38話
正直なところ、こうなるとは思っていた。
それでもこうまで抗って来たのは。
調査をして、対応策を探し、言葉を並べた挙句に結局諦めると言ったのは、みんなを説得するため。納得させるため。
中途半端に後悔が残るのは良くない。ああすれば良かった、こうすれば良かった、なんて引き摺ることのないように、綺麗さっぱり無理だと思わせる。それが最良の終わり方だろう。
デクルのためなら死ねる。
全く理解できないが、そういうこともあるのだろう。この町に未だ住み続ける住人は、そのような考えに近い者ばかり。
デクルの存在は極めて迷惑ながらも、西のデクルの森からの脅威に対する安全には貢献してきた。俺のような人間であっても、多少は意味があると思うことはできた。
だが、仕方のない環境の変化のせいとはいえ、もうその力の及ぶものではなくなった。本当になんの価値もない害獣。そのためにこの町にいる理由はない。
この五年弱で、デクルによる悪影響は完全に証明できたと言える。人口が増えないのは何も流入量が少ないからだけではない。子供を産もうとしないからだ。
こんな危険な町で、子育てなど安心して出来るはずがない。町中でも一歩間違えたら死ぬ、どころか一歩も間違えなくても死ぬ。
最大限安全を確保した孤児院という存在があったところで、新たな生命を育もうという気持ちはあまり芽生えない。
町は作り直したほうが良いのだ。
「ま、そうなんだろうな。チョトスが百体を優に超える規模で、町を襲撃。正直そう簡単に起こることには思えないが、ないわけじゃない。さらには岩か森か知らんが、自然自体が牙をむいてきた。居座る理由はないな」
アルマンも同意を示す。
「その場合、デクルはどうします?」
マンタスに話を振る。
「叶うなら、連れて行ける分は連れて行ってもらえると助かる」
現在デクルの森にいるデクルは、将来的に全滅する可能性がある。あまり種の存続に拘る性質ではないだろうが、それでもリスクは分散したいはず。当然の答えだ。
「嫌ですけどね」
「え、いやいやいや、ちょっと待ってサンケタ。せっかく向こうからついて来てくれるって言ってるんだぞ?」
「だって誰が責任取るんですか?このマンタスさんはかなりマシみたいですしデクルに指示もしてくれるでしょうが、デクルはどうせ従いませんよ。ですよね?」
むしろ、この流れでデクルを連れて行ってもらうために理解があるように振舞っている可能性すらある。害獣は害獣だ。
「かもしれない。もちろん、害がありそうな者は置いて行って構わない。管理できる数だけ、ペット化を受け入れられる者だけでいい」
「ほら、こう言ってくれてるし」
「私もついに家にデクルを……!」
変わらんねぇ。じゃあもういいか。
「あーもう、分かったから。じゃあそういうことにして。ディキンス、そっちとは別ってことで良いか?」
「そりゃ一緒に行く必要はないさね」
互いに利用し合う関係でいたが、町を出るとなったら共に行動する必要はない。風俗街チームと、デクルチームで別れた方が互いのためだ。
「話が早くて助かる。ニャンニャンもそっちだよな?」
「本人の意思に任せるが、そうだろうね」
「オーケー。そっちとしては引っ越しのタイミングの確認以外何かあるか?」
「ないね」
「よし。じゃあ日程は追ってこの役所に聞きに来れば良いだろう」
帰って良いぞという合図だ。この町を離れることが決まった以上、デクルや西側について知ったところで仕方がないだろう。
こちらの意図を察して、素直に帰るディキンス。
「後はアルマン、引っ越し先やタイミングの検討については任せた」
「構わんが、俺か?」
アルマンの担当でもなんでもない分野だ。困惑するのも分からなくはない。
「今言うのもなんだが、この町の終わりが決まった時点で俺は町長を辞めるつもりだった。次の町長は順当に行けばアルマンだろう?新たな町を決めるのだから、その町長が決めた方がやり易いだろ」
「え!?」「そうなの!?」
と、アケミさんも含めて驚く。
「というか、多分付いて行かない。行くとしても勝手に後から行くだけだから、任せた」
俺は淡々と答えるのだが、アケミさんはオロオロしている。
「むぅ……。まあ、寂しいことだが仕方ないか。本当にいいんだな?」
「問題ないよ」
「……分かった。では、移転先についてだが意見のある者は出してくれ」
俺は、そっと席を立ち、その場を後にする。
ディキンスをそうさせたように、ここから先はもう俺にとって関係のない話だからだ。無責任なようだが、現行体制から変える必要のあることもあるだろう。そうした際に、前責任者がいると話しにくいこともある。
俺の行動に注目した職員もアルマン含め何人かいたようだが、特に声を上げることもなかった。それが答えだろう。
デクルを大事に思う者と、思わない者。その差だ。
「ちょっと、待ってくださいって」
部屋を出た俺に駆け足で追い付いてきたのは、アケミさんだ。室内に届かないよう声を潜めている。
「来たんだ」
「そりゃ来るでしょ!サンケタさんがこの町から離れるってことは私も離れるってことなんですから!」
潜めながらも、荒げたような声を出している。
「アケミさんは残っても良いよ?」
「……」
ベチーン!
「いったぁ……」
痛がるのは、もちろんアケミさん。
俺は声を出さずに笑う。
分かってて叩こうとしたアケミさんを一度抱きしめ、そのままお姫様抱っこをしながら、町長室の方へ向かう。いつまでも通路でヒソヒソ話しているのもおかしいし。
「サンケタさんってデクルみたいですよね」
しっかりと罠がないか確認してから、町長室へ入りアケミさんを降ろす。
よく言われるな、その言葉。今回は反論しようと思わないけどさ。
「……デクルを連れて行くからですか?」
「そんな感じかなぁ」
「何も言ってくれてなかったのは、その場で決めただけだから?」
「うん」
「嘘付き。私を試しましたよね?」
「うん」
「はぁ、もう……。この結末は、あなたのせいではありません」
「どうだろうな」
大局は変わらない。が、細かい部分では変わっていただろう。
俺一人でどうにか出来たのかは分からないが、失敗したという自覚はある。
「こんなことになるなんて誰も思っていませんでした。あの護衛を引き止めていれば、なんてたらればが頭をよぎりましたけど、意味のない過程です。ここに至るまで怒涛の展開で、私も正直心が付いて行けてません」
「それは違うなー」
「違う……?」
「パウラサ、どうせいるだろ」
「えっ」
パウラサが、上の部屋から降りてくる。かつて護衛がいた部屋からの登場。今は使われていないし封鎖しているはずだが、こいつなら関係ないのだろう。
「こいつに気付けなかった俺の負けだ。誰も思ってなかった?そんなことはない。こいつだけは分かってた。腹黒兎の面目躍如だな」
「それほどでもないわよ?察しが良いのは嬉しいけど、考え過ぎかしら」
「お前との付き合いが長かったせいだな」
「育んできた愛のたまものね?」
「……すいません、どういうことですか?」
「何も難しい事はない。こいつが悪戯をしたというだけの話だ」
「悪戯……?」
護衛と反冒険者に渡りを付けたのは恐らくこいつだ。ユグロコに風俗店作らせたのもこいつが煽ってそう。
旅行の行き途中から車に乗ってきたのも怪しいし、山脈からの襲撃もこいつが切っ掛けを作った可能性がある。そういう、はた迷惑な悪戯をやっていたことだろう。
「マンタスが言ってただろ、こいつ情報全部隠してたんだ。そんな、驚きの新事実ってほどじゃないぞ」
「ですが、それは長を辞めるためって話ですよね。それだけじゃないにしても、目的が分かりません」
「平和ボケしてんねぇ」
なんでパウラサの言っていることを簡単に信じるのか。
「目的なんていくらでも考えられるし、目的なんてなくたって構わない」
根本的なところで、マルエスの住人はデクルを動物やペットと考えすぎだ。モンスターもしくは害獣以外の評価を付けるべきじゃない。
第一に、種族が違う。人間の尺度だけで計ろうとするのはおかしいだろう。
「ほとんどはただの偶然の産物よ?どっちにしろこの町の寿命なんて大して変わらないわよ」
「そうだろうな」
結局は岩盤の浸食がある。これがある以上、どうにもならないのは確かだ。
どうにもならない結果が見えていたから、こいつは遊び始めたのかもしれない。
「お前みたいな奴相手だとシマは効果あったの?」
「関係無いわね。別に侵入する必要もないし」
「そうか」
シマみたいな危険な奴を許しているのは、番犬としての役目を果たすからという面がある。自宅に罠があり帰ることに手間がかかるなんて、本来やってられない。
こんな町の町長は恨まれることもあるし、そうじゃなくとも他のデクルに何かされるかもしれない。それなら決まった相手の罠の方がいくらかやり易い。
ジージみたいなクソ過ぎる罠を張るやつもいるしな。
もっとも、直接的なことをして来ないパウラサにはなんの意味もなかったようだが。
「今ってシマどこにいるか分かる?」
「家で罠でも張ってるんじゃないかしら?」
「まあ、そうだよな。ということで今ここで話しておくが、明日夜逃げするぞ」
「……え?」




