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ペルセウス座流星群の下で⑰

 今日の朝食はふわふわホットケーキにたっぷりのはちみつとメープル、野菜たっぷりのミネストローネ、カリカリに焼かれた分厚いベーコン、ポテトサラダ、それから刻みバナナが入ったヨーグルトのしっかり目のメニューだった。甘く香ばしい匂いが5人の胃を刺激する。玲奈は昨日あまり食べられなかった夕食の分も食べているのではなかろうかというくらい、軽やかに胃に食事を入れていく。玲奈はあまりに早食いで、みんなで心配していたくらいだが、さすがにもう慣れてきた。それでも誰よりも美味しそうに食べる玲奈の顔を見ていると、これでしっかり味わえているならいいかと気にならなくなってくる。しかし花野だけは毎回玲奈に注意をした。


「そんなふうに食べたら体に良くありません! よく噛まないと!」

「ん、ふぁい。ぼめんさふぁい」


 そして毎回口いっぱいに食事を入れながら申し訳なさそうに謝る玲奈。「だって、いつもすごく美味しいんだもん……」とシュンとする玲奈を見ると、さすがの花野もそれ以上何も言えない。満更でもないという顔をしながらため息をついて、食堂を出て行く。玲奈はこのやり取りも嬉しいと言う。


「なんか、お母さんに怒ってもらえてるみたいで嬉しくて。家じゃゆっくりご飯食べられないからつい早食いになっちゃうし。これでも気をつけてるんだけど」

「仕方ないさ。徐々に慣れればいい」

「そーそー。誰も文句言わないし、邪魔しないー!」

「むしろレオくらい食べても太らない体質になりたみー!」

「いや、さすがにちょっと太ったかも……なんか体がパンパンな気がする」

「それはたぶん浮腫んでるんじゃないかな?」

「そうだな。とりあえず片がつくまでは勉強は置いといて、運動でもするか」

「え、いいのアクア? 受験勉強したいんじゃないの?」

「いいんだ。こんな状況じゃ集中もできないし。せっかく広い家に居るんだ、どうせなら遊びたいだろ?」


 優紀がニヤリと笑う。それは年下の子どもを遊びに誘う、悪い大人の顔だった。


「「「だーいさんせーい!!!」」」


 玲奈と美代と沙代が叫んだ。優紀と姫乃は思わず顔を見合わせて笑う。


「広い家と言えば……?」


 玲奈が双子に目配せする。


「「かくれんぼー!!」」


 双子が声を揃えて答える。「かくれんぼじゃ運動にならないんじゃないか?」という優紀の質問を置き去りにして、3人は「どこに隠れよう」やら「実はもう隠れ場所の目星つけてるんだよね」やら「最初に見つかった人の罰ゲームはどうする?」やらと盛り上がっている。


「ちょーっと待て。まずは家主の許可が必要だろう」


 優紀が、犬のリードを引っ張るが如く3人を制止させる。「どう思う? エアリー」と優紀が姫乃に聞く。まるで子犬のように目を潤ませて姫乃を見つめる3人。姫乃にイエス以外の返事は残っていなかった。

 とりあえず警察と杉本が来るまでという時間制限を設けてかくれんぼが始まった。花野や黒岩たちの個人の部屋と庭以外はどこに隠れてもよしというルールで、鬼は家主の姫乃に決まった。姫乃以外の4人は一目散に家中へ散っていく。姫乃は全員が見えなくなってから、黒岩を呼んだ。黒岩は忍者のようにすぐに姫乃の元にやって来た。


「お呼びでしょうか」

「ちょっと相談しておきたいことがあるの。それから花野さんと一緒に調べておいてほしいことも」

「なんなりとお申し付けください」


 姫乃が黒岩と秘密の会合をしている間、玲奈はランドリー室の棚の中に隠れようと奮闘していた。洗濯機横にある大きな棚の1番下に、何も入っていない場所を見つけて入ろうとしたのだが、どうやらここ数日で本当に『少しだけ』太ったらしい。体を小さく棚の中に収めるのが苦しかった。が、なんとか全身を入れて扉を閉められた。息を大きく吐いてから、呼吸音も最小限に抑える。そろそろ姫乃が探しに来る頃合いだ。

 唐突にランドリー室の扉が開く音がした。玲奈の心臓が一瞬跳ねたが、どうやら姫乃ではなかったらしい。洗濯をしに来たハウスキーパーたち3人だった。彼女らの会話が頭の上から降ってくる。


「ねぇ。あの噂聞いた?」

「噂って?」

「奥様が男遊びしてるってやつ?」


 玲奈は思わず声が出そうになって慌てて口を手で塞いだ。奥様とは、姫乃の母親のことを言っているのだと玲奈にもわかる。どうやらハウスキーパーの3人は噂話に夢中になっていて玲奈の存在には気がつかなかったらしい。


「あーそれね! 聞いた聞いた! たまたま見ちゃった人が居るんだって?」

「でも今に始まったことじゃないよねぇ。奥様の男癖の悪さ」

「そうねぇ。お嬢様が生まれてからちょくちょく聞くよね」

「やっぱりさ、旦那様とご無沙汰だからかしらね?」

「ちょっと。お嬢様の前で絶対そんなこと言わないでよ!?」

「わかってるって」

「でも実際、あたしが男だったらああいう女を愛せるかって言われると……ねぇ?」

「元々愛のある結婚じゃなかったんでしょ? お金の為に結婚して、一応体裁のために子ども作ったってのがバレバレだったら、そりゃねぇ」

「お嬢様はあんなにいい子でいらっしゃるのに」

「黒岩さんと花野さんのお陰ね」

「あたしたちにもよくしてくださるし」

「何かあったら、あたしたちでお嬢様を守りましょ!」

「そうね!」


 洗濯機がゴウンゴウンと音を立てて回り始めると、ハウスキーパーたちは洗濯室から出て行った。玲奈はハウスキーパーたちの足音が聞こえなくなってからそっと棚の中から這いだして、洗濯室を出た。しかしそこで姫乃とばったり出会し、「あっ」と気まずい声が玲奈の口から漏れた。


「びっくりした! どうしたの? 隠れられなかった? それとも具合悪い?」


 姫乃は玲奈の様子が朝食の時と少し違う気がして心配になった。しかし玲奈は何かを言いかけてそれをやめ、「大丈夫! いやー隠れ損ねちゃったかー!」といつもの調子らしくとぼけるしかなかった。なんの確証も無い噂話を親友に話して、苦しめたくなかったのだ。姫乃もそれ以上の追求はしなかった。


「そっか。じゃあレオが罰ゲーム決定ね!」

「あ、やば! 忘れてた! あちゃー」

「ふふ。ピースとシーズが何やら企んでたよ」

「うわー1番怖いやつ」


 2人は笑い合って、一緒に残りの3人を探すことにした。姫乃は自分の家でかくれんぼをするという初めての経験に、今の自分たちの状況も忘れて興奮していた。こうして歩いてみると、毎日暮らしているはずの家なのに知らない場所があまりに多い。思いもがけない場所にある棚や扉、ほとんど入ったことのなかった部屋、目に入っていなかった絵画や芸術品、絨毯の模様に至るまで、姫乃にとって発見の連続だった。そしてどの場所も埃1つ溜まっていなかった。玲奈には、「エアリーが1番楽しんでるね」と言われるほどだ。そんな自分を、姫乃は笑うしかなかった。


「私はここに住んでるのに、この家のことを何も知らないんだね。みんながここを綺麗にしてくれてたのに……」

「気にすることないよ。エアリーだって自分のことで精一杯だったんだし。それに、誰もエアリーのことを悪く言ってないと思うよ。少なくともここの人たちは」

「そうだね……みんな本当に良い人たちだと思う」

「それはエアリーがいい子だからってことだよ!」


 玲奈は努めて明るく振る舞う。2人は食堂のカーテン裏で優紀を、書斎のクローゼットの奥で美代を見つけた。最後に残った沙代はなんとバルコニーの屋根の上に居た。

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