帰還報告
街に着いたのは翌日の昼過ぎだった。
東門をくぐった時、門番の兵士が目を丸くした。迷宮調査隊が予定より早く帰還したのが驚きなのか、全員ボロボロの見た目が驚きなのか。たぶん両方だろう。
ヴァルドが先頭を歩いて、俺たちが続く。二つのパーティが並んで街道を歩く姿を、すれ違う人たちが振り返って見ていた。A級パーティとF級混じりのパーティが、同じ汚れ方をして同じ疲れ方をして並んでいる。
ギルド本部に直行した。
※
帰還報告は、上層部への直接報告という形になった。迷宮調査はA級案件だから、通常の窓口ではなく三階の会議室が使われる。
会議室には副長のバルクスと上層部の面々が並んでいた。エルマも記録係として末席にいる。ガーヴの姿もあった。監査課の立場で同席しているらしい。
ヴァルドが報告を始めた。迷宮の構造、各層の環境と魔物、守護者との戦闘。淡々とした口調で、事実だけを並べていく。
報告の核心に来た時、ヴァルドの声が少し変わった。
「第五層にて、古代の記録を発見しました。内容は——レベルシステムの起源に関するものです」
バルクスの目が鋭くなった。
「記録の内容を」
「後衛のリーゼが解読し、書き写しました。リーゼ」
リーゼが手帳を開いて、壁面の古代文字の内容を読み上げた。
調律者の存在。レベルシステムが魔力制御のために構築された人工的な仕組みであること。「人の価値を測るものではない」という設計者の意図。例外体の存在とその目的。
読み上げている間、会議室は完全に静まり返っていた。
リーゼが読み終えた。
沈黙が続く……。
バルクスは口を開いた。
「……この記録の信憑性は」
「現地の壁面に刻まれた古代文字です。迷宮自体が数百年前の建造物であり、記録の古さは壁面の状態から見ても疑いようがありません。調査隊の全員が目撃しています――さらに」
ヴァルドは続けた。
「迷宮の深層では、レベルの恩恵が抑制されることを確認しました。第四層以降、私自身のステータスが明確に制限されました。レベル78の私が、第四層では体感でレベル50程度の身体能力しか発揮できなかった」
「レベルの恩恵が抑制される……?」
「一方で、F級冒険者ラグはレベル1のため、抑制の影響を全く受けませんでした。彼の装備の蓄積値も制限されなかった。結果として、迷宮の最深部ではラグが最も安定した戦力となり、守護者の核を破壊したのもラグの一撃です」
バルクスの顔が歪んだ。F級が最深部でA級を上回る活躍をした。制度の根幹を否定する事実だ。
「ヴァルドくん。その報告は——」
「七人全員が証人です。歪めるつもりはありません」
ガーヴは席から立った。
「副長。一つよろしいですか」
「何だ、ガーヴ」
「私が先日提案した等級査定基準の多角化検討会。この記録を踏まえて、検討会の範囲を拡大することを提案します。レベルシステムが人工的な仕組みであるなら、レベルのみに依拠する現行の等級制度は、設計者の意図にすら反しています」
設計者の意図にすら反している。古代の調律者が「人の価値を測るものではない」と書いた。ギルドの制度は、その道具を価値の指標にしている。作った本人が否定していることを、制度がやり続けている。
バルクスが苦い顔をしたまま、何も言えなかった。
「……検討する」
短い一言だった。認めたわけじゃないけど、反論もできなかった。
※
会議室を出た後、廊下でエルマに呼び止められた。
「ラグさん」
「エルマさん。お疲れ様でした」
「お疲れ様はこちらの台詞です。——記録、受け取りました。リーゼさんの手帳の写しを預からせてください。公式記録として保管します」
「お願いします」
エルマが手帳の写しを受け取って、胸に抱えた。
「七年間、記録を取り続けてきました。制度に疑問を持ちながら、証拠を集めて、報告書を書いて。でも決定的な一打がなかった。——これが、その一打です」
「エルマさんの記録がなかったら、俺はとっくに処分されてました。推薦もなかった。ここまで来れたのは——」
「お互い様です」
エルマが微笑んだ。控えめで、でもはっきりした笑顔。この人がこんな顔をするのを見るのは初めてだ。
「制度はすぐには変わりません。でも、もう止められない。記録があって、証拠があって、証人がいる。上層部がどれだけ抵抗しても——事実は事実です」
「数字は嘘をつかない、でしたっけ」
「ええ、数字は嘘をつきません。——ラグさん」
「はい」
「わたしは記録係です。でも今日だけは、記録じゃなくて気持ちを伝えさせてください」
エルマが一歩前に出て、頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたがいてくれて、よかった」
「……こちらこそ」
エルマが顔を上げて、いつもの表情に戻った。眼鏡を直して、手帳を抱えて、歩いていく。
ガーヴが廊下の向こうからこっちを見ていた。軽く頷いた。俺も頷き返した。言葉はなかった。なくてよかった。
※
ギルドを出て、仲間と合流した。ニーカとリーゼとセリアがロビーで待っていた。
「どうだった?」
「記録は受理された。制度がどう動くかはこれからだけど——止まらないと思う」
「やったね」
セリアが拳を握った。
「ラグ、ハインツさんにも報告しないと」
「ああ。あの人の文献がなかったら、迷宮の意味も分からなかった。——明日行こう」
「うん」
ヴァルドが近づいてきた。「鉄鎖の牙」の二人を連れて。
「ラグ。俺たちはこれで帰る。——また組めることがあれば、声をかけてくれ」
「こちらこそ。ヴァルドさんの剣の手入れ、またやりますよ」
「頼む。お前に研いでもらった剣の切れ味が忘れられん」
ヴァルドが手を上げて去っていった。ドルゴが「またな」、ファーナが静かに会釈して。
四人になった。いつもの四人。
「帰ろう」
「うん」
「盾の手入れ——」
「帰ってからな、ニーカ」
安宿に向かって歩き出した。見慣れた街並みが、少しだけ違って見えた。変わったのは街じゃなくて、俺たちの方だ。
迷宮に入る前と、出た後で。世界は同じなのに、見える景色が変わっている。




