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ペルセウス座流星群の下で⑪

 千代田が和室から去った後、5人は花野に「お昼ご飯できましたよ」と呼ばれ、食堂にやってきた。テーブルにはつやつやとしたざる蕎麦が出されていて、天ぷらや薬味がまるでコース料理のように綺麗に並べられている。5人は席に着き、「いただきます!」と声を合わせて食べ始めた。蕎麦はもちろんのどごしが良く、昆布と鰹の出汁が効いた濃いめのつゆが口に残ったお茶の味と溶け合って喉に流れ込んでくる。つゆの味がまだ口に残った状態で天ぷらをさくりと噛めば、素材の味がちょうど良くつゆの味と混ざる。つゆを天ぷらにひたひたにつければご飯を何杯でも食べられるくらい、つゆの甘塩っぱさがちょうどいい。オクラ、とり天、ちくわ、タマネギ、しいたけ、ナスの天ぷら盛り合わせは、多いと感じる間もなく胃に消えていく。好きな物を好きなだけ取れるようにとテーブル中央に並べられた薬味は、わさび、すりおろし生姜、ネギ、大根おろし、ミョウガ、刻み海苔、大葉、天かすと並び、これもまたつゆや天ぷらにピタリと合う。全員がペロリと完食した。

 華道の先生が来るまでの時間は、和室でくつろぐことになった。優紀と姫乃は用意された座布団に座り、玲奈と美代と沙代は食べ過ぎたのか畳に大の字になって寝そべっている。


「お茶の後の蕎麦がこんなに美味しいとは」

「天ぷらサクサクで美味しかったー!」

「レオは食べ過ぎだよ。お蕎麦を3枚もおかわりするなんて」

「だって美味しかったんだもーん!」

「ピースもお腹いっぱいでーす」

「シーズはもう動けませーん!」

「おやおや。女子が足を開いて寝転ぶなんて、はしたないですよ」


 突然知らない声がして、慌てて起き上がる3人。見ると入り口にはえんじ色の着物を着た高齢の女性が冷ややかな目をして立っていた。姫乃が慌てて正座をする。


「先生! お早いお着きだったんですね」

「おや。まるで早く来て迷惑だと言っているようですね」

「違いますよ。今日もよろしくお願いします」


 姫乃が頭を下げるのに合わせて、4人も正座をして頭を下げる。姫乃は慣れた様子だが、4人にとっては女の第一印象はあまり良くないものとなった。千代田と比べると、とっつきにくそうな顔つきや物言いがあまりにも際立ってしまっている。そんなことはお構いなしに女は話を進める。


「姫乃お嬢様のご友人が来ると言うからどんな人たちなのかと来てみれば。とても元気で可愛らしいお嬢様方ですね。私は姫乃お嬢様に華道を教えている香月と申します」


 深々と頭を下げた香月に釣られて、4人も名乗りながらもう一度頭を下げる。千代田の時とは違って、空気に緊張感が増していく。その中で姫乃だけが、「みなさんとても優しくて、素敵なお友だちなんです」と普段通りに接していた。

 姫乃の家のハウスキーパーたちが次々とお花や道具を抱えて持ってきた。香月は華道についての説明を始める。


「華道とは、人の心を花を通して映し出し、季節や自然、命の尊さを感じる芸事です。心静かに花と向き合い、ルールに則って生けていきます。自分で生けた花や他人が生けた花のどんなところに美しさを感じたのか。それを自身と対話をしながら楽しむのです」


 香月は説明をしながら、テキパキと花をはさみで切っていき、剣山の入った花器に生けていく。切られた花が針に挿された瞬間存在感を増し、1本1本がその存在を主張しながらも他の花を邪魔せずに混じり合っていく。迷いなく花を切り生ける香月の手元に、全員が釘付けになった。パチン、パチンと花を切る音が和室に響く。


「できましたよ。今日の花材はひまわり、桔梗、アセビです」


 香月が、5人に花の顔が見えるように花器をくるりと回して、その横に座り直した。緑のアセビが螺旋を描き、黄色と青色の映える生け花は、ガラスの花器と相まってとても涼しげで夏にピッタリの仕上がりになっていた。大量に生けられていないのにそれぞれの花の存在感がしっかりと空間を埋めている。それでいてアセビが風の通り道を可視化したように全体に広がりを作っていた。

 5人全員がその作品に見入って、何も言えなかった。香月はそれを見て短く息を吐いた。


「これを見て、みなさんはどう感じましたか? 思ったままに仰っていいですよ」


 5人は顔を見合わせて、奥に座っている姫乃から、優紀、玲奈、美代、沙代の順で答えていく。


「どこか寂しさも感じますが、強い意志と優しさを感じました。穏やかな風が吹いていそうです」

「私はなぜか懐かしく感じました。星の形の桔梗の中にひまわりがスッと立っているのは、私には惑星と太陽のように見えます」

「あたしはひまわりが綺麗だなぁって思いました。あと、木? も生け花に使えるんだってびっくりしました」

「もっとたくさん花を使うと思ってたけど、少なくても豪華に感じましたー!」

「香月先生が生けてる姿、かっこいいなぁと思いましたー!」

「まぁ、ありがとうございます」


 香月は初めて笑顔を見せた。笑った顔はどこにでもいそうな、優しそうなお婆ちゃんだったし、今自分が生けた花を満足そうに眺める姿は、可愛い孫を眺めるそれと同じだった。香月に対して緊張していた4人はそれを見て少しだけ緊張の糸を緩めた。


「最初に言った通り、花というのは自分の心を映します。最初は上手く言語化できなくても、やっているうちに段々と自分の心の内が見えてきます。藍沢さん、でしたっけ?」

「は、はい」

「お花は初めて?」

「はい」

「そう。初めてなのに感じたことをきちんと言語化できるのは大したものです。この後みなさんにも生けてもらいますが、どんな作品になるのかとても楽しみです」

「いや、そんな……参ったな」


 優紀が珍しく照れた。いつもは褒められても冷静に返す優紀の照れた姿は新鮮で、昨晩のオタクっぷりと相まって4人は今まで以上に優紀に親近感を覚えていた。こうして一緒に過ごすことで、今まで知らなかった相手の一面を見ることができる。合宿という名の家出ではあるが、やって良かったとすでに全員が思っていた。

 香月の作品鑑賞の後は実際に自分で生ける時間が設けられた。今回は自由花という形式で、それぞれ配られた花器に花材を自由に生けていく。初めて生け花をやった4人はなかなか剣山に花を挿せずに苦戦したが、香月が根気強く手ほどきする。時々チクリとする嫌味が飛んでくるが、さっきの様子を見ていたお陰でふてくされずに話を聞けた。むしろこのくらいの距離感の方が心地良いとさえ思えてくるから不思議だ。親しくなりすぎず、しかし離れすぎないで居てくれる大人というのは、4人には生け花よりも新鮮な出会いになった。

 30分後、なんとか5人の作品ができあがった。姫乃はピンクと薄紫のトルコキキョウがメインの、可愛らしく明るい花束のような華やかな作品。優紀は青い紫陽花が零れるように挿された、紫の桔梗がアクセントになっている涼やかで心落ち着く作品。玲奈はひまわりとケイトウ、デンファレを使った、鮮やかで、見ると元気が出てくる作品。美代は葉物をメインで完成させており、まだ蕾の状態のリンドウが2輪挿された作品。沙代も葉物をメインに、オレンジ色のユリが2輪真ん中に鎮座した作品だった。


「みなさんとても素晴らしい作品になりましたね。初心者さんらしい柔軟な発想の作品で、私も刺激を貰いました。この後はそれぞれの作品を鑑賞して、相手の心を感じたり、作品を見て心動いた部分を感じてみたりしましょう。それは誰にも言わなくてもいいし、伝え合ってももちろんいいです。華道は自分と対話する世界ですから、気兼ねなく感じたままを言葉にしていってください。誰もそれを否定しませんし、否定してはいけません。いいですね?」


 全員が静かに頷く。香月はまた満足そうに頷いて、「では、私が居ると気を遣っちゃうでしょうからお暇しましょう。千代田先生の言う通り、いい子たちが姫乃お嬢様のお友だちになってくれて良かった」と言ってお辞儀をして、本当にさっと出て行ってしまった。5人は呆気に取られて挨拶もろくにできずじまいだった。

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