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 一週間後、ガーヴから連絡が来た。


「制度改定案の骨子がまとまった。見てほしい」


 ギルド本部の検討会室。ガーヴの机の上に書類が広がっている。以前より机が広くなっていた。検討会の規模が大きくなって、部屋も変わったらしい。


「等級制度そのものを廃止するのは現実的じゃない。冒険者の大半にとって、レベルに基づく等級は機能している。問題は——」


「枠に収まらない奴がいた時の話」


「そうだ。現行制度は、レベルと実績の両方が基準を満たした場合にのみ昇級を認めている。レベルが基準に届かなければ、どれだけ実績があっても上がれない」


「俺のことですね」


「お前だけの話じゃない。今後、同じような例が出た時に制度が対応できなければ、同じことが繰り返される」


 ガーヴが一枚の書類を差し出した。


「例外指定。既存のF〜A級の枠とは別に、等級基準に収まらない能力を持つ冒険者を個別に認定する制度だ。等級はそのままでいい。ただし、例外指定を受けた冒険者は等級に関わらずあらゆる依頼を受注できるし、ギルドの支援対象にもなる」


「等級はF級のまま……」


「のまま。ただ、F級だから受けられない依頼がなくなる。F級だから報酬が低いこともなくなる。F級というラベルだけが残って、中身は対等になる」


「……ラベルだけ残す意味は」


「制度は急には変わらない。等級を廃止すれば混乱する。でも例外を認める仕組みを作っておけば、いずれ等級そのものの意味が薄れていく。——時間はかかるが、壊すより直す方がいい」


 壊すより直す方がいい。装備師としては、よく分かる考え方だ。


「お前が最初の適用者になる。異論はないか」


「呼び方が変わっても、やることは変わらないですけど」


「変わらなくていい。ただ、呼び方が変わることで救われる人間はいる。お前の後に続く奴らが、同じ壁にぶつからなくて済む」


 エルマが言っていたのと同じことだ。制度が変わることで救われるのは、俺自身じゃない。俺の後に来る誰かだ。


「……分かりました。受けます」


「よし。——正式な手続きはエルマに任せてある。明日以降、プレートの裏面に例外指定の刻印が入る。表のF級はそのままだ」


 表はF級、裏に例外指定。なんだか俺の人生みたいなプレートだ。表面上は最底辺で、裏を見ないと本当のことは分からない。


「ガーヴさん」


「何だ」


「ありがとうございます。最初から——北部の査定の時から、ずっと」


「……礼を言われることはしていない。正しいと思ったことをやっただけだ。お前と同じだ」


 ガーヴが書類に目を戻した。照れてるのかもしれない。この人は不器用だ。不器用だけど正しいことをやる。俺にとっての砥石みたいな人だ。地味だけど、なければ刃は直らない。



    ※



 午後、ギルドの窓口でエルマにプレートを渡した。裏面に例外指定の刻印を入れてもらう。


 手続き中、入り口から見覚えのある影が入ってきた。


 ヴェルト。


 前にベルクで会った時と、空気が違う。足取りがしっかりしている。背筋が伸びている。


 そして——肩の革鎧の毛羽立ちが、なくなっている。


「ラグ」


「ヴェルトさん。肩、直したんですね」


「……開口一番がそれか」


「気になってたんで」


 ヴェルトが鼻で笑った。前と同じ笑い方だけど、苦さが減っている。


「自分で直した。革の手入れの仕方を調べてやった。——お前に言われた通り、研ぎは三日に一回、油は毎日。全部やってる」


「見せてください」


 ヴェルトが腰の剣を差し出した。


 抜いて、刃を確認した。


 ——手入れされている。


 上手くはない。研ぎの角度に少しムラがある。油の量も均一じゃない。でも毎日やっている痕跡がはっきり残っている。刃の表面に、日々の手入れが積み重なった層ができている。


「合格ですか、先生」


「先生って言うな。——悪くないです。研ぎの角度をもう少し統一した方がいいけど、毎日やってるのは分かります」


「お前に比べたら素人以下だろうがな」


「最初はみんなそうです」


 ヴェルトが剣を受け取って、鞘に収めた。


「聞いたぞ。例外指定とかいうのができるって。お前が最初の適用者だって」


「らしいです」


「俺の推薦書、少しは役に立ったか」


「……立ったと思います。ありがとうございます」


「借りを返しただけだ。まだ足りないがな」


「足りてますよ。剣を手入れしてるだけで十分です」


 ヴェルトが俺を見た。


「——お前にそう言われると、不思議と信じられるな」


「装備師の言葉ですから。装備は嘘をつかないし、装備師も嘘はつきません」


「じゃあ一つ聞くが、俺の革鎧の肩、何点だ」


「七十点」


「辛いな」


「毛羽立ちは直ってるけど、油の浸透が浅い。もう二日に一回、防護油を塗り込んでください。薄く、丁寧に」


「……了解した」


 ヴェルトが背を向けた。


「次に会う時は八十点を目指す」


「期待してます」


 ヴェルトの背中が、前より少しだけ広く見えた。革鎧が体に馴染み始めている。手入れを続けた証拠だ。装備は使い手を映す。手入れされた装備は、手入れされた人間を映す。


 ヴェルトの再起は、もう俺が口を出すことじゃない。あいつは自分で自分を手入れし始めた。



    ※



 夕方、宿に戻ったら、テーブルの上に手紙が置いてあった。


「ニーカ宛て」


 リーゼが紅茶を飲みながら言った。


「ベルクから届いたみたいよ。ジークさんから」


 ニーカが手紙を開いた。


「んー? 何だこれ。——『ベルクの冒険者を代表して改めて礼を言う。あの時の盾捌きは見事だった。機会があればまた共闘したい。次にそちらに行く際は、食事でもどうか。ジーク』」


 ニーカが手紙を裏返した。裏は白紙だ。


「共闘したいって。ジークさん強いから、組めたら楽しそうだな。食事ってのは打ち合わせってことかな」


 リーゼが紅茶のカップで口元を隠した。


「……ニーカ、それ、打ち合わせじゃないと思うわよ」


「え? じゃあ何」


「食事に誘われてるの。ジークさんに」


「だから食事でしょ? 飯食いながら盾の話する的な」


「盾の話じゃなくて——もういいわ」


 リーゼが諦めた顔をしている。


「何だよ、途中でやめるなよ。気になるだろ」


「気になるなら自分で考えなさい」


「考えてるって。共闘の打ち合わせだろ?」


 リーゼが俺の方を見た。「何とか言ってやって」という目だ。


「……ニーカ。手紙の最後に『食事でもどうか』って書いてある」


「うん」


「打ち合わせなら『食事でも』とは書かない。『打ち合わせをしたい』と書く」


「……あー」


 ニーカが手紙をもう一度見た。


「あー。…………ああ、そういうこと?」


「そういうこと」


「マジで? わたし? ジークさんに?」


「手紙にそう書いてある」


 ニーカが手紙を持ったまま固まった。盾使いが硬直するのは珍しい。


「……どうしよう」


「どうしようって何が」


「だって——え、こういう時どうすんの。わたし盾のことしか考えたことないんだけど」


 リーゼが紅茶を吹き出しかけた。


 セリアが部屋から出てきた。


「何の話?」


「ニーカがジークさんに食事に誘われた」


「えっ。ニーカが? あのニーカが?」


「あのニーカって何だよ」


「いや……おめでとう?」


「まだ何もしてない! 返事も書いてない!」


「返事書くの?」


「書かないのか!? 手紙もらったら返事書くだろ普通!」


 ニーカが慌てている。こいつがこんなに動揺するのを初めて見た。魔獣の群れに突っ込む時は平然としてるのに、手紙一通で盾ごと崩れている。


「ラグ、どうしたらいい」


「俺に聞くな」


「じゃあ誰に聞くんだよ」


「リーゼかセリアに聞け。こういうのは俺の専門外だ」


「装備師って恋愛相談はしないの?」


「しない」


 ニーカが手紙を握りしめたまま、リーゼとセリアに引きずられるように部屋に消えていった。


 一人残された共有スペースで、作業台に向かった。


 手入れを始める。ニーカの盾。セリアの短剣。リーゼの杖。最後に、俺の剣。


 まだ名前はつけていない。でも、名前はもう浮かんでいる。


 もう少しだけ。あと少しだけ、この手で触って、確かめたい。


 明日にしよう。明日の朝、この作業台で、いつもの手入れの中で——名前をつける。

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