ペルセウス座流星群の下で-29
全部で25名による今年のミスコン優勝者は、3年1組の九条明梨に決まった。高校生離れした豊満な体とミステリアスな雰囲気に合う、夜空を模したドレスが男性陣の票を集めた。玲奈は僅差で2位。こちらは女性陣の票が多く集まり、3位以下を大きく突き放した。そこで特例として2人並んで壇上に上がることになり、急遽玲奈も表彰されることとなった。城聖高校始まって以来のことだった。
「うぅぅ疲れたぁぁ」
いつもの姿になった玲奈が玄関に腰掛けて溶けていく。今は姫乃と優紀しか居ない。文化祭も無事に終わり、3人は美代と沙代を待っていた。今日は駅まで一緒に歩こうという約束をしていたのだ。
ミスコンの後、取材陣は九条と玲奈だけでなく、玲奈をコーディネートした美代と沙代のところにも集まった。例年に無い攻め方をしたことが雑誌関係者の目に留まったらしい。なかなか戻ってこないところを見るに、話はかなり盛り上がっているようだ。姫乃は玲奈に自販機で買ったジュースを、「お祝い。2位おめでと」と言って渡した。玲奈は遠慮無く手に取って、そして一気に飲み干した。
「お待たせー!」
「いやー盛り上がっちゃてー!」
「主役よりも盛り上がるとはどういうことだ?」
「いやいや、全然いいって。あたしゃもう疲れたし……」
「取材、どうだった?」
「それがさ、担当の人と意気投合しちゃってさー!」
「今度モデルさんの撮影現場を見学させてもらえることになったー!」
「えぇぇ! すごいね!」
「高校生を現場に入れてくれるなんて、かなり太っ腹だな」
「えへへー」
「名刺も貰っちゃったー」
駅までの帰り道、5人は文化祭のことをたくさん喋りながら歩いた。楽しい時間はあっという間で、電車の時間も迫っていたせいで別れを惜しむ暇も無い。1人駅前に残された姫乃は胸の前でグッと拳を握った。黒岩が待つ、駅駐車場へと向かう。いよいよ明日は、父親との話し合いの日だ。
約束の日。午後2時を少しだけ過ぎた頃、姫乃の家の玄関が開けられた。姫乃は書斎で今まで集めた資料を前に、近づいてくる足音を聞いていた。緊張で喉が渇ききっている。
ノックの後、黒岩によって扉が開かれた。その後ろに久しぶりに見る父親の姿があった。1年近会わないでいると、父親と言われてもピンと来ない。姫乃はお腹に力を入れた。
「お帰りなさい。忙しいのにすみません」
「構わん。だが時間が無い。手短に頼む」
父親はいつも通り短い言葉でしか話さない。しかしその言葉にはいつもとは違う、柔らかいものがあるのを姫乃は感じ取った。父親が座るのを待って自分も座る。そしてテーブルに一気に資料を広げた。
「これは?」
「順に説明します。まず、ママには愛人が居ます」
「なに?」
父親の眉毛がピクリと上がる。姫乃は畳みかけるように話を進める。
「ハウスキーパーさんたちが噂してるのを聞いて、黒岩さんと花野さんに調べてもらいました。これはその証拠写真。ママは日本に愛人が居る。それから今居る場所にも」
「……」
「ハウスキーパーさんたちが知ってるってことは世間に知られるのも時間の問題。ママは私が生まれてから何人も愛人を作っていたみたいだから、知られれば会社のイメージ悪化は免れない。雑誌もここぞとばかりに書きたい放題書くでしょう。今の風潮からして世間の目はかなり厳しいものになる。そうなれば、過去の業績悪化よりももっと酷いことになるかもしれません」
「……なぜそれを?」
「今はそれよりも、その危険性を小さくする方法を考えるべきです。これはビジネスの話です。よって、私は2人の離婚を推奨します」
離婚と口にした姫乃の声は震えていた。父親は少し考えて、そして椅子に背中を預けた。
「なるほど。話とはこのことか。よくこんなに調べたものだ。私だって気づかなかったのに……」
父親は一瞬複雑そうな顔をして、すぐに表情を切り替える。ビジネスマンの顔になっていた。姫乃を試すように『交渉』が始まった。
「離婚と言ってもそう簡単にはいかない。由貴子の会社の融資は少なくなったとは言え今も続いている。その恩恵はこちらも受けている。愛人を別れさせるだけではダメなのか?」
「ダメです。万が一その愛人がリークした場合、よりダメージが大きくなるのは明白。あらゆるパターンで業績への影響を計算して、専門家にも確認しましたが、離婚をして三の丸商事とは手を切り、新たな事業を展開させるべきだと私は思います。その上で、もう一度三の丸商事をこちらに引き込むのです」
「ほう。してその事業とは?」
「教育機関です」
姫乃が家出期間中に抱いたのは、『学校を造りたい』という気持ちだった。ただの学校ではない。身分も家柄も関係無く、心を誰にも侵されずに学べる学校だ。自分や玲奈たちのように苦しむ生徒を救う為の場所を、玲奈は造りたいと考えていた。
「教育? 学校は利益を生まない。どこも赤字経営だ。しがらみも多い。お前の言う事業の展開には到底」
「学校自体で利益を生むのではありません。『オプション』で利益を生んでいきます」
「『オプション』? どういうことだ」
姫乃は三の丸商事が最近参入し赤字が続いている電子機器事業を引き合いに出し、指定タブレットの共同開発、三の丸商事の得意分野である学資保険の斡旋を提案。そして普段着としても着られる機能性とファッション性を兼ね揃えた制服の製作し、制服にファンをつけることで自社で新たにスクールファッションのアパレルブランド展開を容易にする。生徒たちによるSNSの活用と、生徒たちもバイトができる一般向けにも解放されたカフェや雑貨屋などを連ねた寮の併設など、あらゆる方面から『宣伝』できる複合総合教育機関のモデルを説明した。将来的には近くに老人ホームを作り、生徒と老人の交流の場を提供できる仕組みも作る。
もちろん教師には各教科にそれなりの経歴の人を1人は配置し、家庭や友人関係で悩みを抱える生徒の為にカウンセラーの配置や専門機関との迅速な連携など、教育にも力を入れる。そうすることによって入学志願者は増え、より大きな話題性を持って自社の名前を宣伝することができる。
「これが『オプション』です。今までの教育機関とはまったく別のPRをしていくことで、流行に敏感な若者たちだけでなく、保護者からも支持を得やすいかと。大きな利益になれば三の丸商事の融資も必要無くなりますし、三の丸商事も安定した利益となる場所があれば、不倫の証拠を前に離婚を拒否するリスクは取らないと思います」
父親はテーブルに広がった資料を黙って見ていた。姫乃は心臓が飛び出そうになるのを必死に抑えながら、父親の返事を待った。
「ひとつ聞く。これはお前のやりたいことか?」
「……はい」
「詰めが甘いな」
父親が冷たく言い放つ。姫乃の体から一気に血の気が引いた。
「まず、融資の額は少ないとは言え決して簡単に払える額じゃない。そして三の丸商事は我が社の株を相当割合数持っている。それをこのモデルだけで払いきろうというのは無理がある」
姫乃は力無く俯く。父親の言うことは正しい。そう簡単に手を切れるほど、簡単な相手ではないことは姫乃にもわかっていた。
「だが」
父親が言葉を繋げた。




