銀翼の剣、なぜか不調
ラグが「銀翼の剣」を抜けてから、五日が経っていた。
※
A級依頼、ワイバーン討伐。
場所はベルクス山麓の峡谷。ワイバーンの巣が近くの村の家畜を襲い始めたっていう、まあよくある案件だ。「銀翼の剣」にとっては何度もこなしてきた定番の仕事で、苦戦する要素なんかどこにもない——はずだった。
「——ッ!」
ヴェルトの初撃がワイバーンの首を捉えた。振り抜く。鱗に刃が食い込んで——止まった。
浅い。
いつもなら一撃で鱗ごと断ち切れる斬撃が、表面に傷をつけただけだ。
ワイバーンが首を振って剣を弾く。ヴェルトは後方に飛び退いた。
「おい、ヴェルト! 何やってんだ!」
ザックが盾を構えて前に出る。ワイバーンの尾が横薙ぎに振られて、盾で受ける。——受けた。受けたけど、衝撃がいつもの倍くらい腕に来た。足が半歩、後ろに滑る。
「……重ッ。この個体、強くねえか?」
違う。ザック自身もなんとなく分かってる。こいつが特別強い個体って感じじゃない。今まで何匹もワイバーンは相手にしてきた。大きさも鱗の厚さも、過去の個体と大差ない。
なのに、重い。盾の向こうから伝わる力が、以前よりずっしり来る。
「リーゼ、頼む!」
後方からリーゼの詠唱が走る。杖を構え、触媒結晶を起点に魔力を練り上げて——放った。氷槍の魔法。A級魔法使いの火力で、ワイバーンの翼膜を撃ち抜く定番の戦術。
氷槍がワイバーンに着弾した。
翼膜を貫通——しなかった。表面に氷の結晶が張りついて、ぱきん、と割れた。
「……嘘」
リーゼが呟いた。詠唱は正確だった。触媒結晶のコンディションも問題ない。魔力の込め方も変えていない。全部いつも通りやった。なのに、出力が足りない。
ワイバーンが翼を広げて咆哮する。まだまだ元気だ。いつもならもうぐったりしてる頃なのに。
その後は、正直あんまり格好のいい戦い方じゃなかった。
ヴェルトが何度も斬りつけて、ようやく鱗に深い亀裂を入れる。ザックが体ごとぶつかって動きを止めて、その隙にリーゼが至近距離から魔法を叩き込む。三人がかりの力押し。A級パーティがやる戦い方じゃない。
討伐完了まで、いつもの三倍は時間がかかった。
※
帰り道。三人とも黙っていた。
口を開いたのはザックが最初だった。
「……なんだったんだ、あれ。俺たち、あんな苦戦するような面子じゃねえだろ」
「個体差だろ」
ヴェルトが短く答えた。答えたけど、自分でもあんまり信じてない声だった。
「鱗が厚い個体に当たっただけだ。たまにはある」
「いやでもよ、俺の盾受けも重かったぞ? 盾の方はあいつの鱗関係ないじゃん」
「……疲れてたんだろ。最近、睡眠浅いとか言ってなかったか」
「言ってねえよ。俺はどこでも寝れる男だぞ」
ザックの言ってることの方がまともだ。実のところ、ヴェルトも分かっている。個体差じゃ説明がつかない。剣を振った感触が、ほんの少し——ほんの少しだけ、いつもと違う。斬れ味が悪いとかそういう大袈裟な話じゃなくて、なんか、剣の機嫌が悪い、みたいな。
何だそれ。剣に機嫌なんかあるか。
「リーゼはどう思う」
ヴェルトが後ろを歩いているリーゼに声をかけた。
リーゼは少し間を置いてから答えた。
「……分からない。ただ、杖の出力がいつもより低かった。それは間違いない」
「杖の問題か?」
「結晶の純度は今朝確認した。問題なかった」
「じゃあ、何だよ」
「分からない」
リーゼはもう一度そう言って、黙った。
分からない、とは言った。でもリーゼの頭の中では、一つだけ引っかかっていることがある。
杖の触媒結晶。今朝、自分で確認した。純度に問題はなかった。——でも、以前はラグが毎朝チェックしていた。光に透かして、布で丁寧に拭いて。あの作業と自分の作業に、どれほどの違いがあったのか。
ラグの手入れは、ただの手入れだったのか?
……いや。レベル1の雑用係の手入れに、何か特別な効果があるなんて、理屈が通らない。通らないけど。
リーゼはその考えを振り払った。振り払うしかなかった。根拠がない推測を口にしたって、ヴェルトもザックも聞く耳を持たないだろうから。
※
宿舎に戻って、ヴェルトは自室で剣の手入れを始めた。
砥石で刃を研ぐ。布で拭く。簡単な作業のはずだった。ラグが毎朝やっていたのを横で見ていたから、手順は分かっている。
分かっているのに、手が迷う。
砥石の当て方がこれでいいのかよく分からない。角度はどのくらいだったか。刃の根元から先端に向かって研ぐのか、逆だったか。ラグの手元をちゃんと見ておけばよかった。見てたつもりだったけど、全然頭に入ってない。
なんとか研ぎ終えて、刃を確認する。
研げてはいる。研げてはいるけど——ラグがやった後の、あの吸いつくような切れ味には程遠い。
「……手入れの腕前で、そんなに差が出るもんか?」
ヴェルトは独り言を呟いて、首を傾げた。
出るわけがない。手入れは手入れだ。研いで、磨いて、油を塗る。それだけの作業に、人によってそこまで結果が変わるはずがない。
——そう思いたかった。
だからヴェルトは、今日もまた考えるのをやめた。




