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ペルセウス座流星群の下で⑮

 玲奈は姫乃に促されるまま、ピンとは来ていない顔で言われた通りにチョコレートを頬張る。そして数回噛んでからアーモンドを1粒口に入れる。それから驚いた顔をして、もうひと粒アーモンドを口に追加する。玲奈の顔が綻んだ。

 姫乃はその様子を見てから、自分も同じようにチョコレートとアーモンドを口に入れる。姫乃は1粒アーモンドを口に入れたら、数回噛んで、追いアーモンドをして、また数回噛んで追いアーモンドをしてと3回繰り返す。それから満足そうに玲奈に『おかわり』を勧めた。玲奈も姫乃の食べ方を真似してみる。アーモンドがいくらでも食べられるんじゃないかというほど、玲奈は美味しそうにチョコレートとアーモンドを食べた。その間、2人は特にこれといった会話はしない。ただ一緒に居るだけの静かな空気が2人にとって心地良かった。姫乃が冷蔵庫から水のペットボトルを2本取り出して玲奈にも1本渡す。渇いた口と喉に水が染み渡っていく。玲奈は水を半分まで飲み干した。


「すっご! 別々に食べると自分好みでアーモンドの量調節できるんだ! めっちゃ美味しい!」

「ただアーモンドチョコを食べるだけだと、チョコを食べ過ぎちゃうから。これならアーモンドをたくさんにできるし。まぁカロリーはどっちみち高いけど」

「いやいや。あたしも今度からこうやって食べよ! それにしてもエアリーもこういうの食べるんだね。ちょっと意外」

「そうかな?」

「なんか、いつも花野さんが作った物食べてるんだと思ってた」

「そりゃ買い食いとかはしたことないけど……」

「マジで!? じゃあさ! 今度一緒に行こうよ! ハンバーガーとかコンビニ!」

「え!?」

「美味しいよ! 花野さんの料理には負けちゃうかもだけど、でもきっと楽しいよ!」

「そう……だね。そうだよね! きっとレオと一緒ならどこに行っても楽しいよね!」


 今までは父に言われた通りにしか行動できなかった、いや、してこなかった姫乃にとって、自分でやりたいことを決めて行動するという未来は、まるで大冒険に出る前の晩のような不安と期待と楽しみな気持ちとで心臓を強く打った。もう親に縛られない。自分の気持ちも自分の願いも、隠さなくていい。そういうキラキラとした思いが姫乃の中にいっぱいになった。

 今まで見て見ぬフリをしてきた気持ち。それを自覚した瞬間、姫乃は自分の奥底から溢れてくる強い願望を感じた。それと同時に、姫乃は玲奈にどうしても言いたいことができた。姫乃は玲奈の手を取って、真剣に玲奈の目を見つめる。


「え、どうしたの? 急に」

「あのね、私、レオのお陰でみんなに会えて、お父さんにも言いたいこと言えて。すごく感謝してるの。レオのお陰で今、私は自由になれた。本当にありがとう」

「いやいや大袈裟だって。あたしなんもしてないし。エアリーが頑張ったんじゃん」

「そんなことないよ。転校してきたばかりの私に、レオはずっと味方でいてくれて、大丈夫って支えてくれた。すごく、すごく嬉しかったの」

「エアリー……」


 姫乃の目から静かに涙が落ちる。


「今まで私は自分が1番不幸だと思ってた。でも違った。みんな、それぞれが苦しんで、悩んで、それでも戦ってる。私は自分の居る環境に甘えてたのに、それを自覚してなかった」

「そんなこと……」

「この家出作戦でね、みんなに私が関わってきた人たちを紹介できて、わかったんだ。私はやっぱり恵まれてたって」

「みんないい人たちだったね」

「うん。私がみんなと壁を作って、遠ざけてただけなんだって、改めてよくわかった。だから、それをものともせずに突き破ってきてくれて、ありがとう!」

「そんなの、同じストラップを持つ仲間だもん! 当然でしょ!」


 ニカッと明るく笑う玲奈。それは玲奈の心の底からの言葉で、玲奈の言葉にはいつだって嘘が無い。まさしく太陽のような玲奈に、姫乃は最初に出会った時から救われていたのだと改めて実感した。自分の台詞に照れている玲奈。家族のことで苦しんでいる玲奈。玲奈は今という瞬間を全力で生きている。その生き方に、姫乃は強く憧れた。

 姫乃は少し話しにくそうに口ごもってから、遠慮がちに「もしレオが良ければ、落ち着くまでうちに住むってどうかな?」と玲奈に提案した。玲奈が上げた「え!?」という声が静かな部屋に響いて反響する。


「あの、同情とか、上から目線とか、そういうのじゃなくて! 純粋に力になりたくて!」

「わかってる! わかってるよ! でもさすがに迷惑じゃないかな。うち、こんなことになっちゃたらお金だって……高校も通い続けられるのかわかんないし……」


 玲奈の1番の心配事はそこだった。せっかく友人もできて、先生とも問題無く学校に通えていたのに、親が逮捕され家族もバラバラになった今、そういう日常がすべて奪われてしまうかもしれない。そうなれば星見会のみんなとも会えなくなる。それが玲奈にとって何よりもつらいことだった。

 姫乃はそんな玲奈の様子を注意深く観察する。冷たい手先、チョコレートを食べたのに血の気の戻らない肌と唇、生気が戻らない瞳。不安でどうしようもないという感情がひしひしと伝わってくる。それでもいつも通り元気に振る舞おうとする玲奈のことを、姫乃は放っておけなかった。


「レオは自覚が無いかもしれない。でもレオに助けられたって人はたくさん居ると思う。私もそのうちの1人。で、私の家はありがたいことにお金もコネも持ってる。こう言うとちょっと嫌味っぽいけど」

「エアリーが自分からそんなふうに言うなんてちょっとびっくり。でも別に嫌じゃないよ。事実だし」

「ありがと。だからね、今度は私がレオを助けたい。支えたいの」

「でも……」

「お礼がしたいの。当面の住む場所とか、必要なら身元引受人とか、通学費用とか、」

「それは悪いよ。どれもうちの問題なのに……」

「私の問題だって、レオには直接は関係なかったのに、助けてくれたし怒ってくれたでしょ?」

「そりゃあだって友だち貶されて黙ってられないって言うか……」

「私も同じ。友だちが苦しんでるのに何もしないなんて嫌なの。たしかにできることの規模は普通より大きいかもしれない。でも私からしたら使えるものは全部使ってレオを助けたい。その価値がレオには……レオの将来にはあるよ!」


 姫乃は最後の言葉に、込められるだけの応援と信頼の気持ちを込めた。玲奈にこの気持ちが届けと強く祈った。しばらくの沈黙の後、玲奈は静かに床まで頭を下げた。


「わかった。お言葉に甘えさせてもらいます。ありがとう……」


 今度は玲奈が泣いていた。丸まった背中を震わせて、声を漏らすものかと必死に唇を噛んで泣いていた。姫乃は玲奈を強く抱きしめた。そして今しがた自分が見つけた強い願望で頭の中がいっぱいになった。玲奈を抱きしめる腕に力が入る。姫乃はこの瞬間、自分の将来についても覚悟を決めた。

 玲奈が泣き止んでから、もう一度チョコレートタイムを取り、他愛の無い話を少しした。夜中の2時を過ぎた頃、そろそろ寝ようということになり、姫乃は「安心して、明日警察の人に全部話していいからね。黒岩さんにも明日、これからのことを相談しよ。きっと知恵を貸してくれるから」と玲奈に言った。玲奈も「うん」と頷く。2人はそのまま一緒のベッドで眠った。2人が寝てもあまりある大きなベッドは、とても温かく姫乃と玲奈を包み込んだ。2人ともすぐに寝息を立て、深い夢の世界へと落としていく。

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