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ペルセウス座流星群の下で⑩

 5人が正座をしてから少し後、「失礼します」と言いながら先生らしき人物が入ってきた。若草色の着物がよく似合う、眼鏡をかけた長身の男性だ。空いている座布団に男が座ると、姫乃が「お願いします」と言って深々と頭を下げる。4人も慌ててそれに習う。男がそれに応じるように同じ動作をして、全員で顔を上げ、ここでやっとひと息ついた。


「初めまして。姫乃さんに茶道を教えてる千代田と言います。今日はよろしく」

「よろしくお願いします。藍沢です」

「木崎です!」

「真壁でーす」

「吉田でーす」

「みんな元気だね。藍沢さん、木崎さん、真壁さん、吉田さんだね」

「今の一瞬で覚えたんですか?」

「まぁね。こういう仕事をしてると、生徒さんの名前を覚えるのが仕事の半分みたいなところがあるから」

「すごぉ……」

「真壁さんと吉田さんはもしかして双子かな?」

「え、なんでわかったの」

「顔似てないし名字も違うのに」


 いつも語尾を伸ばして話しがちな双子が、語尾を伸ばさなかった。代わりに千代田を見定めるように凝視する。根負けしたのは千代田だった。


「そんな警戒しなくて大丈夫。言ったでしょ? 生徒を覚えるのが仕事みたいなもんだって」

「そうだけど」

「でもなんで?」

「名前と顔を一致させて覚えるためには、その人を一瞬で観察して記憶しなきゃいけない。顔つきだけじゃなく、まとってる空気感とか癖とか、声とか。要するに人間観察力が上がるんだ。で、君たちは確かに顔は似ていないけど、とてもよく似ていたから」

「またもやすごぉ……」

「名字が違うのもご家庭によってはあることだろうし、詮索しないから安心して」

「もはや探偵並だな」

「ふふ。だから千代田先生に隠し事はできないの。なんでもバレちゃう」

「それは買い被りすぎですよ。そんなことより、今日はせっかく姫乃さんがお友だちを紹介してくれたんですから、堅苦しい稽古ではなく、ゆるっとしたお茶会にしましょう」


 そう言って千代田は5人に足を崩して楽に座るように促した。それから姫乃の家のハウスキーパーを呼んで、「頼んでいた物をお願いします」と朗らかに伝えた。ハウスキーパーは千代田の優しい笑顔と色気に頬を赤くして去って行く。確かに、色男という表現の合う男だ。おまけに和服も自然と着こなし、声も人の懐に入るように柔らかい。姫乃以外の4人も例外なく見惚れていた。同級生の男子など、この大人の余裕に遠く敵わないのは明白だ。玲奈は、姫乃が転校してきた日に言っていた「好きなタイプを考えたこともない」という言葉を思い出し、日常的にこういう大人とたくさん会っているなら同年代に恋愛感情を抱かないのも無理ないかと1人納得していた。

 5分もしないでハウスキーパーたちが戻ってきた。それぞれがお盆を運んで来て、お盆の上にはお茶碗2つとお茶菓子、さらさらに濾された抹茶、茶杓、お湯の入った小さな鉄瓶、茶筅、懐紙が乗っていた。千代田から順番に目の前に置かれていく。テレビなどでよく見るお抹茶の『初心者向けセット』のようだ。お茶菓子は1つのお皿に2種類。ひとつはパステルカラーが可愛らしい、星の形をした寒氷。もうひとつはおはじきのように透き通って涼しげな琥珀糖。「可愛い盛りの子らにはこういうお菓子の方がとっつきやすくていいかなと思って」と千代田がまた優しく微笑む。そしてどちらも姫乃の好物でもある。


「さて。茶道にもいろいろルールはあるけど、今日はとりあえず体験してもらえたらいいかなと思ってます。だから簡単なルールだけね」


 そう言って千代田は、まずはお茶菓子を先に食べること、お菓子は本来1つのお皿から順番に取って行くこと、お菓子は懐紙に乗せて食べることを説明し、お辞儀の仕方にも種類があることを話した。流派によって多少の差こそあれどと言いつつ、初心者の4人がやりやすいように気を遣って話してくれているのは全員に伝わっていた。お陰で、じっとしているのが苦手な玲奈と双子も、美味しくお茶菓子を堪能することができた。

 そうしていよいよお茶点て体験が始まった。お菓子の時のように千代田が手本を見せながら優しくゆっくりとレクチャーしていく。「今回は特別版だから、本格的にやりたくなったらいつでも言ってくださいね」と前置きをする。まず茶碗に抹茶を入れ、空の茶碗に鉄瓶のお湯を注ぐ。それから抹茶の入っている茶碗にそのお湯を注ぐと、お湯がちょうど良い温度に冷めると言う。それから茶筅で手早く抹茶とお湯を混ぜ、表面にできた大きな泡を撫でるように茶筅の先で細かくしていき、最後はそっと茶筅を引き上げて、薄茶と呼ばれる抹茶が完成した。人生で初めて本格的な抹茶を点てた4人は感動のあまり声を漏らした。


「意外と簡単にできた」

「うん。もっと長く混ぜるのだと思っていたが、本当はあっという間なんだな」

「早く飲みたーい」

「飲んでいいですかー?」

「もちろん。今回は自分で点てたけど、折角だから『頂戴いたします』って挨拶してから飲みましょうか」


 千代田ができたてのお茶に向かって、「頂戴いたします」とお辞儀をしたのを見て、5人もそれに倣う。そしてひとくち。4人が目を見開いて茶碗から口を離した。


「思ったより苦い!」

「飲めないほど苦くはないが、こんな味がするんだな」

「甘くなーい!」

「さっきのお菓子食べたーい!」


 4人の反応を見て姫乃と千代田は視線を合わせ、それから笑った。姫乃は、千代田が点てたお茶を初めて飲んだ時のことを思い出した。みんなと同じ反応をしていた小学生の自分が、今ではお茶を美味しいと思うし、点てることもできる。最近では千代田から合格を貰うことも多くなってきた。

 千代田はこう見えてお茶の指導には厳しい。最初の頃は足が痺れるし美味しくないし、上手くお茶を点てることもできないしで散々に『お叱り』を受けた。稽古をしたくなくて駄々をこねたこともあったが、その時は決まって綺麗な琥珀糖や寒氷を千代田は姫乃にこっそりくれた。千代田は決まり悪そうに、厳しくしてしまうことを詫びてから、「姫乃さんのお祖父様は私の師匠でもありますから、つい、力が入ってしまうんです。なるべく気をつけますね」とはにかむ。と言っても厳しさが抜けてきたのは姫乃が中学に入ってからだった。

 今ではお茶のお稽古は千代田とのお喋りのためにあるようなものだった。姫乃の周りに居る、人生経験が豊富な大人の1人である千代田は、姫乃にとってちょうどいい距離感の大人だった。落ち込んでいたり、怒っていたり、何かいつもと違う様子というのはお茶を通していつも千代田に見破られてしまう。今回も千代田に合宿のことを悟られて、観念して話したところ、華道の先生にも話が伝わってしまって双方で全員参加の稽古となったのだ。先生同士仲が良いのは知っていたが、「姫乃さんが初めて楽しそうにお友だちのことを話していたと、千代田先生が言っていましたよ」と華道の先生に言われたときは、そんなに自分はわかりやすいのかと、姫乃は少々拗ねた。

 

「これでも薄茶と言って、苦さ控えめなんですけど。姫乃さんの最初の頃を思い出しますね」


 千代田も同じことを考えていたらしい。懐かしそうに千代田が小さく笑った。


「こうしてみると、市販の抹茶製品には砂糖がいっぱい入ってるのがよくわかるな」

「そりゃ抹茶のお菓子ってカロリー高くなるよねぇ」

「まぁ甘いお菓子と一緒にお茶を頂くから、変わらないと言えば変わらないんだけどね。玲奈はいつも走ってるし気にしなくてもいいんじゃない?」

「そんなことないよ! 油断してポテチを爆食いしたらすーぐ太るもん! あたし太りやすい体質なんだよね」

「じゃあ合宿中も何か運動をしないとな。私もさすがにこのままだと太りそうだ」

「優ちゃんも体重とか気にするんだ……ちょっと意外」

「それはどういう意味だ玲奈」

「うち、お茶に慣れてきたかもー」

「うちもー! 意外と美味しいー!」

「もう慣れるなんて素質があるようですね」


 こうして終始和気藹々としてお茶会を楽しみ、最後は千代田に「姫乃さんをよろしくお願いします」と深々と頭を下げられ解散した。


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