表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/65

三体は挨拶代わり


 翌朝、山に入った。


 カルム村の猟師に道案内を頼もうとしたけど、全員断られた。「あの山には近づきたくない」と口を揃えて言うんだから、相当怖がられてる。仕方ないので猟師たちから地形の情報だけ聞き取って、二人で登った。


 山道は険しい。平地の森とはまるで違う。足元は岩と凍った土が混ざっていて、一歩ごとに気を使う。木々は針葉樹ばかりで、枝が低い位置まで張り出していて視界が狭い。


 息が白くなった。セリアが吐く息も白い。昨夜の防寒処理が効いているのか、寒さ自体はまだ耐えられる。


「ラグ、これ見て」


 セリアが地面を指した。足跡。大きい。ダイアウルフに似ているけど、爪の形が違う。爪痕の周囲に霜が降りている。足跡を残すだけで周りの土が凍るのか。


「フロストウルフだな。間違いない」


「足跡、いくつある?」


「ここに見えてるだけで三つの異なるサイズ。でも重なってるから、もっと多い可能性がある」


 足跡は山の上に向かって続いている。追う。


 三十分ほど登ったところで、風向きが変わった。


 獣の匂い。近い。


 俺は足を止めて、セリアに手で合図した。


 前方、五十歩ほど先の岩場の陰に動くものが見えた。灰色がかった白い毛並み。ダイアウルフより少し小さいが、体の周囲に薄く冷気を纏っている。空気中の水分が凍って、体毛の表面に細かい氷の結晶がきらきら光っていた。


 フロストウルフ。三体。


 群れの先遣隊か、見回りか。本隊から離れて行動している小集団だ。


「三体。やれるか」


「やれる」


 セリアの返事に迷いがない。E級に上がってからの自信がある。


「俺が正面の一体を落とす。セリアは右の一体。三体目は状況を見て」


「了解」


 岩陰から飛び出した。


 正面のフロストウルフが反応する。口を開けて冷気を吐こうとした——その前に、俺の剣が首を通過した。


 一撃。首がなくなったフロストウルフの体から冷気が噴き出して、周囲の空気が一気に冷えた。鼻の奥が痛い。


 右。セリアが二体目に突っ込んでいく。フロストウルフが前脚を振り上げた。爪の先端に冷気が集中している。あの爪で斬られたら傷口が凍結する。


 セリアは爪を避けなかった。避ける代わりに、タイミングを合わせて爪の軌道の内側に踏み込んだ。度胸がある。短剣がフロストウルフの喉元に突き刺さる。深い、一撃で急所を捉えている。


 フロストウルフが痙攣して、倒れた。


 二体目、セリア単独で処理。見事だ。


 三体目。こいつは仲間が二体やられたのを見て逃げようとしていた。背を向けて山の上に駆け出す。


「逃がすとまずい。群れに戻って、報告される!」


「追うよ!」


 セリアが走る。俺も追う。三体目は速いが、岩場の斜面を駆け上がりながらだから全速は出ない。セリアが横から回り込んで退路を塞ぎ、こっちに追い込んできた。


 追い詰められたフロストウルフが振り返って冷気を吐いた。白い息が霧のように広がる。視界が一瞬で真っ白になった。


 見えない。でも、足音は聞こえる。


 音の方向に剣を振った。手応え。重い感触が腕に返ってきた。


 霧が晴れると、三体目のフロストウルフが横倒しになっていた。胴体に深い斬撃が入っている。致命傷だ。動かない。


 三体全滅。


「……ふう」


 セリアが息を吐いた。


「ラグ、今の冷気の中で見えてたの?」


「見えてない。音で振った」


「音で——すご」


「すごくない。当たったのは半分運だ」


「半分は実力でしょ」


 まあ、そうかもしれないけど。



    ※



 倒した三体を調べた。


 体格はダイアウルフより一回り小さいけど、体毛の密度が高くて、その一本一本に冷気が宿っている。刃物で切ると、切り口から冷気が漏れて周囲の温度が下がる。


 歯を確認する。犬歯が長い。ダイアウルフほどではないが鋭い。顎の力も相当ある。


 気になったのは、こいつらの体毛に染みついている匂いだ。三体とも同じ匂いがする。群れ全体で共有している体臭。これだけ強いなら、群れの規模はかなり大きい。


「セリア、ちょっとこっち来て」


「ん? ——うわ、何この匂い。きつい」


「三体とも同じ匂いだ。群れの匂い。これだけ強いってことは——」


「群れがでかい」


「ああ。村長の言った二十体以上ってのは、控えめな見積もりかもしれない」


 セリアの表情が引き締まった。


 三体を倒したこと自体は問題なかった。俺が一体、セリアが一体、追い込みで一体。連携も悪くなかった。でも、三体と二十体以上じゃ話が全然違う。


「……あと、気になることがある」


「何?」


 セリアの短剣を見せてもらった。鞘から抜く。


 刀身の先端付近に、薄い霜がついていた。二体目を刺した時に、フロストウルフの冷気が刀身に移ったんだろう。耐冷コーティングを施してあるからこの程度で済んでいるけど、コーティングが切れたら刀身全体が凍結する。


「冷気が剣に残ってる。このまま使い続けると、刀身が脆くなる可能性がある」


「やば。どうするの?」


「毎戦闘後に冷気を除去する手入れがいる。あと、コーティングの塗り直し。一日一回じゃ足りないかもしれない」


「……大変じゃない?」


「大変だけどやるしかない。冷気で剣が折れたら戦えなくなる」


 剣が折れる。その可能性が頭をよぎって、腰の自分の剣に目がいった。こいつも普通の鉄だ。耐冷コーティングはしてあるけど、フロストウルフのリーダー級の冷気を受けたらどうなるか分からない。


 考えても仕方ない。できる限りの手入れをして、あとは剣を信じるしかない。



    ※



 山を降りて、カルム村に戻った。


 村長に報告する。フロストウルフ三体を討伐したこと。群れの規模が予想以上に大きいこと。


「三体倒してくれたのか。……ありがたいけど、二十体以上いるんだろう? 三体倒しても、焼け石に水じゃないかい」


「このまま一体ずつ潰していくのは効率が悪いです。群れ全体を一度に叩く方法を考えます」


「方法って?」


「山の地形を使います。猟師の方々に聞きたいんですが、この山に峡谷か、地形が狭まっている場所はありますか」


 村長が猟師を呼んでくれた。地形の話を聞く。山の中腹に、両側を崖に挟まれた峡谷があるらしい。幅は馬車一台分。長さは二百歩ほど。入り口と出口が一箇所ずつ。


 ここに群れを誘い込めれば、少数ずつ処理できる。


「罠を仕掛けます。群れを峡谷に追い込むための仕掛けと、峡谷の中で戦いやすくするための準備と。——二日ください」


「二日か。その間にまた襲われたら?」


「先遣の三体を倒したから、少なくとも明日は来ないと思います。群れの偵察要員がいなくなったことで、本隊は警戒して動きを止めるはずです。それが二日保つかどうかは——正直、賭けです」


 村長が俺の顔を見つめた。


「……あんた、本当にF級かい」


「レベル1です」


「レベル1ねえ。……分かった。二日だ。猟師たちにも協力させる。何がいる?」


「ありがとうございます。必要なものを明日の朝までにまとめます」



    ※



 夜。村長が用意してくれた小屋で、作戦を練った。


 テーブルの上に猟師たちから聞いた地形の簡易地図を広げて、峡谷の位置、入り口の幅、崖の高さ、風の向き。全部メモしていく。


「罠は二種類。一つは音で群れを誘導する装置。もう一つは峡谷の出口を塞ぐ障壁。誘導で峡谷に追い込んで、出口を塞いで、入り口から少数ずつ処理する」


「……ラグ、それって相当準備がいるよね」


「ああ、装備の加工と罠の設置で丸一日かかる。戦闘は翌日。だから二日くれって言った」


「二日で二十体以上。……本当にやれるの?」


「やるしかない。それに、お前の剣があるからやれると思ってる」


「また私の剣って言う」


「剣を振るセリアもだよ」


 セリアがちょっと目を丸くして、それからにっと笑った。


「やるか」


「やろう」


 地図を見つめながら、明日の段取りを決めていく。罠に使う素材の加工、設置の手順、猟師たちへの指示。俺の頭の中は全部「装備」で埋まっている。罠だって装備の一種だ。仕組みを作って、素材を選んで、手入れして、使い手に合わせて調整する。やることは同じだ。


 この手で作れるものを、全部作る。


 あとは——二十体以上のフロストウルフが、作戦通りに動いてくれるかどうか。


 それだけが、俺の手ではどうにもならない部分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ