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ペルセウス座流星群の下で⑨

 姫乃の涙でしっかりと濡れた玲奈のハンカチを持って黒岩は部屋を出て行った。黒岩が出てから少しして、玲奈が、優紀が、美代と沙代が、姫乃に拍手を送った。目を赤くした姫乃がそれに驚いて戸惑う。4人は姫乃の勇気と、姫乃が勝ち取った自由に拍手を自然と送っていた。はっきりと自分の意見を言った姫乃の姿を見て、4人も勇気を貰ったような気持ちだったのだ。拍手をしながら、それぞれが電源を落としカバンの底にしまった携帯を思う。そして次は自分の番だと覚悟を決め直した。玲奈も、『これがお祖母ちゃんの為になるから』と心の中で祈るように呟いて、頭の中から不安を追い出した。


「素晴らしいものを見た。エアリー、勇気を出したな」

「はい。ありがとうございます」

「ねぇねぇエアリー」

「なんですか?」

「あのさ……そろそろあたしたちに敬語使うのやめない?」

「え?」

「そうだそうだー!」

「さっきの通話でも使ってなかったー!」

「たしかに。もう敬語を使うような仲ではないよな?」

 

 4人に迫られる姫乃。姫乃は小さな声で、「努力します……する」と答えた。それを聞いた優紀が、「星見会では誰に対しての敬語も禁止する。先輩呼びも禁止。これは3人もだ」と命令を下した。元々敬語が得意ではなかった3人はむしろ喜んでその命令に従った。玲奈に至っては、「会長の命令とあらば、ドラゴンですら倒してみせましょう」と騎士のように傅いて見せる。面白がった美代と沙代も、玲奈の斜め後ろに従うように傅いて頭を下げた。優紀も、「うむ。働きに期待しているぞ?」と調子を合わせる。姫乃はそれが面白くなってしまって笑いを堪えることができなかった。4人も釣られて大声で笑う。さっきまでの緊張が嘘のようだった。


「ついでにさ、普段の呼び名? も下の名前で呼ぼうよ!」

「いいね。外で名前を呼ぶ時どうしようかと実は思ってたんだ。名字で呼ぶのもなんか違うし」

「私はもう、あの、なんと呼んでもらっても……」

「え、じゃあさ、『ひめのん』って呼んでいい?」

「『ひめのん』ですか?」

「いいじゃないか、語呂も良くて」

「さんせーい!」

「異議なーし!」

「なんだか可愛すぎる気がします……」

「可愛いんだからいいじゃん! アクアは『優紀』って呼ぶとなんか硬い感じがするんだよなぁ」

「そうか?」

「優ちゃんはー?」

「アクア優しいしいいと思うー」

「優ちゃん……」


 母がまだ生きていた時、母は「優ちゃん」と優しく呼んでくれていたことを優紀は思い出した。母の影がそばに居るような気がして、ちょっとだけ目に涙が溜まる。


「いいね。そう呼んでくれると嬉しい」

「じゃあ決まり! あたしとピースとシーズはそのまんまで呼びやすいし、『玲奈』、『美代』、『沙代』でいいよね?」

「『れいちゃん』ってのも可愛いと思うけどなぁ」


 姫乃がさっきのお返しとばかりに玲奈に詰め寄る。


「『みっちゃん』とか、『さっちゃん』もあるぞ?」


 優紀も姫乃に便乗して3人に提案する。いたずらを考えている時の悪い子どもの顔をしていた。


「イヤだよ! なんかちっちゃい子みたいじゃん!」

「ピースもイヤだー!」

「シーズはそれで散々歌を歌われたので却下しまーす!」

「あーそういえばそんな歌あったね。『さっちゃんはね、さちこって言うんだほんとーはね』ってやつ」

「歌うなー! うちは『さちこ』じゃない! 沙代だしー!」


 また追いかけっこを始める玲奈と沙代。こうして合宿兼家出の1日目は終わり、2日目の朝を迎えた。優紀が1番に紺色の部屋に行き、次にやって来た姫乃を出迎えた。時計の針が8時を過ぎたところだ。


「おはよう」

「おはようござ……おはよう、アクア」


 ぎこちない言葉遣いになってしまい、姫乃は緊張してしまう。優紀は優しく微笑んで、「すぐに慣れるさ」と励ました。姫乃は寝る前に考えていたことを、思い切って優紀に相談する。


「あの、ちょっと相談したいことがあって」

「どうした?」

「その……父に、誕生日プレゼントを贈りたくて」

「いいじゃないか。昨日の黒岩さんの話を考えれば、かなり喜んでくれると思うぞ?」

「でも、何をあげたらいいのかわからなくて」

「たしかにな」

「それで、アクアにも一緒に選んでほしくて」

「私にか!?」

「い、1番お父さんっていう存在に詳しいかなって。受験勉強で忙しいのはわかってるんだけど、もし大丈夫なら、今度一緒に買い物付き合って!」

「……もちろん、協力するよ。ただ私のセンスにあまり期待しないでくれよ?」


 姫乃は、本当は1番父親っぽいのが優紀だと思ったことは内緒にしておくことにした。そこに寝癖をつけたままの双子が、寝ぼけ眼のまま合流した。優紀は甲斐甲斐しく美代と沙代に世話を焼く。普段からお母さんとしての役割をこなしているのがよくわかる。しかし玲奈が一向に起きてこない。花野が朝食に呼びに来た時も玲奈は来ておらず、「全員集まったら下りてきてくださいな」と花野は言って戻って行った。そこから30分経っても玲奈は部屋に現れず、心配になった4人はそっと玲奈の部屋を覗いてみることにした。姫乃が、「レオー。入るよー」と蚊の鳴くような声で言ってから玲奈の部屋のドアを開ける。足音を立てないように赤い部屋に入ると、玲奈はとても気持ちよさそうにベッドの上で熟睡していた。布団を蹴り飛ばし、大の字になって、いい夢でも見てるのか時々ムニャムニャと寝言を言う。

 4人は玲奈を起こさないようにまた静かに赤い部屋から退散して、紺色の部屋に戻ってきて顔を見合わせる。


「レオ、気持ちよさそうに寝てたね」

「大の字だったー」

「寝言可愛いー」

「久しぶりにぐっすり眠れたんだろう。このまま寝かせてやりたいし、朝食は私たちだけで先に食べておこうか。花野さんを待たせすぎるのも申し訳ないし」


 こうして4人は花野に事情を話し、玲奈の分だけ取っておいてもらうことにした。朝食は豆腐の味噌汁と鮭のホイル焼き、漬物野菜が数種類、フルーツの盛り合わせだった。夕飯に比べれば軽いメニューではあるが、味噌汁から香る出汁の匂いは格別だった。聞けば花野独自の出汁の配分とのことで、具の豆腐がシンプルだからこそ出汁の味が引き立ち、これだけでも十分おかずになってしまうくらいの美味しさだった。鮭もふっくらとして甘塩っぱさがちょうど良く、漬物がまた歯ごたえ抜群でご飯が進んでしまう。普段は朝ご飯を食べないという双子ももりもりと食事を口に運んでいた。デザートのフルーツも甘さと酸味がちょうど良く、全員しゃっきりと目が覚めた。

 食事が終わっても玲奈は起きてこなかった。今日は姫乃の話によると茶道と華道の先生が稽古をつけてくれる話だったし、11時頃に茶道の先生が到着する予定となっていると姫乃が時計を確認しながら言う。時計の針は10時を少し過ぎたところだった。起こすべきか寝かせてあげるべきかで話し合っていると、玲奈が部屋に転がり込んできた。もちろん寝癖をつけたまま。


「寝過ぎたぁぁぁ!」

「お、おはようレオ。よく眠れた?」

「寝過ぎて時計見て飛び起きてきました!」

「ちょうど起こしに行くか話していたところだ。まずは身支度を整えて朝食を食べてくるといい。今日も花野さんは絶好調だ」

「味噌汁うましー!」

「シャケはふわふわー!」

「わぁぁ絶対食べる! てか今日お稽古の先生来るんだよね!? 何時!?」

「えっと、11時頃いらっしゃるかと」

「ソッコー戻る!」


 飛び込んで来た玲奈は嵐のように去って行き、30分もしないうちに戻ってきた。3杯もごはんをおかわりしたというお腹は満足そうに膨らんでいる。玲奈の頭には寝癖が相変わらずついたままだ。やれやれと呆れた様子で優紀が玲奈の髪の毛を整えていく。その様子を見て、美容師も向いていそうと姫乃は思った。


「いつも妹さんにもしてあげてるの?」

「まぁな。1番下の妹は髪が長くてアレンジのし甲斐がある」

「えーピースもやってもらいたーい」

「シーズも髪結んでもらいたーい」

「その長さだとピンで留めるくらいしかできないが、まぁそのうちな」


 できたぞと玲奈の頭をポンと叩く。ちょうど時間も頃合いとなったので全員で和室に向かった。昨日見た広い和室の空間の一部に仕切りが置かれ、茶道用の空間が作られていた。5人は敷かれている座布団の上に正座をして、緊張しながら先生の到着を待った。


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