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ペルセウス座流星群の下で⑯

 姫乃は夢を見た。意識がはっきりしてくると、自分が居るのは庭の池の東屋だということがわかった。しかし目線が低い。自分の手を見て、体が幼児の状態になっていることに気がついた。


「そった。あたちいま3しゃいだ」


 あまりにも舌っ足らずな自分の呟きに姫乃は驚いて口を塞ぐ。でもすぐにそんなことを忘れて、姫乃は東屋のそばの池に手を浸した。3歳の姫乃には、池が大きな湖のように映る。空には満天の星空が輝き、池の水面に反射した星を捕まえようと姫乃は必死に池の中に手を入れる。すると手が滑ってしまい、勢いよく池の中に落ちてしまった。上手く体を動かせず、1秒ごとに底へと沈んでいく体。不思議と息は苦しくない。それでも真っ暗な池の底が大きな口を開けて自分を飲み込もうとしていることが恐ろしく、姫乃は水の中で暴れ続けた。もう少しで底に飲み込まれてしまう。パニックで上か下かもわからなくなった時、急にふわりと体が浮いて、あっという間に水面に出た。

 姫乃が目を開けるとそこは池ではなく、東屋も無かった。ふわふわと綿飴のように甘く優しい匂いのする空間が広がっている。遠くには何かが光輝き、その光が暖かく今居る場所を照らしている。まるで虹の中に入ったように、様々な色の光たちが辺りを点々と照らしながらゆっくり行ったり来たりを繰り返す。姫乃にはここがどこかわからない。しかし不思議と怖くはなかった。


「姫乃」


 突然声がして、ボーッとしていた姫乃はハッとする。いつの間にか前には知らない人が2人立っていた。1人は若い女性で、もう1人は老人だ。姫乃はくいっと首をかしげる。


「ははは。その仕草、敬介とそっくりだなぁ」

「あら。貴方にも同じ癖がありますよ」

「そうか! さすが家族だ!」


 がはははと大口を開けて笑う老人の隣でとても嬉しそうに微笑む女性。姫乃は2人のことを知っているはずなのに、思い出せなかった。気を抜くと頭がボーッとして、何も考えられなくなる。

 急に老人が笑うのを辞めて真剣な顔になった。それでも小さな姫乃は何も喋れないし、動けなかった。2人も今居る場所から姫乃の方には近づこうとしない。


「本当はすぐにでもお前を抱きしめてやりたいんだが、許可されたのはここまでなんだ。姫乃、ワシらのせいですまなかったなぁ」

「素敵なお友だちができて、よかったね」

「ワシらはずっと見てるぞ。自分の信じた道を行きなさい」

「顔を見れて良かった。お友だちのこともきっと大丈夫。みんな良い方向に行くからね」

「自分を信じろ」

「自分を信じて」


 信じろ……という言葉が反響を残して小さくなるごとに2人の姿も消えていく。突然姫乃の足元に大きな穴が開き、姫乃を地面の無い空間へと落とした。姫乃は咄嗟に手を伸ばす。しかし声は出ない。必死に叫ぼうと口を何度も動かし、肺に大きく息を入れて渾身の力で叫んだ。


「お祖父ちゃん!!」


 気づけば姫乃はベッドの上に居た。隣には玲奈が寝ている。朝の5時半を過ぎたところというのを時計が教えてくれた。姫乃は大きく息を吐いた。


「ん……大丈夫エアリー?」


 目は閉じたままの玲奈がもぞもぞと体を起こして姫乃に声を掛けた。もう相変わらずの立派な寝癖がついている。


「大丈夫。起こしてごめんね」

「んー。だいじょうぶらよー……」


 そう言ってまた玲奈は夢の中へと戻って行った。姫乃は玲奈が寝息を立てて眠るのを待ってから、ベッドを抜け出して顔を洗った。眠気は強かったがもう一度眠ったらさっきの夢が消えて無くなってしまいそうで、眠りたくなかったのだ。あれは確かに、姫乃の祖父と、会ったことの無いはずの祖母だった。たとえ自分が作り出した幻だとしても、2人の言葉が頭から離れない。


「自分を信じて……大丈夫……大丈夫……」


 姫乃は鏡の前で何度も祖父と祖母の言葉を繰り返した。少しずつ、体と心が現実の世界に居る感覚を取り戻す。自分の足が床について立っているとはっきりと実感ができた頃、姫乃は天を仰いだ。頭がすっきりとして、呼吸がとても楽になっている。肺の深くまで空気が満たされて、体もとても軽かった。


「ありがとう。お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。もう謝らないで」


 祖父と祖母がきっと聞いてくれていると信じて姫乃はそう呟いた。たしかに寂しい思いをした。つらい思いもした。しかし今は独りじゃない。そもそも最初から独りじゃなかった。それに気づかせてくれた友人たちを今度は自分が助ける番なのだと、姫乃は自分の頬を叩いて改めて気合いを入れ直した。

 玲奈が起きるまで姫乃は勉強することにした。今まではどこか父に命令されて嫌々やっている感覚があった勉強も、今は自分の為にやりたいという気持ちで溢れている。ワークを解く手がスラスラと動く。頭に引っかかりが無くずっと集中していられた。玲奈が起きて姫乃に「おはよう」と声を掛けるまでの3時間、姫乃は1度も集中を切らさずに机に向かうことができた。


「あたし、またそんなに寝ちゃった!?」

「え? まだ8時半だよ?」

「え。エアリー朝から勉強してたの?」

「うん。なんだか頭が冴えちゃって」

「まじかぁ。あたしなら二度寝しちゃう」

「レオはずっと寝不足だったんだもん、しょうがないよ。でも今日は警察の人も来るし、そろそろ起こそうかなとは思ってた」

「やば、そうだった……」


 玲奈の顔に一気に緊張が走る。姫乃は慌てて玲奈に顔を洗ってくるように促して、自分は紺色の部屋に先に言ってると告げて部屋を出た。紺色の部屋にはすでに優紀、美代、沙代が集まっていて、双子は優紀に髪の毛を綺麗にしてもらっていた。


「これじゃあアクアは気持ちが休まらないね」

「いやいや。むしろこうしてる方が落ち着くみたいだ。手持ち無沙汰にならなくて」

「アクアにやらせてあげてるんですー」

「そうそう。アクアの為に寝癖のまんま来ただけー」

「それならいいけど?」

「ふふ。なんだか今日は機嫌が良いなエアリー。良い夢でも見たか?」


 姫乃は祖父と祖母の夢のことを話そうとして、やめた。代わりに「うん。良い夢見たの」とだけ言って、「それに昨日はレオと一緒に寝たから」と話題を変えた。それを聞いた3人は一様に羨ましがり、今度は同じ部屋でみんな一緒に寝ようと玲奈が来る前に取り決められた。合宿なのにみんな部屋がバラバラっていうのも寂しいと、双子は口を揃えて不貞腐れて見せる。ちょうどその時に玲奈がやって来て、双子が玲奈に飛びかかった。


「レオとエアリーだけ一緒に寝てずるーい!」

「うちらも一緒に寝ーたーいー!」

「エ、エアリー昨日のこと話したの?」

「お喋りしながら一緒に寝たとしか言ってないよ?」

「ほーん。何やら秘密の会話があったらしいな? 私にも教えろ!」


 もうそこらからはひっちゃかめっちゃかに全員が揉みくちゃになり、朝からとても賑やかだった。これから警察が来ることも、まだ優紀と双子の家からは何も無いことも、全員が考えないようにしていた。ひとしきり暴れきって、優紀が「そろそろ朝ご飯を食べないとまずいんじゃないか?」という一言で全員が我に返り、花野特製の朝食を食べに食堂へと移動した。

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