ペルセウス座流星群の下で⑫
「千代田先生。やっぱり香月先生に話してたのね」
「エアリー、香月先生はいつもあんな感じなのか?」
「そうだよ。昔からあんな感じなの。ちょっとチクッとすることも言うし普段は怖く感じるけど、本当はすごく優しい人なの」
「うん、それはあたしでもわかった。最初は緊張したけど、千代田先生も香月先生も教えるの上手いよね」
「どっちも楽しかったー! シーズのお花綺麗だねー!」
「ピースのも綺麗だよー! 蕾を使うのがピースっぽいよねー!」
それから5人はそれぞれの作品に対して思うことや、作っている時に考えていたことを話し合った。香月に言われた通り誰も相手の意見を否定しない。そうしていくうちにそれぞれが『自分の心と向き合う』ということの意味を理解していった。こう感じたからこの花を使ったんだなとか、これを表現したくてここに挿したんだなとか、そういったことが各作品から伝わってくる。いつもは先生と一対一で茶道と華道の稽古をつけてもらっている姫乃にとっても良い刺激になったし、反応や作品を通してそれぞれのことを知るよい機会もになった。きっとこれが先生たちの1番の思惑で、どんな人間が教え子の友人として来るのか確かめる目的もあったのだろうと、姫乃は2人の師匠の優しさに心の中で感謝した。
作品の意見交換は大いに盛り上がり、花野が、「そろそろおやつにしませんか」と言いに来て、初めて5人は時計を見た。16時になろうというところだ。5人は花野特製の2色クッキーを頬張りながら宿題の続きに取りかかった。何かしていないと落ち着かなかったのだ。家出2日目の夕方。何か動きがあってももうおかしくない。それぞれが上の空になりながら、時計をちらちらと見つつ宿題をした。花野の作る美味しい夕食を食べ、入浴し、寝る時間になる。何も起こらなかった。それどころか毎日あるはずの姫乃の親からの電話も無かった。やはり怒らせたのかと心配になった姫乃が黒岩に相談する。
「父から電話が無くて。怒らせたなら謝った方がいいですよね」
「ご心配いりませんお嬢様。坊っちゃんは怒ったのではなく、お嬢様方を見守ることになさったのです」
「え?」
「申し訳ないとは思ったのですが、午前中に坊っちゃんから電話が来ましたので、今お嬢様方のなさろうとしていることをお話しさせていただきました」
「そうなんですか!? 父は、なんて……?」
「少々困った様子ではありましたが、『好きにしろと言ったんだ。僕は姫乃のすることに文句は言わないよ。何か困ったことになれば連絡をくれ。できる限り手を回そう。それから、姫乃が満足するまで僕からは連絡をしないでおこうと思ってる。何せ姫乃は反抗期だからね』と仰っておられました」
「え、あの父が? ほんとに?」
「はい。坊っちゃんが仰った通りにお伝えしております。坊っちゃんがあんなに嬉しそうに冗談を言うなんて、いつぶりのことでしょう。お嬢様のお陰です」
「いえ、私はそんな」
「何も気にせず存分に、『反抗期』をお楽しみください。何かあればわたくしか花野にお申し付けくださいませ」
そう言って黒岩は自室へと戻っていった。話を聞いていた4人も驚きを隠せなかったが、ほぅと肩を下ろした姫乃を見て素直に、「よかったね」と声を掛けた。姫乃は、「もう反抗期が終わってしまいそうな気がする」と言って一同を笑わせた。こうして、家出2日目が終わった。
3日目の朝。昨日より少し遅い時間に集まった5人は、昨日よりも重い気持ちを引きずって紺色の部屋に集まった。玲奈はこの二晩でぐっすり眠れたのか、目の下のクマは綺麗になっていたし、美代と沙代もずっと一緒に居られて安心したのか普段見せていた不安そうな仕草も無い。優紀も育児と家事に追われながら勉強のことを考えなくて良かったお陰か気持ちがいつもより表情に幼さが見える。年相応と言うべきか。それなのに、4人の足取りは重い。それを感じ取った姫乃の気持ちも必然と重くなる。
4人が家出当日に置いてきたメモとは別に書いた手紙には、今の気持ちと、どこに居るのかを簡単に書いてあった。万が一警察沙汰になったら協力してくれている杉本や姫乃の家に迷惑が掛かってしまう。そうならない為に信頼できる家族にだけ場所と事情を明かしたのだ。手紙を読んだ家族が迎えが来るか、姫乃の家の電話に家族から連絡があれば素直に家に帰ってこれからのことをまた考える。3日目になっても何も無ければこのまま家出を続行する。そういう大枠になっていた。そして昨日までに誰の家からも、何も無かった。
「何も……無かったね」
最初に口を開いたのは姫乃だった。なぜか1番泣きそうな顔をしている。玲奈が気丈に振る舞って場の空気を和らげようとする。
「なんでエアリーがそんな顔するのさ! お昼までは待ってみよ! ね? うちはほら、きっとお祖母ちゃんの介護で大変だったりするのかも!」
その祖母のことを1番に心配しているはずの玲奈がそう言うのだから、他の4人も頷くしかない。
「そうだな。昼まで待ってからレオの家のことは杉本先生に連絡しよう。私とピースとシーズの家については夕方まで様子を見る。どうだ?」
「異議無ーし!」
「異議無ーし!」
話がまとまったので食堂へ行き、花野が作ってくれたフレンチトーストとシーザーサラダの朝食を食べた。きっと美味しいはずなのに、全員その味がわからなかった。紺色の部屋に戻り、とりあえず宿題を広げてみても全員集中できていないのは明白だ。優紀の提案で、それぞれの部屋でお昼まで過ごすことになり、全員ほとんど会話のないまま自室へ別れた。
玲奈は祖母のことがもちろん心配だった。自分が家事と介護を担っていたのに、どちらも放棄して2日が経った。何も連絡が無いということはなんだかんだ母親がやってくれているのか、それとも父親が帰ってくるようになって2人で協力しているのかもしれない。そんなこと1番あり得ないと思う自分とは裏腹に、そうなっていてほしいと期待する自分に苦しんでいた。家出をしたことで、苦労をかけさせてごめんねと両親が自分に言ってくれるのではないかと、遠くに居る自分が期待をしていることは否めなかった。介護と家事が大変で連絡ができないのだと、信じたかった。
優紀は自分の進路のこと、父親のことを考えて頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。妹たちのことは奏汰が居るから大丈夫だろうとは思っていたが、その奏汰のことが気がかりだった。無骨に見えて1番繊細で、1番傷つきやすい奏汰が今どうしているのか。傷つけてしまったのではないか。もう何も考えたくなかった優紀は、お昼まで黙々と数学の計算問題を解き続けた。
美代は自分に無関心な父親が来るはずないと思っていた。居場所が書かれた手紙を渡したのは沙代と一緒に住んでいる祖母だったから、父親は母親からの連絡を受けてしか美代の居場所を知ることができない。しかし両親はお互いがお互いを心底嫌い合って別れた。だからもし母親から連絡が来ても父親は何もしないだろう。父親が興味あるのは母親と暮らしている沙代よりも美代が良い大学に入ることだけだ。
沙代も美代と似たようなことを考えていた。沙代は母親の実家で母親と祖母と暮らしているが、母親も興味があるのはいかにして父親と暮らす美代よりも優れた人間に沙代を育てるか、それだけだ。家出をして、しかも美代と一緒に居ると知ればまたヒステリーを起こすだろう。今頃母親も家出をしているかもしれない。祖母は取りなすだけで力になるとは思えなかった。美代と沙代にとっては優しいお祖母ちゃんだが、頼りになるとは正直言えない。だから2人とも最初から長期の家出になるつもりで参加していた。
「そろそろお昼にしましょうか」
午後1時半過ぎ。花野が部屋をひとつひとつ回って声を掛けた。花野の口から家族から連絡があったとはついぞ出ず、花野が作ったチャーハンと餃子、春雨スープ、チョレギサラダの昼食も、全員胃に押し込むだけで味わうことができなかった。




