十五日目。


 慣れてきた、とは言いたくない。慣れてきたって認めたら、この生活を受け入れたみたいじゃないか。


 でもまあ、リズムはできた。朝起きて装備の点検、ギルドで依頼を受けて、森に行って、採取か駆除をこなして、帰って装備を手入れして、寝る。ハインツの素材のおかげで装備の状態はいいし、報酬はあいかわらず銅貨だけど、安宿の飯と寝床は確保できてる。


 最底辺なりに、安定してきた。


 今日もいつも通り、東の森に薬草採取に来ている。依頼は三十分で終わった。規定量の薬草を袋に詰めて、さて帰るか——と思ったところで。


 森の奥から、金属がぶつかる音が聞こえた。


 剣戟。誰かが戦ってる。


 距離は近い。このエリアはF級の採取区域だから、出る魔物はゴブリンか野犬くらいのはずだけど——音の激しさが、ちょっと嫌な感じだ。


 走った。



    ※



 森の開けた場所に出ると、状況はすぐに分かった。


 ゴブリンが三体。そのうち一体は地面に転がっていて動かない。残り二体が、一人の冒険者を挟み撃ちにしていた。


 女の冒険者だった。短めの剣を両手で構えて、木を背にして二体と対峙している。息が荒い。右の袖が裂けていて、腕に浅い切り傷がある。かなり消耗してる。


 でも目は死んでない。二体のゴブリンを交互に睨みながら、隙を探してる。追い詰められてるのに、パニックになってない。根性あるな、こいつ。


 ——とか感心してる場合じゃなかった。


 右のゴブリンが飛びかかった。女の冒険者が剣で受ける。受けたけど、消耗した腕じゃ受け切れない。体が傾いだ。その隙に左のゴブリンが回り込もうと——


 回り込む前に、俺の剣が左のゴブリンの首を通過した。


 首から上が消えたゴブリンが、走る姿勢のまま三歩滑って倒れる。右のゴブリンが何が起きたか分からず振り向いた瞬間に、もう一振り。こっちも終わり。


 二体分の処理、合わせて二秒くらい。


 女の冒険者が木を背にしたまま、こっちを見てる。剣を構えた姿勢のまま固まってた。


「——大丈夫か?」


「……え?」


「大丈夫かって聞いてる。腕の傷、深くないか」


「あ——うん。浅い。大丈夫。大丈夫だけど——今の、何?」


「ゴブリンを斬った」


「見れば分かるけど、そういうことじゃなくて!」


 声が大きい。元気じゃないか。


 女の冒険者がようやく構えを解いて、剣を鞘に収めた。息を整えながら、俺の方をまじまじと見ている。視線が顔から胸元に下がって——首から下がったプレートで止まった。


「F級……?」


「ああ、F級」


「F級って、あんな動き普通しなくない?」


「俺が普通じゃないだけだよ」


「いや、それは分かるんだけど……」


 改めて見ると、同い年くらいだ。赤みがかった茶色の髪を後ろで一つに縛ってる。装備は軽装の革鎧に短剣。全体的に使い込まれてて、あちこち擦れてるけど手入れはされてる。安い装備を大事に使ってるタイプだ。


 冒険者プレートを確認する。F級。レベルは——


「レベル8だ」


「勝手に見ないでよ。……まあいいけど。うん、レベル8。あなたは?」


「1」


「——は?」


「レベル1」


「嘘でしょ」


「嘘つく意味ないだろ」


「レベル1であの動きって……何、どういう仕組み?」


 どこまで話すか、一瞬考えた。


 別に隠す理由もない。隠したところでプレートを見れば分かることだ。


「俺は自分の経験値が、全部『装備』に流れる特異体質なんだ。だからレベルは上がらないけど、装備の方がやたら強くなる」


「装備にレベルが……?」


 かなり驚いてるけど、彼女……ああ、そう言えば、まだ名前を聞いてなかった。


「名前は?」


「セリア」


「俺はラグ。で、セリア、さっきの説明で分かったか」


「えっと……経験値が装備にいく。だからレベルが上がらない。でも、装備がすごく強い」


「そう」


「だからあの剣で、ゴブリンの首が一振りで飛ぶ」


「そういうこと」


 セリアが俺の腰の剣をじっと見ている。


「……見た目は普通の剣なのに」


「中身は普通じゃない。三年分の経験値が詰まってるよ」


「三年——。それ、めちゃくちゃ便利じゃない?」


 便利。この体質をそう評価する人間に初めて会った気がする。大抵は「かわいそう」か「ありえない」か「嘘だろ」のどれかなんだけど。


「便利だけど、ギルドの査定はレベル準拠だから。装備がどれだけ強くても、レベル1は永遠にF級」


「ああー……」


 セリアが深く頷いた。頷き方に実感がこもっている。


「分かる、分かるよそれ。レベル8の私も似たようなもんだし」


「似たようなもんか?」


「うん。私、レベル8あるからって言ってもF級の上の方でしょ。E級に上がるにはレベル15必要だし。でもレベルって急には上がんないから、結局ずっとF級のまま。F級の依頼じゃ経験値も雀の涙だし、経験値が少ないからレベルも上がんないし。底にいる人間が上に行けない仕組みになってんだよね、あの制度」


 俺がここ三週間くらいぐるぐる考えてたことを、こいつは一息で言い切った。


「セリアは、いつからF級?」


「冒険者登録した時から。もう二年。二年やってレベル8。このペースだと、E級に上がれるのは四年後くらい」


「四年後か」


「長いでしょ。でも他に食い扶持がないからやるしかないんだよね」


 からっとした口調で言う。卑屈さがない。底辺で生きてることを嘆くんじゃなくて、「そういうもんだ」って受け止めた上で、それでもやる、っていう空気。


 嫌いじゃない、こういうの。


「一体は自分で倒したんだな」


「え? ——ああ、最初のゴブリン。うん、あれは頑張った。二体目から体力がもたなくなって、三体目が来た時にもう駄目かと思ったけど……」


「F級の採取区域にゴブリン三体は多い。群れが流れてきたか」


「みたい。いつもはいても一体くらいなのに、今日は運が悪かった」


 運が悪くても一体は倒してる。レベル8の、安い装備で。そこは普通にすごいと思う。技術は悪くない。足りないのは装備の性能と、数で押された時の体力だけだ。


 ふと、セリアの剣が気になった。


「その剣、見せてくれるか」


「え? 別にいいけど……」


 セリアが短剣を差し出してきた。受け取って、鞘から抜く。


 ——うん。安い。安いけど、手入れはしてある。刃こぼれを自分で研いだ跡がある。研ぎ方はお世辞にも上手くないけど、やろうとしてるのは分かる。


 ただ、問題もある。刃の付け根の部分に金属疲労が出てる。このままだと、あと何回か強く振ったら折れるかもしれない。


「この剣、付け根にヒビ入りかけてる」


「……え、嘘!? どこ?」


「ここ。光に透かすと見える」


 セリアが覗き込む。目を細めて、しばらくして「あ」と小さく声を出した。


「ほんとだ……全然気づかなかった」


「今日の戦闘で悪化したかもしれない。このまま使うのはやめた方がいい」


「やめた方がいいって言われても、予備なんかないし……」


「直してあげようか?」


「え?」


「応急処置だけど。手入れ用の道具は持ってるから、ヒビの進行は止められる」


 セリアがきょとんとした顔でこっちを見た。


「……なんで?」


「なんでって。危ないだろ、ヒビ入った剣で戦うの。直せるなら直した方がいいよ」


「いや、それは分かるんだけど。会ったばかりの相手の装備を直してくれるとか、普通ある?」


 普通かどうかは知らない。ただ、目の前に壊れかけの装備があって、俺の手で直せるなら直す。ヴェルトの剣もザックの斧もリーゼの杖も、そうやって三年間面倒を見てきた。今さら理由を聞かれても困る。


「だって、『装備師』だから」


「装備師……」


「まあ、そんな職業はないし、自称だけど」


 木の根元に座って、道具を取り出した。セリアの短剣のヒビに研磨剤を薄く塗って、極細の砥石で表面を均していく。金属疲労の進行を止めるには、ヒビの先端を丸めてやればいい。尖った先端があるとそこに力が集中して割れが広がるから、先端を潰して力を分散させる。


 セリアがしゃがんで、俺の手元を見ていた。


「……すごい。何やってるか全然分かんないけど、すごい」


「分からないのにすごいって言うな」


「だって手つきがすごいもん。慣れてるっていうか、装備のことめちゃくちゃ好きでしょ」


「好きっていうか……まあ、嫌いじゃない」


「それ、好きって言うんだよ普通」


 十分くらいで処置が終わった。ヒビの進行は止めたけど、根本的な修理は鍛冶屋じゃないと無理だ。でもこれで当面は使える。


 剣をセリアに返した。


「あ、ありがとう……。助けてもらった上に装備まで直してもらって、何も返せるものないんだけど」


「別にいい。報酬目当てでやってないから」


 セリアが短剣を鞘に収めながら、ちょっと考える顔をした。そして。


「ねえ。明日もこの辺で依頼やるんだけど、一緒にやらない?」


「一緒に?」


「F級同士でしょ。二人の方が効率いいし、さっきみたいに囲まれた時にお互い助けられるし。——あと、その装備の手入れ、できたら定期的にやってほしいんだけど。私、自分じゃ全然できないから」


 最後の一言が、妙に正直で笑えた。助けてもらったお礼とか、対等なパートナーシップとか、そういう綺麗な理由の横に「装備の手入れして」が並んでる。


 潔い人だ、悪くない。


「……いいよ」


「ほんと?」


「ただし、装備の手入れは毎日俺が見る。勝手に変な研ぎ方するなよ」


「変な研ぎ方って言わないでよ。あれでも頑張ってたんだから」


「頑張りは認める。技術は認めない」


「ひどくない?」


 ひどいかもしれない。でも、壊れかけの剣で戦わせる方がよっぽどひどいだろ。


 明日から二人。F級のコンビ。


 等級は最底辺のまま。でも——なんだろう、ちょっとだけ、朝の依頼が楽しみになった。

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