ペルセウス座流星群の下で-26
ナレーションが最後の台詞を言い終えると、幻想的な音楽が音量を上げ、最後に地球のあらゆる場所の美しい星空の映像が流れて終了した。すべてのチャプターを見終えて最初のメニュー画面に戻っても、優紀は呆けてまばたき1つしなかった。双子がまた機械を操作して、閉じられたシャッターが開くと夏の日差しが部屋の中に差し込んだ。
「映像綺麗だったね」
「面白かったー」
「写真の撮り方の所もっかい見たーい」
「私もそこを何度も見て、写真を撮るようになったんだ」
「アクア、大丈夫?」
一言も発さない優紀を心配して玲奈が声をかける。
「あぁ。感動のあまり、言葉が……」
「アクア、オタクだー」
「オタクが感極まってるー」
「感も極まるだろ……素晴らしかった……もう一回見たい……」
「うちに居る時は好きに見ていいし、なんなら貸すから」
「ありがとう、本当にありがとう……」
もう泣いてしまうんじゃないかというくらいの様子で姫乃の手を取り頭を下げる優紀。姫乃は優紀にも機械の操作方法を教えておいた。勉強どころではなくなりそうだと、優紀は目を輝かせて姫乃の説明を聞いていた。
それから花野のふわふわパウンドケーキを食べて、また紺色の部屋で勉強を始める。優紀は時折考え込むように手を止めていた。双子はもうほとんどのワークを終わらせてしまったらしい。玲奈は相変わらず唸っているが、初日のように机の上に溶けてしまうということは無くなった。
寝る時になって、姫乃以外の4人は久しぶりに携帯の電源を入れてみることにした。姫乃は父親と最後に電話をしてから、ずっと電源を入れてあった。そもそも普段黒岩と父以外からは誰からも連絡が来ない携帯だから、電源が入っていようが入っていなかろうがあまり関係が無かった。
4人が一斉に携帯の電源を入れると、通知が降るように入り続ける。SNSの通知、友人からのメッセージ、親からの大量の着信とメッセージ。全員親からの通知はほとんど読まずに削除もしくは無視をして、SNSや友人たちへの返事に忙しくした。それを見て姫乃は、「私もなにかSNSを初めてみようかな」と呟く。4人は、「あまりオススメはしない」という意見で一致していたが、「興味あるなら星の写真を投稿する用のアカウントを作ってみたら? 一緒に作るよ!」と玲奈が言うので、教わりながらなんとか写真投稿SNSにアカウントを作り、携帯に入れてあったいくつかの星空の写真を投稿してみた。
10分後、『はじめてあなたの投稿にスキが押されました。次の投稿をしてみましょう!』という通知がアプリから届いて、姫乃は小さな感動を覚えた。この世界のどこかで、自分の写真を見てくれた人が居るという感覚は、どこか不思議と現実離れしているようにも思えた。姫乃はそっとSNSを閉じ、携帯を置いた。4人も粗方返事を打ち終わったようだ。
「いやー溜まってたねぇ」
「親からの着信の多さにドン引きしたな、正直」
「うちの父親、すごい情緒不安定なメッセージ送ってきてたー」
「母親もー。怒ってんだか泣いてんだか機嫌取ろうとしてんだかわかんなかったから削除しちゃったー」
「いいんじゃないか。もう終わったし。それにしても数日携帯から離れるっていうのも悪くないな。これを機にSNSの整理と脱携帯時間を作ってもいいかもしれん」
「あたし携帯触りだしたら止まんないから、強制的に距離置かないとダメかも」
誰が言い出したでもなく、またそれぞれが携帯の電源を切った。
次の日も、その次の日も問題無く過ぎていく。勉強に、花野の美味しい食事。好きな時にプラネタリウムを見て、庭で散歩して、遅くまで女子トークに花を咲かせる。そしていよいよ、ペルセウス流星群極大日の夜を迎えた。
夜の11時過ぎ。レジャーシートとクッション、懐中電灯を持って5人は庭にやって来た。庭の照明は切ってもらったお陰で星が近く感じられ、夜景も綺麗だった。それぞれが手に持つ蚊取り線香の匂いが夏らしさを盛り上げる。優紀の星空観測レクチャーが始まった。
「よし。それじゃあいよいよペルセウス座流星群を楽しもう。まずは目を暗闇に慣れさせないといけない。みんな、強い明かりを見ないように、地面にシートを敷いて、星空に目を向けるんだ」
静寂が5人を包む。空は深い藍色に染め直され、夏の空気をぐんぐんと吸い込んでいく。だんだんと視界の中に星がチラチラと瞬きだした。
最初に、「見つけた!」と言ったのは玲奈だった。空高くを指差している。
「レオ、何を見つけた?」
「夏の大三角形を見つけました!」
「なるほど。確かに。夏と言えば、だよな。夏の星座を見つけるのに目印にもなる。でも夏の大三角形は星座ではなく、3つの星座の中の明るい星を結んで作られる物なんだが、なんの星座か知ってるか?」
「え、全然知らない……」
「ふふ。私が代わりに答えるね。はくちょう座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイルを結んでできる三角形のことなんだよ」
「へぇ。知らなかった」
「むしろなんでレオは知らないのー」
「いやぁ。好きなんだけど、なかなか覚えられなくて……」
「好きだから知識がなきゃいけないというわけじゃない。ただ星空をぼーっと眺めるだけでも十分だ」
「あ、うちも見つけたー!」
「次はピースか。何を見つけた?」
「蠍座! ちゃんと見たのは初めてー!」
「ほんとだ! ちゃんと見えるー!」
「え、どれが蠍座?」
「夏の大三角形の下に、真っ赤な星があるでしょ? そのそばには縦に並んだ3つの星も」
「……うん! 見える! 見えたよ!」
「それが蠍座。ここは開けてて下を遮る物が無いから、下側の星座もよく見えるの」
「やっぱり説明が上手いな、エアリーは」
「それほどでも……」
優紀に褒められて、姫乃はもじもじと指を動かす。
「あ! 流れた!」
シーズが空の真上を指差した。ちょうどそこから少し東側にはペルセウス座が君臨している。
「始まったか」
優紀の言った通り、1つ流れたことが合図だったように星がどんどんと流れ出した。気づいた時には5分に1から2個のペースで降ってきている。確かに今年は数が多いらしい。
優紀は姫乃にこっそりと耳打ちすると、姫乃は顔を輝かせ、身を翻して家に走って行った。そして三脚と携帯を持って戻って来た。空の少し下辺りが携帯に映るように設置していく。
流星の数は数分ごとに増えていき、体感で真夜中を過ぎた辺りには流星雨になっていた。流れ星が津波のように空を駆け巡る。全員の視界でも捉えきれないほどの流れ星が、燃えては消えを繰り返している。
「エアリー、今だ! みんな携帯の前に後ろを向いて並ぶんだ!」
優紀のかけ声に全員が言われるままに従って横一列で並ぶ。姫乃がシャッターを30秒に設定して、4人と一緒に並び、遠隔操作の為のボタンを押した。
「みんな、30秒はじっとしててね!」
玲奈と美代と沙代は何が何だかわからないまま30秒動かないように必死に耐えた。『カシャー』とシャッターが切れる音がして、「もういいよ」と姫乃が言った時には、3人とも「ぷはぁ!」と息を漏らした。どうやら呼吸も止めていたらしい。
「息はしててよかったのに」
「だって、なにがなんだか……」
「急に写真撮るなんて……」
「聞いてないんだもん……」
「ふふ。とっても綺麗に撮れたよ。ほら」




