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審査


 ギルド本部から召喚状が届いた。


 「召喚」という言葉を使ってくるあたりに、上層部の姿勢がにじんでいる。「お越しください」でも「出頭してください」でもなく、召喚。格下に対する呼び出しの書式だ。


 エルマが苦い顔で渡してきた。


「正式な能力審査です。上層部の審査官が直接行います」


「能力審査って何をするんですか」


「規定では、戦闘能力の実技試験と、過去の実績の書類審査です。ですが——今回は異例です。審査の名目で呼んでいますが、実際には上層部がラグさんをどう扱うかを決めるための場です」


「どう扱うか……」


「特別部隊への編入か、管理下での活動制限か。上層部が考えているのは、どちらかでしょう」


「自由に冒険者を続ける、って選択肢は」


「上層部の選択肢にはないと思ってください。——ですが」


 エルマが引き出しを開けた。記録の束。何度も見た厚み。


「ガーヴさんが審査への立ち会いを申請して、受理されています。クレスさんも、査定課の立場で同席します。ラグさん一人を相手にした密室審査にはさせません」


「……ありがとうございます」


「わたしも記録係として入ります。——いつも通りやってください」


 いつも通り。エルマさんはいつもそう言う。



    ※



 審査は翌日、ギルド本部の大会議室で行われた。


 広い。冒険者が日頃出入りする窓口や食堂とは別世界の空間だ。長い机。革張りの椅子。壁にはギルドの紋章と歴代総長の肖像画が並んでいる。


 上座に審査官が三人。全員が本部の上層幹部で、纏っている空気が窓口のスタッフとは違う。権力の匂いがする。


 左手の席にガーヴとクレス。右手にエルマが記録用の筆記具を広げている。


 俺は中央に立たされた。


「F級冒険者ラグ。本日は、あなたの能力に関する正式審査を行います」


 中央の審査官が言った。五十代くらい。肩幅が広くて、元は冒険者だったかもしれない体格だ。でも今は机の向こう側に座っている人間の目をしている。


「まず経歴の確認から。レベル1。登録等級F級。装備師を自称。ここまでは正しいですか」


「自称じゃなくて、装備師です」


「ギルドの公式な職能登録には、装備師という分類はありません。あなたの登録上の職能は『その他』です」


「登録上はそうですね」


「——では、あなたの能力を実証していただきます」


 審査官がテーブルの上に長剣を置いた。自分の佩剣だ。鞘から抜いて、刃を上にして横たえている。


「この剣を評価してください。何が分かるか、何ができるか。それがあなたの言う『装備師』の能力であるなら」


 挑発半分、試験半分。装備師が本当に特別な技術なのか、それともF級の冒険者が大げさに言っているだけなのか——この目はそういう目だ。何度も見てきた。


「触っていいですか」


「どうぞ」


 剣を手に取った。


 刃に指の腹をあてる。背から切っ先に向けて、ゆっくり滑らせる。


 ——見えた。


「刃の中央、切っ先から三寸の位置に微細な歪みがあります。肉眼では見えませんが、研ぎの角度が左右で半度ずれています。右利きで、抜き打ちの癖がある方ですね。鞘から抜く時に刃の右面に偏った圧がかかるから、右側だけ微妙に減っている」


 審査官の目が変わった。


「柄の革紐。巻き方は丁寧ですが、締めが甘い。おそらく鍛冶屋に巻き直してもらった時に、使い手の握力に合わせた調整をしていない。この紐の太さだと、あなたの手には少し細い。握り込んだ時に遊びができて、長時間の戦闘で手がずれます」


「…………」


「鍔の固定。増し締めが必要です。右からの打撃を受けた時に、僅かにがたつきが出るはずです。あと、鞘の内側——口金のところに革の毛羽立ちがあります。抜刀のたびに刃が擦れて、切っ先が微妙に鈍っています。鞘を替えるか、口金を磨いた方がいい」


 審査官が黙った。左右の二人も黙っている。


「直していいですか」


「……直せるのか」


「十分ください」


 研ぎ石を出した。腰の道具袋から、いつもの手入れ道具一式を取り出して、大会議室のテーブルの上に並べる。歴代総長の肖像画の下で装備の手入れをするのは、たぶん俺が初めてだろう。


 研ぎ始めた。


 左右の歪みを(なら)す。半度のずれを修正して、刃全体の角度を統一する。油を塗って、柄の革紐を解いて巻き直す。審査官の手に合わせた太さに紐を二重にして、握り込みの遊びをなくす。鍔を増し締めする。鞘の口金を磨く。


 十分。


 剣を返した。


「どうぞ」


 審査官が剣を手に取った。握った。


 振った。


 一振り。二振り。三振り目で、審査官の腕が止まった。


「……何だ、これは」


「何が、ですか」


「別の剣だ。同じ剣なのに、手に吸い付くように——」


「同じ剣です。あなたの手に合わせただけです」


 会議室が静まった。


 ガーヴが口を開いた。


「審査官殿。これがラグの技術です。私が検討会で報告してきたことの、実証です。レベルでは測れない。等級では分類できない。しかし現に存在する能力です」


 クレスが続いた。


「査定課としても報告書に記載した通りです。ベルクの揺らぎ域において、ラグさんの装備調整が現地冒険者の活動能力を維持させました。核の安定化もラグさん以外には不可能でした。これらは等級F級の冒険者に期待される能力の範囲を、著しく超えています」


 審査官が剣を鞘に収めた。収める時の感触が変わったのか、一瞬手が止まった。口金を磨いた効果だ。


「……ラグ」


「はい」


「ギルドとして、あなたの能力を正式に認めます。その上で提案がある。本部直属の特別対応部隊への編入を——」


「お断りします」


 即答した。


「俺にはパーティがあります。セリアがリーダーで、ニーカが盾で、リーゼが魔法を使う。四人でやってきたし、四人でやっていく。管理下に入る気はありません」


「しかし、あなたの能力をギルドとして適切に運用するには——」


「運用って言葉は装備に使ってください。人間に使う言葉じゃないです」


 審査官が口をつぐんだ。


 ガーヴが立ち上がった。


「一つ、提案があります。ラグの処遇については、既存の等級制度の枠内で議論しても結論は出ません。そもそも枠が合っていないからです。——等級制度そのものの見直しを、正式な議題として本部会議に上程することを求めます」


 長い沈黙があった。


 中央の審査官が、自分の剣の柄に手を置いた。十分前に巻き直された革紐の感触を確かめるように、指先で撫でた。


「……上程を受理する。検討会の拡大と、制度改定案の策定を、ガーヴ主任に委任する」


 ガーヴが頷いた。


 エルマが最後の一字まで記録し終えてから、そっとペンを置いた。



    ※



 会議室を出た。


 廊下でエルマが追いかけてきた。


「ラグさん」


「はい」


「『運用って言葉は装備に使ってください』は、少し言い過ぎだったかもしれませんね」


「……すみません」


「いいえ。——記録にはしっかり残しました」


 エルマが、また少しだけ笑った。


 ギルドを出たら、セリアたちが入り口で待っていた。


「どうだった?」


「制度が変わるかもしれない。俺は今まで通り」


「今まで通り、って——」


「四人でやる。何も変わらない」


 セリアが笑った。ニーカが「よっしゃ」と拳を上げた。リーゼが「そうでしょうね」と紅茶を飲んだ。どこから出したんだそれ。


 帰ろう。帰って、装備の手入れをしよう。審査官の剣は直したけど、自分たちの装備はまだ今日の分をやっていない。


 やることは、いつも通りだ。

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