ペルセウス座流星群の下で-22
「え、あ、エアリー?」
沙代がぴくりと反応する。
「どうしたの? えっと……」
「一緒にビスケットでも食べたいなって思って。作ってきたの」
「エアリーが?」
「花野さんみたいに上手には作れなかったんだけど……2人とも、ビスケットいっぱい食べてたから好きなのかなと思って」
「うん。ビスケットは好きだけど……」
美代がちらりとベッドに横になっている沙代を見やる。姫乃も沙代を見ようと首を伸ばした時、沙代が布団をはねのけて姫乃に向かって怒鳴った。
「お金持ちの同情なんて要らないんだよ! さっさと出てけ!」
それを聞いた姫乃も負けじと大声で言い返す。
「ここは私の家です! 出て行く必要はありません!」
「ちっ……」
沙代は舌打ちをして再びベッドに横になった。姫乃はそんな沙代には構わずに部屋に入り、ソファー前のテーブルに山盛りのビスケットが入れられた皿を置いた。ところどころ焼きすぎた色になっているし、形もいびつだが、とても甘い匂いをさせた美味しそうな2色ビスケットだった。夕食をあまり食べられなかった美代のお腹が鳴る。
「夕食をあまり食べなかったみたいって花野さんから聞いたよ」
「うん……食欲無くて」
「そうだよね。よかったら食べて。見た目はあれだけど、味見したら美味しかったよ!」
「うん……ありがとう」
美代はビスケットを1枚手に取って口に入れる。ボリボリと噛み応えのあるビスケットは、噛むごとにバターと砂糖の味が口に広がって、ちょっと焦げた部分の苦さもいいアクセントになっていた。
「美味しいよ、エアリー。さっきはごめんね」
「ううん、いいの。誰だって期待を裏切られたら怒るもん。そうでしょ? シーズ」
沙代は何も答えない。
「私は確かにみんなより良い暮らしをしてるよ。それは事実。でもそれは私の親がお金持ちなだけであって、私自身は何も持ってないただの子どもだよ。親とも暮らせない、今の今まで親とまともに話もできなかった、ただの子ども」
「最初から全部持ってる勝ち組がよく言うよ」
沙代が横になったまま吐き捨てるように言う。美代は俯いて動かない。
「そうだね。確かに今まで私は自分が恵まれてることに気づかないで、悲劇のヒロインぶってたと思う。今のシーズと一緒だね」
「うちのどこが悲劇のヒロインぶってるって言うんだよ!」
「ぶってるじゃない! みんなに酷いこと言って、唯一の味方のはずのピースにも酷いこと言って、自分が1番不幸だって顔して不貞寝してるじゃない!」
「お嬢様にうちらの何がわかるってんだ!!」
沙代はベッドから起きて姫乃を睨みつけた。沙代の目からは憎しみと涙が一緒になってこぼれ落ちていく。姫乃も沙代から絶対に目を逸らさないという気持ちで睨み返した。ズンズンと沙代が姫乃に近づいてくる。
「小さい頃から姉妹で競争させられて、あんたらが生まれたせいで自由が無いって母親に言われ続けて、父親には自分の優秀さを示す道具としか思われず、挙げ句の果てに親は離婚して、自分の半身とも言える美代とも引き裂かれて、周りの奴らには不幸話のネタにされて! 全部持ってるあんたなんかにうちの気持ちがわかるわけない!!」
一気に捲し立てた沙代は、姫乃の目の前まで迫ってきていた。肩で息をしながらギリギリと歯を食いしばる。姫乃はそれでも沙代から目を離さない。自分の頭上で繰り広げられる沙代と姫乃の攻防に、美代はオロオロとするだけだった。2人の視界から美代が消える。
「わかるわけないじゃん! 私はシーズじゃないもん! シーズにだって私のことはわからないでしょ!」
いつもおっとりしている姫乃からの激しい返しに、沙代は少し怯んだ。姫乃はそこを見逃さない。
「競争? 道具? 母親? 離婚? まだわからない!? ここに居るみんな、シーズと同じように家族のことで悩んで、苦しんできた人たちだよ!? 私なんて筑比地家のご令嬢ってだけで何しても噂になる。だから人の不幸話を楽しむ人たちのせいでシーズとピースが苦しんで来たのはわかる。でも、だからって手を差し伸べる人全員に噛みついていいわけじゃないでしょ!」
「うるさい……うるさいうるさい! 説教はやめろ!」
「やめない! 私たちが2人に同情してるんじゃなくて本気で心配してできることをしたいと思ってるってわからせるまでやめない!」
沙代はテーブルの上のビスケットを鷲掴みにして姫乃に投げつけた。ボロボロに崩れて床に無残に散らばるビスケット。姫乃は悔しさと悲しさとが込み上げてきても唇を強く噛み、沙代から目を逸らさなかった。目を逸らさない姫乃を沙代が叩こうとした時、パァンと乾いた音が部屋に響いた。沙代の頬が赤くなる。視界から消えていた美代が沙代の頬を思い切り叩いたのだ。沙代がゆっくりと美代を見る。美代はさっきまでとは別人のように、凜とした空気を携えて沙代を見つめていた。
「お母さんみたいに喚くのはやめて。それに、エアリーがうちらの為に作ってくれたビスケットを粗末にしたことも許せない。食べ物を粗末にするなって、お祖母ちゃんに言われてたでしょ」
「な、何さ急に。そのお祖母ちゃんだってなんの連絡も寄越さないじゃん。美代が1番お祖母ちゃんからの連絡を期待してたくせに」
「そうだよ。お祖母ちゃんならと思ってたし、今も思ってる」
「は? 1週間経ってるのに何も無いんだよ?」
「忘れたの? 親が離婚した時、お祖母ちゃんはギックリ腰で動けなかったのにうちらの為に親を説得して同じ学校に通えるようにしてくれたんだよ? 沙代の為に部屋も用意してくれた。お祖父ちゃんの部屋を片付けて。それだって2週間はかかった。1週間くらいなんともないでしょ」
「で、でも……」
「焦るのはわかるけど、みんなに八つ当たりして酷いこと言ったり食べ物粗末にするのは絶対ダメだよ。それにうちの話を聞かないのもやめて。うちら、2人で1人でしょ? このまま高校辞めて家を出てどっかに逃げたっていいじゃん。2人で居れば怖いもんなしだよ」
美代のその言葉に沙代はがくりと膝をつき、腕で顔を覆って泣き始めた。美代は、「ホントは全部わかってるんだよね。いつも嫌な役をさせちゃってごめんね。ホントは誰よりも怖がりなのにね」と沙代の背中を優しく撫でた。姫乃も1度深く呼吸をして、沙代の前にしゃがみ込んだ。沙代はぐしゃぐしゃになって泣いている。
「ビスケット、一緒に作ろ?」
姫乃の提案に、沙代ははっきりと首を縦に振った。それを見届けて、姫乃は砕けて落ちているビスケットのカケラを拾い集める。美代は沙代に顔を洗ってくるように言って、それから姫乃と一緒にビスケットのカケラを拾い始めた。大きなカケラを拾いきったら、クローゼットの奥にあるハンディークリーナーを使って小さなクズを吸い取る。お皿の上にはまだ半分ビスケットが残っていた。
姫乃と美代は隣り合ってソファーに座り、ひと息ついた。沙代はまだ戻ってこない。
「ごめんね。シーズは結構お母さんに似てるところがあるから、頭に血が上ると見境無くなっちゃうの」
「ううん。大丈夫、いつもシーズがピースを守ってるんだと思ってたけど、本当は逆なんだね」
「どうだろう。お互い足りないところを補い合ってる感じかな。シーズは強く見えるけど実はお化け屋敷苦手で、うちは余裕だし」
「え!? そうなの!?」
「シーズはお化けとかグロいの全然ダメ! でも強がってホラー映画とか一緒に見ようとするから、いつもうちの後ろに隠れてるよ」
「えー意外ー!」
「なんの話してるわけ?」
目をパンパンに腫らした沙代が顔を洗って戻ってきた。2人は、「秘密ー!」と言って笑い合う。その時、扉がまたノックされた。美代が扉を開ける。立っていたのは玲奈と優紀だった。
「レオ! アクア!」
「エアリーの叫び声が聞こえて、ホントはすぐに来たかったんだけど……」
「遅れてすまん。実は、黒岩さんから伝言を預かって」
「伝言? 私にですか?」
「いや、ピースとシーズに」
「え?」
「うちら?」




