表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/65

信用に等級はいらない


 北部山岳地帯まで、街道を歩いて二日。


 セリアと二人で歩くこれ街道は、もう慣れたものだ。ラーデン村に行った時もそうだったけど、セリフは歩きながらよく喋る。今日の朝飯がどうだったとか、昨日見た夢の話とか、E級の依頼報酬で何を買おうかとか。内容に脈絡はないけど、聞いてて退屈はしない。


「ねえラグ、山って寒いの?」


「この時期でも山の上は冷えるらしい。夜は息が白くなるって聞いた」


「うわ。私の装備、防寒とか考えてないんだけど……」


「ハインツさんから防寒用の素材をもらってる。着く前に手を入れるから大丈夫だ」


「相変わらず用意がいいね、ラグは」


「用意がいいんじゃなくて、ハインツさんの情報が早いんだ。北部の気候のことも、魔獣の出没状況のことも、全部事前に教えてくれた」


 ハインツさんとの関係は、あの甲殻獣の一件から始まって、今ではかなり頼りになる情報源になっている。素材の取引だけじゃなくて、各地の商人ネットワークから入る情報をこっちに回してくれる。ギルドの掲示板より早いことも多い。


 制度の外の信頼関係。こういう繋がりが、少しずつ増えている。



    ※



 一日目の夕方、ゴーレス街道の宿場町で一泊することにした。


 宿を探していると、聞き覚えのある声が飛んできた。


「おい、あんた——ラグか?」


 振り向くと、片手に酒瓶を持った男が立っていた。右腕に古い傷跡。見覚えがある。


「ドーランさん」


「やっぱりそうか! 久しぶりだな!」


 ドーラン。ゴーレス街道で甲殻獣に襲われていた商隊の護衛。あの時は肩を脱臼してたけど、今は元気そうだ。酒瓶持ってるあたり、元気すぎるくらいだ。


「元気そうですね」


「おう。あんたのおかげでな。——おっ、連れがいるのか」


 セリアがぺこりと頭を下げた。


「セリアです。ラグのパーティーの」


「二人だけのパーティーか。ほう……」


 ドーランが俺とセリアを交互に見て、にやっと笑った。何だその顔は。


「いやいや、何でもない。——それよりラグ、あんたの噂、けっこう広まってるぞ」


「噂?」


「F級のくせにとんでもなく強いやつがいるって話。ギルドの中だけじゃなくて、街道筋の冒険者にも広まってる。名前まではまだ知らないやつが多いけど、『レベル1のF級』って言えば大体通じるようになった」


「……大げさな」


「大げさじゃねえよ。俺が報告書出した甲殻獣の件もそうだし、ラーデン村のダイアウルフの件もそうだし。最近じゃ北の方でもC級の魔物を倒してるって話が回ってきてる。もはや半分伝説みたいになってるぞ、あんた」


 伝説はやめてくれ。そういうのが一番困る。


「あと俺、C級に上がったんだ」


「おめでとうございます」


「あんたに命救われてなかったら、今頃墓の下だからな。感謝してる。——それで、北に行くのか?」


「ええ、山岳地帯の魔獣被害の件で」


「あー、あれか。商隊の連中も噂してたわ。山の上から獣の群れが降りてきてるって。けっこうやばいらしいぞ」


「やばいから行くんですよ」


「はは、あんたらしいな。——気をつけてけよ。山の魔獣は平地のとは勝手が違うからな。寒さもあるし」


「ありがとうございます」


 ドーランと別れて宿に入った。


 セリアが小声で聞いてきた。


「あの人、最後にニヤッてしたの何?」


「知らない」


「絶対なんか思ってたでしょ」


「さあ」


 本当に知らない。知らないけど、何となく察しはつく。察しはつくけど、それを口にするのはやめておく。



    ※



 宿で防寒の手入れをした。


 ハインツから受け取った素材は三種類。防寒蝋、断熱繊維、耐冷コーティング用の油脂。どれも北部の商人ルートでしか手に入らないもので、普通に買ったら銀貨が飛ぶ。ハインツが仕入れ値で回してくれたから助かった。


 まずセリアの革鎧。縫い目の内側に断熱繊維を挟み込む。薄い素材だから重量はほとんど変わらないけど、保温性が段違いになる。次に短剣。刀身に耐冷コーティングを施す。これで急激な温度変化による金属疲労を軽減できる。


 自分の装備にも同じ処理を施す。新しい剣は——まだ持っていない。今の剣は三年間の相棒だ。山岳鉄じゃない普通の鉄。寒冷地での耐久性は不安があるけど、手入れでカバーするしかない。


 作業に集中していたら、セリアがいつの間にか向かいの椅子で舟を漕いでいた(うとうとしていた)。


 旅の疲れだろう。こいつ体力はあるけど、使い切った後の電池切れが早い。


 ことん、と音がして、セリアの頭がテーブルの上に落ちた。腕を枕にして完全に寝てる。


 ……起こすか。いや、まだ装備の手入れが残ってる。セリアの手甲の防寒処理がまだだ。


 手甲を手に取った。セリアの手に合わせて作られた小さい手甲。革の内側に防寒蝋を塗り込んでいく。指先の部分は薄く、手のひらの部分は厚めに。握り込んだ時に蝋が均一に効くように、塗り方を調整する。


 こいつの手、俺より二回りくらい小さいな。この手でダイアウルフを刺して、オーガを切って、フロストウルフを——


 いや、待て待て。手のサイズの話は今、関係ない。手甲の話だ、手甲の。


 防寒処理を終えて、手甲をテーブルに置いた。セリアはまだ寝てる。起こさないと風邪をひく。


「セリア。ベッドで寝ろ」


「……ん」


「セリア」


「……あと五分」


「五分じゃなくて今だ。テーブルで寝たら体痛くなるぞ」


「……んー」


 返事にならない返事。手を伸ばして肩を揺すろうとしたら、セリアが寝ぼけたまま俺の手を掴んだ。


「……あったかい」


「手入れをしてたからな。ほら、離せ」


「やだ。あったかいから」


「寝ぼけてるだろ」


「寝ぼけてない」


 寝ぼけてるに決まってる。目が閉じたままだぞ。


 振りほどくのも乱暴だから、そのまま三十秒くらい待った。そのうちセリアの手の力が抜けて、完全に寝落ちした。


 腕を外して、部屋にある予備の毛布を持ってきてかけた。


 ……明日の朝、こいつはこのことを覚えてないだろう。覚えてないでいてくれ。頼むから。



    ※



 二日目。街道を北に歩いて、山が近づいてくる。


 午後には空気が変わった。風が冷たくなって、木の種類が違ってきた。平地の広葉樹から、山地の針葉樹に。景色が暗くなる。


 山岳地帯の入り口にある集落、カルム。小さな村で、石造りの家が二十軒ほど並んでいる。街道から外れた場所にあるから、旅人はほとんど来ない。


 村の入り口で足を止めた。柵が壊れている。ラーデン村と似た光景だけど、壊し方が違う。爪痕ではなく、ぶつかって叩き壊したような壊れ方。力任せだ。


 村に入ると、年配の女性が一人出てきた。


「冒険者かい。ギルドから来たのか」


「ギルドからではないですが、魔獣被害の話を聞いて来ました」


「等級は?」


「F級とE級です」


 女性——村長らしい——の顔に落胆が浮かんだ。


「F級……。C級のパーティをお願いしたんだけどね」


「依頼は受けてないんです。自分たちの判断で来ました。——ラーデン村のダイアウルフの件、聞いてますか」


 村長の目つきが変わった。


「……ラーデン村? あの、F級の二人組がダイアウルフを三体倒したっていう話かい!?」


「それが、俺たちです」


 しばらく俺の顔を見つめてから、村長が息を吐いた。


「話は聞いてるよ。ラーデンの村長から、伝書が来た。『F級だが信用できる』って。——まさか本当に来るとは思わなかったけどね」


 ラーデン村からの伝書。あの村長が、こっちの集落にまで俺たちのことを伝えてくれていたのか。


「中に入りな。状況を説明するから」



    ※



 村長の家で話を聞いた。


 状況はギルドの掲示板で見た以上に深刻だった。


 山の上から魔獣の群れが降りてきている。種類はフロストウルフ——寒冷地に棲む狼型魔獣。C級指定。ダイアウルフの亜種で、冷気を纏って攻撃する。


 問題は数だ。


「最初は三、四体だったんだ。それが一週間で増えて、今は——二十体以上いるらしい」


「二十体……」


「山の猟師が上から見たって言ってる。谷筋に集まってるって。頭のいい獣でね、一斉に来るんじゃなくて、何体かずつ交代で降りてきて襲う。こっちが追い払っても、次の日にはまた別のやつが来る」


 知能がある群れ。交代制で攻撃。統率が取れている。群れにリーダーがいるんだろう。


「被害は?」


「家畜が八頭。畑は半分やられた。怪我人は五人。まだ死人は出てないけど、時間の問題だと思ってるよ」


「この集落だけですか」


「いいや。北のハーゲン、東のブルム、山向こうのレントも似たような被害が出てるって聞いてる。全部同じ群れかどうかは分からないけど」


 四つの集落が同時に被害を受けている。群れが一つなら二十体以上、複数なら——考えたくないな。


 セリアが俺を見た。不安と覚悟が半々の顔だ。


「……どうする、ラグ」


「まず明日、山に入って偵察する。群れの規模と行動パターンを確認しないと作戦が立てられない。正面からぶつかるのは論外だ。二十体以上を二人でさばくには、地形と段取りが全部いる」


「うん」


「今夜は装備の最終確認をする。北部仕様に仕上げてあるけど、フロストウルフ相手となると冷気対策をもう一段上げたい」


「頼りにしてます、装備師さん」


 その呼び方にも、もうすっかり慣れた。


 村長が宿を用意してくれた。小さな石造りの小屋だけど、壁が厚いから風を通さない。暖炉もある。


 ここを拠点にして、山の魔獣に挑む。F級とE級のコンビで。


 無謀だって言うやつもいるだろう。実際、無謀かもしれない。でも、ここに来るまでの道で、ドーランが噂を教えてくれて、ハインツが素材を回してくれて、ラーデン村の村長が伝書を出してくれていた。


 俺たちは二人だけど、二人だけじゃない。


 暖炉の前で装備を広げて、手入れを始めた。


 明日は、長い一日になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ