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ペルセウス座流星群の下で⑭

 玲奈が気がついた時に最初に目に映ったのは、玲奈が使っている紅い部屋の天井だった。まだぼんやりとする頭で周りを見ると、全員が心配した顔でベッドの周りを取り囲んでいる。


「あれ、あたしどうしたの……?」

「レオ、過呼吸を起こしちゃったの。それで気を失っちゃって。それで鷹野先生にすぐ来てもらって」

「たかの、せんせい?」

「私のことですよ。どうです? 視界がぼんやりしているとかありますか?」


 玲奈の枕元に立っていたのは長身で、ツヤツヤとした髪をひとつにきつく結び上げた眼鏡の女性だった。声がハキハキとして少し威圧感を覚えるが冷たい感じはしない。白衣ではなくパーカーにジーパンという服装のせいでどうしても医者には見えなかった。


「あ、大丈夫です。ちゃんと見えてます」

「体に痺れはありますか?」

「無いです」

「吐き気や頭痛はどうですか?」

「無いです」

「貴女のお名前を教えてもらえますか?」

「木崎、玲奈です」


 それから鷹野は玲奈の熱を測り、玲奈の目を見たり心音を聞いたりとひと通りの診察をして息を長く吐き出した。


「ストレスから来る過換気症候群で間違いないね。今はもう落ち着いたし、特に後遺症も無さそうだから今日はこのまま安静にしてて。食事も摂れそうなら食べて大丈夫。でも、ゆっくりよく噛んで食べてね」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ私は帰るけど、もし明日になって変な感じがしたらすぐに病院に行くこと。それと少し話聞いたけど、もし困ったことがあれば姫乃ちゃんを通してでもいいから私の所においで。思春期の女子には悩みはつきものでしょ。姫乃ちゃんの友だちならいつでも歓迎だよ」


 そう言って鷹野は颯爽と帰っていった。あまりにもさっぱりとしたその姿は、玲奈の中の大人の女性像を見事に打ち砕いていった。鷹野が出て行った扉を呆然として玲奈は見つめ続ける。


「大丈夫? やっぱりどこか変?」

「ん、あ、いや。あたしさ、大人の女ってこう……うるさいもんだと思ってたから。なんか面食らっちゃって」

「わかるー! かっこいい先生だったー!」

「イケ女って感じー! アクアもあーなりそー」

「え、そうか?」

「鷹野先生は私の主治医で、すごく落ち着いた人なんだよ。美容にも詳しいの!」

「そうなのか。私もニキビの相談をしようかな……」

「え、アクア肌綺麗じゃん」

「いやぁ、時々ぶわーってできる時があるんだよ」


 そのまま少しみんなで雑談をして、花野とハウスキーパーたちに頼んで夕食を玲奈の部屋に運んでもらった。今日の夕食は玲奈の体を考慮して、たまご粥と豚肉の冷やしゃぶサラダ、根菜類の味噌汁というメニューだった。玲奈が普通に食事を取れて、全員ホッと胸を撫で下ろす。それでも姫乃は心配で、玲奈が食べ過ぎないように声をかけていたり、心配そうに表情を観察したりしてしまっていた。自分でも心配性過ぎると姫乃はわかっていても、やはり事情が事情だけに気が気ではなかった。食事も済んで一段落ついた時、玲奈が静かに言った。


「大人にも、いろんな人が居るんだね」


 その言葉にはたくさんの感情が込められていた。玲奈の言葉を聞いた4人もその感情を少しずつ言葉にして共有していく。


「私たちが見ていた大人はほんの一部だったってことだな」

「杉本先生もこんなに頼りになる人だなんて正直思わなかったし」

「なんか、世界って広いなーって思った」

「うちも。知らないことの方が多いんだなーって」

「ね。あたしの家、こんなことになっちゃって、最初はどうしようってパニックだったけど、今は家出してよかったーって思ってる」

「そうそう。レオが倒れた時ね、杉本先生、すぐにうちに来ようとしてくれたんだけど……」

「え! そうなの?」

「流石に時間も遅くなるし、レオがいつ気がつくかもわからなかったから、明日の午前中に警察の人と来てもらうことにしたんだ。なんでも、レオからも話を聞きたいらしい」

「警察が……?」


 玲奈がまた顔色を青くした。姫乃には玲奈の不安が痛いほど伝わって来ていた。自分ではどうしようもない状況で、為す術も無く、それでいて自分の一言で家族の在り方が変わってしまうかもしれないというプレッシャーは、10代の女子が過呼吸を起こすには十分すぎる重荷だ。さすがの双子もいつもの調子で茶々を入れられず、大人しくしている。


「でも、お祖母さんがちゃんとケアしてもらえてよかった」


 姫乃はなんとか元気づけようと言葉を選ぶ。


「そうだな。もう専門家たちがレオのお祖母さんのことを知って、見てくれている。レオは安心していい」

「そうだよー。レオ、お疲れさまー」

「お疲れさまー。さっすがゾンビせんせーって感じだったねー」

「大丈夫。杉本先生も、レオは何も悪くないって言ってたよ。だから、大丈夫」


 姫乃は玲奈の手を強く握る。今はとにかく玲奈を安心させたかった。姫乃は自分の語彙力の乏しさを悔しく思ったが、俯きながらもうんうんと頷いて返してくれる玲奈に「大丈夫」と言い続けた。そうしてなんとか入浴も済ませ、それぞれが眠りについた。

 夜の0時近く。姫乃の部屋を誰かがノックした。姫乃は眠れず、読書をしたりぼーっとしたりして過ごしていたので、突然静寂を破ったノック音に驚いて素っ頓狂な声で返事をしてしまった。慌てて扉を開ける。廊下には玲奈が紅い部屋のクッションを抱いて立っていた。


「レオ、どうしたの?」

「その……眠れなくて……」


 玲奈が強くクッションを抱き締める。姫乃はそれを見て、努めて優しい笑顔と声で、「ちょうどよかった。実は私も眠れなくて。よかったら私の部屋でお喋りしない?」と提案した。玲奈は「うん」と頷いて、姫乃の部屋に入っていく。姫乃は少し悩んで、ベッドにある枕や部屋のクッションをラグの上に広げ、冷蔵庫からチョコレートとアーモンドを取り出す。これは姫乃のお気に入りのチョコで、パッケージに猫の絵が描いてある。猫の顔がなんとなく玲奈に似ているように見えた。


「え、エアリーもこんな時間にお菓子食べるの?」

「たまーにね。勉強が嫌になったり、眠れない時に」

「でも、なんでアーモンドとチョコが別々? アーモンドチョコじゃダメなの?」

「まぁまぁ。いいから。チョコを噛んで口の中で少し溶かしてから、アーモンドを好きなだけ入れてみて!」


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