ペルセウス座流星群の下で⑬
昼食後、紺色の部屋にもう一度集まった5人は、決めていた通り杉本に連絡を入れることにした。黒岩に頼んで学校に電話をしてもらい、電話口の相手が杉本に代わったところで黒岩がもう一度名乗り、そして玲奈に代わった。玲奈の声が震える。
「もしもし。スギちゃんせんせ?」
「木崎か。それで、俺に連絡があったということはそういうことなんだな?」
「うん……あたし……お祖母ちゃん、大丈夫かな……?」
「大丈夫だ。すぐに動く。お前は何も心配しないでそこに居なさい」
「はい」
「……筑比地の家の人に代わってくれるか?」
玲奈が黙って黒岩に携帯を返す。黒岩は優しく微笑んで玲奈から携帯を受け取り、スピーカーにして会話を続けた。
「お電話代わりました」
「この度は私が不甲斐ないばっかりに、お嬢様に不快な思いをさせたり、お世話をお掛けしたりして申し訳ありません。もうしばらく、木崎さんをお願いできますでしょうか。必ずなんとかしますので」
「もちろんでございます。お嬢様の件ではお休みだったにもかかわらず、杉本様には大変お世話になりました。お嬢様のご友人たちのことは、わたくし共にお任せください」
「ありがとうございます。助かります。それでは、これからすぐにいろいろと手配致しますので、また後ほど」
「はい。よろしくお願いいたします」
電話が切れると、黒岩は玲奈を見て強く頷く。今にも泣きそうな玲奈の手を姫乃は強く握りしめた。玲奈も姫乃の手を握り返す。
「今時珍しい、とても生徒思いの先生でいらっしゃる。大丈夫です。大人は子どもに頼られるのが本分。今はごゆっくりお休みください」
深々と頭を下げて黒岩は部屋を出て行った。
重い空気を変えようと、姫乃はテラスへと4人を誘った。螺旋階段を中心にホテルのラウンジのようになっている2階のホールを南に向かって進むと外に出られるようになっている。そこの大きなガラス扉を開けると、一般的な戸建ての庭よりも広いテラスがそこにはあった。全て白で揃えられたテラスは、映画に出てくるお城のテラスのように夏の日差しを跳ね返し、輝いていた。入り口からテラスの半分までは屋根がかかっていて日陰を作り、ミストのカーテンが涼しい風を呼び込む。椅子とテーブルも備え付けられていた。日陰を出れば照りつける太陽を全身に浴びることができるビーチチェアが数脚置いてあり、気持ちよさそうなクッションまで用意されている。ツヤツヤとした葉を揺らす背の低い植木が異国感すら醸し出す。
姫乃がハウスキーパーを呼び、飲み物を持ってきてくれるように頼んだ。すぐに飲み物がテラスに運び込まれ、一緒に焼き立てのビスケットも添えられていた。今日のおやつにと花野が焼いていたらしい。氷がたっぷり入ったバケツのそれぞれにオレンジジュースや紅茶、アイスコーヒー、輪切りにされたレモンが入った水のポットが水滴をたっぷりつけて差し込まれている。
双子と優紀はビーチチェアに横になって異国情緒に浸りながら日光を楽しみ始めた。海に行ったことが無いから1度こういうことをしてみたかったと言って、3人は持ってきた日焼け止めを塗り合う。とても楽しそうにしている3人の中に、玲奈は入っていかなかった。1番に太陽の下に出ていきそうな玲奈は、日陰のミストの下で、椅子に座ってどこをともなく外を眺めている。玲奈の頭の中は家に居る祖母のことでいっぱいだった。
「レオ」
急に姫乃に話し掛けられた玲奈が声を出して驚いた。「おどかしてごめんね」と姫乃も驚く。
「大丈夫。ごめんぼーっとしてたから」
「お祖母ちゃんのこと、心配だよね」
「うん……」
「杉本先生がいるから大丈夫だよ」
「でも……」
「あのね、後から黒岩さんに聞いたんだけど」
姫乃は、川島たちが商業施設で捕まった時のことを話した。黒岩と花野は、姫乃が川島たちに絡まれた木曜日のうちには動き出し、金曜日の放課後には調べ上げた川島たち3人のことを杉本に伝えた。もちろん杉本のことも調査済みで、その上で杉本は頼れる人間であると判断しての報告だった。黒岩と花野の思った通り、杉本は金曜日の教室で起こったことを見ていた生徒たちから事情を聞き、玲奈が通っていた中学校にもすでに電話で聞き取りをしていた。中学側からはろくな情報は得られなかったが、黒岩からの情報を聞いて杉本も協力を申し出た。そして土日の休みであるにもかかわらず、川島たちの確保に自らも動き、杉本が川島たちの犯罪の現場を押さえた。
「先生、川島たちのことビンタしたんだって」
「え!? マジ!?」
商業施設内のゲームセンターでカツアゲや迷惑行為をしていた川島たちを見つけた杉本は、警備員や花野の部下たちと一緒に3人を施設の事務所に連行した。それでもふざけた態度をやめなかった3人の顔を杉本は容赦なく力一杯打った。打たれて椅子から転げ落ちた3人は杉本に掴みかかろうとする。しかし本気で怒ったらしい杉本に簡単にいなされ、取り押さえられ、普段死にそうな顔をしている杉本の鬼のような気迫に3人は戦意を失った。それ以降、3人は警察が来るまでずっと大人しくしていて、その場に居た花野の部下ですら、杉本の様相に一瞬怯んだと報告があったということだった。
「杉本先生、ああ見えて強いみたい。だから、大丈夫だよ」
「そっか……ありがと、エアリー」
「花野さんが、うちに引き抜きたいって言ってたくらいだもん」
2人は笑った。安心とはほど遠い気持ちでも、家族に以外に頼れる居場所を作れたことはどうしたって心強かった。
じりじりと肌を焼く夏の日光が心まで焦がしていく。たっぷり日光を楽しんだ双子と優紀も、姫乃と玲奈と一緒にミストの下で休んでいた午後6時前。黒岩が杉本と繋がったままの携帯を持ってバルコニーへやって来た。表情からは何も読み取れなかったが、何か深刻な事態になったということは、玲奈にもわかった。玲奈の頬に汗が流れる。
「木崎様、杉本先生からのお電話でございます」
「はい……」
姫乃は玲奈に、「大丈夫」とジェスチャーだけして電話に出るように勇気づける。「スピーカーにしていい?」と震える声で聞く玲奈の質問に、その場に居た全員が静かに頷いた。玲奈は携帯を受け取り、スピーカーに切り替えて、恐る恐る杉本に挨拶をした。
「木崎か。連絡が遅くなってすまない。先に言っておくと、お祖母さんは念のため病院に搬送してもらった」
「お祖母ちゃんに何かあったの!?」
「大丈夫だ。ただ、その。想像以上に酷い状態になってて。今まで何も気づいてやれないで本当にすまなかった」
「え、どういうこと?」
「1から説明する。とにかくお祖母さんは無事だから、気をしっかり持って聞くんだぞ?」
杉本は玲奈に、この数時間であったことを努めて冷静に話して聞かせた。玲奈が家出をして杉本たちが玲奈の家に駆けつけるまでの2日半で、家には糞尿の臭いが充満し、家の中は荒れ果て、外まで響く大声で父親と思しき男性が老婆に怒鳴り散らしている状態だった。そこに玲奈の母親と弟の姿はどこにもなかった。杉本はすぐに警察に通報。警察が来ても暴れ続けた父親は公務執行妨害で逮捕、事情聴取に連れて行かれた。杉本から状況を通報されていた児相からも警察に連絡が行き、父親は祖母と玲奈への虐待の容疑でも今事情を聞かれている。
杉本と一緒に行った福祉課の担当者の助言で、祖母は念の為に救急車に乗って病院に搬送された。必要なら診断書を書いてもらうよう医師とも話をつけたと、祖母と一緒に病院に行った担当者からの連絡もあった。
もちろん警察から母親にも任意同行の連絡が行き、母親は大人しく従った。こちらも虐待の容疑で聞き取りが行われる予定だという。
「木崎の弟は一時的に施設に保護されたと連絡があった」
「うん……」
玲奈は、自分が家出をすることでまさか家族が逮捕されることになるとは思っていなかった。自分さえ今まで通りに生活していれば家族がこんなことにはならなかったという気持ちと、これからのことを考えて押し寄せる巨大な不安に、玲奈の心は押し潰された。
「まずい! 過呼吸だ!」
優紀が叫んだ。膝から崩れ落ちそうになった玲奈を黒岩が抱きかかえ、姫乃がハウスメイドたちを呼び、美代と沙代は少しでも玲奈に酸素を供給しようと無駄とわかっていてもタオルやハンカチで必死に玲奈を仰いだ。
「レオ! 深呼吸! 息を吸って! 早く! 早く鷹野先生を呼んで!」
周りの叫び声が玲奈の耳から遠くなり、玲奈はそのまま意識を手放した。




