ペルセウス座流星群の下で-30
「高校生にしてはしっかりと資料を作ってある。社内会議にかけてやってもいい」
姫乃は顔を上げた。そこには初めて自分に笑顔を向ける『父親』が居た。優しく姫乃を見つめている。
「ただし条件がある。これを成功させたいならお前自身がこの学校の責任者になる必要がある。それにこの規模になればそれなりの時間も要る。準備が整うまでの期間で必要な資格と知識の取得、そしてしばらく海外に留学してもらう」
「え?」
「日本の学校だけでは経験が足りなすぎる。元々海外に呼び寄せるつもりだったのをお前のわがままを聞いて日本に残れるようにしたんだ。大学に入学して少ししたら留学して、しっかり勉強して、このモデルは利益を生むと自分の手で証明しなさい」
「は、はい。わかりました!」
「それから……由貴子のことはこっちに任せなさい」
父親は力無くそう言った。ずっと仕事ばかりだった父親にとっては初耳なのだろう。元から愛が無いとわかっていたとは言え、このような裏切りを受けるのはやはりショックなのか、顔に少しだけ疲労が滲んだ。その後、特に何かを言うでもなく資料を持って父親は帰ろうとした。姫乃は慌てて引き留める。
「もう行かなくては」
「違うの! えっと、これを渡したくて……」
「なんだ?」
姫乃は自分が座っていたソファーの横に置いておいた紙袋を父親に差し出す。父親は姫乃に向き直し、紙袋を受け取った。
「今見てもいいか?」
「う、うん……」
父親は怪訝そうにしながらも紙袋から箱を取り出し、蓋を開けた。中には光沢感のある紺色のネクタイが品良く収まっている。姫乃は慌てて説明した。
「お、お友だちに聞いたら、初めてならネクタイが無難なんじゃないかって! 一緒に選んでもらって、その……お誕生日、プレゼント……次いつ会えるかわかんなかったから……」
「私にか?」
じっとネクタイを見つめる父親。箱ごと投げ捨てられるかもしれないと思うと、姫乃は父親の方を向けなかった。しかし悪い予想と反してシュルシュルと布の擦れる音がする。
「どうだ。似合うか?」
姫乃が父親を見ると、今渡したネクタイを嬉しそうに身に着けた父親が立っていた。姫乃は何も言えずに立ち尽くす。
「似合わんか?」
「う、ううん! 似合ってる! かっこいいよパパ!」
「そうか。ありがとう」
それだけ言って、父親は足早に行ってしまった。父親を会社まで送って帰ってきた黒岩が、「坊っちゃんがあんなに嬉しそうに鼻歌を歌っているのを初めて聞きました」とこっそり教えてくれた。
姫乃は空港の到着ロビーで人を探していた。お盆前だったこともあり人がごった返している。大きなキャリーケースが人にぶつからないように細心の注意を払って進むのは至難の業だった。お昼ご飯前ということもあってあちこちから漂ういい匂いに空腹が襲ってきてしまい、人酔いも相まって姫乃は立ちくらみを起こした。
なんとか壁際に避難した姫乃は父親と『交渉』した時のことを思い出す。まだ高校2年だった姫乃はたくさんの人の手を借りながら、無い知恵を絞って資料を作り、父親に母親と離婚するように言った。今思えば普通の子どもなら離婚しないでくれと言うのかもしれない。しかし特に母親になんの情も沸かなかった姫乃は、父親の会社が不利益を被ることの方が嫌だとはっきり感じたのだ。あれから3年。大学2年になった姫乃は今、父との約束通り海外へ留学中だ。
姫乃の父親は姫乃が留学してすぐに母親に離婚を言い渡した。母親は予想通りごねたらしいが、父親が上手いこと丸め込み、最終的に離婚に応じたと黒岩からのメッセージで知った。詳しい内容は教えてくれなかったが、『大人の事情でございます』と黒岩は言った。
姫乃が留学してから離婚したのは、マスコミの目が姫乃に向くのを最小限にする為だというのはすぐにわかった。実際、ネットニュースで一時期ずっと話題に上がっていたほどだ。しかし離婚理由は母親の不倫だということは一切出なかった。ここにも『大人の事情』がありそうだ。
そして今、姫乃はサマーバケーションを利用して日本に一時帰国したところだった。また、星見会のメンバーと会う為に。
「あ! 居た居た! おーいひめのーん!」
遠くから懐かしい声が姫乃を呼ぶ。優紀が高校を卒業してから全員揃って会う機会が無くなり、流星群を見ようという話も出なくなった。姫乃と玲奈も高校を卒業するとさらに集まりにくくなり、全員がこうして揃うのも3年ぶりだった。少し大人びた4人が姫乃を迎え入れる。
「久しぶりだね! ごめんね、少し飛行機遅れちゃって」
「大丈夫! 美代と沙代もさっき着いたところだし」
「せやでー!」
「人が多くてかなわんわー」
「お、出たな似非関西弁。しっかり関西を堪能してるな」
「黒岩さんも、迎えに来てくださってありがとうございます」
「いえいえ。これもわたくしの仕事でございます。いやはやしかし、みなさんご立派になられて……先代もお喜びになっていることでしょう……」
「黒岩さん泣かないで」
「泣かれてしまうとどうしたらいいのか」
「まだそんなにあたしら変わってないよぉ。去年も会ってるしー」
「すみません。歳を取るとどうにも涙腺が弱くて……」
「おじいちゃんだー!」
「おじいちゃんだねー!」
黒岩の運転するリムジンに全員で乗り込み、一緒に姫乃の家に向かう。道中ずっと喋り通しで、まったく話題が尽きなかった。それぞれの近況報告に寄れば、玲奈は保育の専門学校に通っていて6月に施設実習が終わったところ。幼稚園の先生になる為にピアノも練習していると言う。優紀は志望していた天文学部のある国立大学に特待生で合格し、今は大学近くで独り暮らしをしている。時々汐見と連絡を取るくらいの仲にはなったと聞いて一同は隠しもせずに驚いた。今は就活ではなく大学院を目指して勉強中。美代と沙代は一緒に関西の服飾専門学校に通っていて、ファッションの勉強が楽しいらしい。2人の祖母も地元に帰って来られて見違えるほど元気に過ごしているとか。
姫乃の家に着くと、花野から生き別れた家族との再会のような歓迎を受けた。食堂にはテーブルから溢れんばかりのごちそうが並んでいる。さすがに食べきれないと言ったものの、久しぶりの花野の特製料理に全員箸が止まらず、3分の2は平らげてしまった。残りは夕飯の時に出してくれるように花野にお願いをして、姫乃たちは2階へと上がった。2階の部屋は当時と変わらないまま、5人を静かに出迎えた。
「私は緑の部屋にしよう」
「あたしは赤ー!」
「ピースは紫がいいー!」
「えー! 黄色がいいよー!」
「ふふふ。今回はあまり長く一緒に居られませんし、またみんなで紫の部屋に泊まれるようにもうベッドを用意してもらってるんです」
当時と同じやり取りに、姫乃はつい顔が綻んでしまう。他の4人も同じように顔が緩んだ。紫の部屋に荷物を置き、また喋る。優紀が展望室に行きたいと言うので、全員で喋りながら行った。展望室の扉を開けると、目の前の壁に大きなフォトパネルが飾られている。あの日、流星雨の下で撮った5人の写真が、壁いっぱいのパネルになって部屋を彩っていた。
「この写真、いつ見ても綺麗だなって思う」
「うん。私の中の最高傑作」
「エアリーは学校を造るんじゃなくて写真家になった方がいいんじゃないか?」
「もう! からかわないで!」
「機械動かしていいー?」
「プラネタリウム点けていいー?」
「あ、うん! もちろん!」
双子があの日と同じようにプラネタリウムを点ける。今日はDVDではなく、ドームいっぱいに星空を投影した。暗い部屋で5人は1年分の空白埋めようと、電気の星を見ながら喋り続けた。
5人が静かになったのは、本物の星空の下にやって来てからだった。時刻はあの時と同じ午後11時過ぎ。それぞれがレジャーシートを敷いて、頭が中心になるように円状に寝転ぶ。雲1つ無い、素晴らしい星空が広がっていた。
ぽつり、ぽつりと流れ星が現れ出す。1時間もすると少なくとも5分に1個のペースで星が流れるようになった。しかしあの夏ほどの流星雨には、あれから1度もなっていない。
「また来年も、みんなでこうして星見会をしようね」
「うん」
「もちろんだ」
「異議無ーし!」
「さんせーい!」
5人は自然と隣と手を繋ぐ。地上に大きな星が生まれた。
深い藍色の空だけが、その地上の星の輝きを見つめていた。
――完
子どもから大人へと変わる途中の5人の物語。楽しんでいただけたでしょうか。お時間ありましたら感想を残していただけると嬉しいです。
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