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39話


「シマちゃん置いてくってことです?というか夜逃げ?え?」

「うん、置いてく。行くのはこの三人」


 アケミさんは理解が追い付かないようだ。


「理由、って聞いても良いですか?」

「良いけど。アケミさん、毎日先に家帰ってみる?」

「あ、えっと……。そうなん、ですね」


 外敵の侵入は防げるけど、俺たちの侵入も防いでるから。特別番犬の意味がないのなら、普通にうざいしストレスだ。

 じゃれ合いの範囲で済むこともある。でもこっちの状態だったりを考慮してくれるわけでもないし、本当に疲れているのに厄介な罠を配置されていることもある。


 基本的に俺が先に帰るか一緒に帰るかだから問題ないが、もしアケミさんが一人で帰るようなら死ぬと思う。その状態を気にしてこなかったあたり、ネジが外れてる。


 さらに言うと、他の町であんなことをしていたらご近所さんに迷惑だ。受け入れられるとはとても思えない。


 もちろんシマを連れて行くメリットも多い。戦闘面では確実に役立つ。だがシマを連れて冒険者業や狩りをしたいかという話。

 毎回シマが積極的に働いてくれる保障もない。最近なら暴れたりないから動いてくれるだろうが、それを仕事にし始めたら今度は面倒に思えて来るだろう。危険な状態ならともかく、平時に連れて行く意味は薄い。

 パウラサが以前にした質問は、シマを選ぶ場合の条件を言われただけでしかない。


「あと、連れて行ったところでいずれパウラサに殺されるぞ」

「え!?じゃ、じゃあなんでパウラサちゃんを連れて行くんですか?」

「こいつを町から離すのが目的の一つだから」

「すいません、分かりません」

「こいつが町にいると、森からモンスターを連れてくるかもしれないんだよ。みんな殺されるよ?」


 教授たちはそれで殺されたわけだしな。

 チョトスの襲撃があるとしたら、一番可能性が高いのはパウラサによる誘導だ。


 固まり、唾を飲むアケミさん。なんだかんだデクル馬鹿だからな。害獣のトップを甘く見るのがおかしい。四桁選手だと言ってただろうに。


「な、なんでですか。それも悪戯ってことですか」

「悪戯ではあるんだろうけど、俺がこうやって判断するのを脅して急かしてたりもするのかな」

「私たち通じ合ってるわね!嬉しい、好き!」

「全然分かりません!説明お願いします!」

「今正に答え言ってるじゃん。こいつ、俺のこと好きなんだってさ。そういうことにして他の事したいだけかもしれないけど、とりあえずは俺と他の町に行くのが目的っぽい」


 ヤンデレみたいな感じかな?違うかもしれないし、違うと思いたいけど。

 パウラサからすると、ごく自然な発想の繰り返しなのだと思う。他人の命の価値なんて勘定に入らないんだから。


 岩盤の情報を隠していたのだって、パウラサからすれば当然のことだ。デクルの価値が落ちれば俺が冒険者に頼んで殺しの依頼をする可能性だってある。結果論だがマンタスの方が話しやすいし、パウラサを長に据え続ける必要はない。


「そしたら私は、私も?」

「アケミさん何かをする際に障害にならないし、殺したら俺が怒るから簡単には手を出さないんだよ。シマに対してだって、直接手を下すのは避けてるんだろうし。生贄の機嫌は最後までとっておくんでしょ。逆に俺の思い入れが深くなければどうなろうが気にしないってわけ」

「生贄だなんて、物騒かしら」


 言ってみれば現段階では殺されるのを恐れる必要はなくて、俺からの評価を下げられることに恐れる必要がある。

 嫌な感じだ。間接的にアケミさんを脅すようなことになる。そんな愛情なんて欲しくないので、もちろん言わない。


 俺は俺自身の思い入れが深くなくとも、死んでほしいなんて別に思わない。聖人のつもりはなく、どうしても助けたいってほどでもないけど、被害が少なく済むならそっちの方が良い。

 だからこの町を離れる必要があるし、シマも置いて行く。

 アケミさんは連れて行っても安全だと思うし、一緒にいたい。


「そんな無差別でもないのよ?ただ、この町にいると少なくともシマは邪魔じゃない?シマのせいでサンケタ疲れてるし、可哀そうだわ」


 そのために、じゃあ町を滅ぼそうって発想はどうかと思うけどな。


「……パウラサちゃんの前で言う事じゃないかもしれませんけど、本当に良いんですか?」


 今更になって、どれだけ害のある存在か気付いたらしい。


「うーん、ここまで来ちゃったらどっちにしろだから。俺は別に」


 シマ相手でもそうだったが、こいつ自体は有能だから何かしら利用法はある。それこそ俺とシマが協力して頑張るより、こいつ単体の方が強いわけだし。


「……本当に私が馬鹿でした。色んな事があり過ぎて、全然付いて行けてません。今は大人しくサンケタさんに付いて行きます」

「おっけー」




 家に帰ると当然罠があり、解除すると出迎えるのはシマだ。


 アケミさんは挙動不審だったが、そこはシマにも町の行く末についての話を聞かせ、そのせいで動揺していることにした。


 夜逃げと言ってもそれほど準備するものはないし、金さえあれば何とかなるものだ。少なくとも転生した際には一度全てを失っているのだし、大したことじゃない。魔法の袋だってあるから、気合い入れて準備したところで変わらないくらいだ。



 翌日は、有り金や貴重品を全部持ちながらも普通に出勤する。


 町長の仕事をアルマンに引き継ぎ、明日から俺がいなくなっても問題のないようにしておく。もしかしたら察するものもあるかもしれないが、言われたところで俺はすっとぼけるだけだし、アルマンもそれについては何も言わなかった。


 元からアルマンは副町長として俺の代理を務めることもある。引継ぎは最低限の確認ばかりですんなりと終わり、一息つく。


「……サンケタは、俺が上手く回せると思うか?」

「この町で最も頼りがいがあるのはアルマンだろ。頑張れ」

「出来るとは言わないんだな」

「俺自身、失敗したようなものだからな。俺に分かることなんてないさ」


 もちろん、デクルがいる以上は不可能だと思ってるが。町の運営が上手いも下手もない。


「開拓団だった頃とは違って、目的も不明瞭だし支援を貰える保障もない。場所の選定すら難航しているよ。アケミさんがいないのも正直痛い」

「俺よりもそっちの方が痛いだろうな」


 地理的なものはアケミさんの担当だったからな。まさに今必要な人員だ。


「それは違うぞ。お前が町長になってから、どれだけ頑張っているかは見てきたつもりだ。風俗街なんてみんなが難色を示している中、ほぼ一人でやってのけただろう。あれがなければとっくにゴーストタウンだ。財政的にも革命的な一手だった。最近の収入はすごいしな」

「丁度良くディキンスを見つけただけだ」


 現地民ながら、性根の腐っている転生者相手を良いように扱い金稼ぎをしようとしていたディキンス。すぐに有能な人物だと分かった。

 あと地味にニャンニャンもやり手。


「ディキンスさんも優秀なのだろうが、お前の貢献はそれどころじゃないだろう。謙遜するな」


 俺が町を出ることは知らなくとも、仕事としては最後かもしれないからと感謝してくれているのだろう。


「こっちこそアルマンには助かった。ほとんどの仕事は事務所の方に任せっぱなしで済んだ、楽な仕事だった」

「そんなわけないだろうに。……これは、今更だから言える話だが。お前はミサキさんが連れて行く予定だったのを、俺と元町長で必死に説得したんだ」

「モテモテだな」

「そうだ、モテモテだ。その結果、こちらが安定するまで貸してくれることになった。だが前町長が死に、お前しかいないとなって、完全にマルエスの町にいてもらうことになった。ユグロコの方も予想外に好転し安定したから、ミサキさんにも了承してもらえた。お前はそんな風に奪い合いになるくらい、優秀だったんだよ。町長になってからも割り切りがよく、嫌な仕事を買って出てくれた」


 褒めるつもりで言ったのだろうが、この話が良い話かと言うとどうだろうな。俺の意思が介在せず、物扱いだ。俺はひたすらイエスマンだったし、その性質上仕方ないのかもしれないが。


「サンケタには本当に感謝している。ありがとう」


 深々と、頭を下げられる。


「甘い汁吸ってただけだって」

「町が潤ったままなのに吸っていたと言われてもな」


 こっちはこんなムードでも、今も風俗街では多くの人が盛り上がってることだろうしな。


「じゃあ、そんな割り切りが良い元町長からのアドバイスだ」


 こうしてしっかりと感謝を伝えられた以上、俺も答えなくちゃな。


「嫌な笑顔だな……」

「ディキンスは間違いなく、元反冒険者たちの大半は置いて逃げるぞ。利用されないようにするか、一緒に作戦を立てるなりしろよ。あと、狂ってる家の奴等は絶対に見捨てろ。癌でしかない」


 喋れるデクルがいる狂った家は二件だけだが、デクル側に知恵がなくとも同じような状況になっている家はまだある。転生者はこっちの世界に対応し切れず精神が壊れることは珍しくもないが、例え自立出来る程度のものであってもデクルが付いて来る以上、厄介極まりない。


「……留意しておく」


 まあそもそも、デクルなんて全て置いて逃げるべきだからな。


「あ、そうだ」

「ん?」

「ちょっと手紙書くから十分くらい時間潰してて」


 俺は紙とペンで、一通の書置きを作る。


 書き終わるとそれを折り畳み、中がすぐ見えないよう封筒に入れ、戻って来たアルマンに渡す。


「仕事終わって帰ったら……いや、寝る前くらいに読んで」

「気になることをするなぁ。これを読んでいる頃には死んでいるだろう、とかやめてくれよ?」

「ないない。内容的には嬉しいもののはずだから、中を見る前に汚したりするなよ」

「嬉しいこと……?まあそう言うなら、楽しみにしておこう」

「そうしろ」


 今どこまでアルマンが察しているかは分からないが、内容を読めば間違いなく俺がすぐ町から出て行くことが分かってしまう。


 内容は、俺の家やシマをプレゼント。みたいな感じ。


「じゃあ、オレは仕事に戻る。しばらくは事務所の方が都合が良いしな」

「こっちはここでアケミさんを待ってるから、引継ぎ終わったら来るように言ってもらって良い?」

「分かった」



 そうしてアルマンは事務所に戻る。そして入れ替わりでパウラサが入ってくる。


「お前は持つ物ないの?」


 俺は魔法のリュックを用意しているが、パウラサはいつも通り裸一貫だ。


「お金はあるわよ?」


 と、どこからか魔法石を出す。ポロッとそれが出てきただけで、荷物をまとめる袋などはやはりない。


「シマは何だかんだ色々持ってるが、お前は何もないんだな」


 罠に使う各種道具はもちろん、お気に入りのクッションや毛布、爪とぎ用の木だったりを持っている。それらを纏めて入れておくための魔法の袋も、容量限界が少ないながらも持っている。


「じゃあ、これとか」


 と、これまたどこからか丸めたタオルを取り出した。

 タオルを開けると、鉄の棒……鉄串が出てきた。


「何それ」


 いや、俺が使ってるやつってのは分かってるが。


「森の中であなたが作ってくれた料理よ?美味しかったわ」

「必死に戦った直後のやつを、そう大事にされてもな」


 こっちは本気で殺すつもりでやってるってのに。

 いつだったか動いたせいで小腹が減ってたから、何かを焼いて食っただけだと思う。物珍しそうに見てきたから食いかけをあげた。今の今まで言われたことはないし、ほぼ忘れていた記憶だ。


「何に価値を感じるかなんて、人それぞれよ?私が大事だと思ったのなら、それで良いじゃない」

「まあ、そうだけど……」


 言われなきゃ思い出せなかったようなエピソードを突然持ち出されてもね。

 デクルにそんな趣味があるとは聞いたことがないし、俺をほだすために適当に持ち出したのか、変な癖があるのか。……どうでもいいか。


「お待たせしました」


 アケミさんも来た。


「良し、じゃあ挨拶して、行こうか」


 この職場を辞めるということで、最後に事務所でみんなに挨拶をした。


 アケミさんとリオンさんは泣いてた。


 会いたくなったらまた会えば良いんだし大袈裟だなぁ、と言ったらアケミさんに滅茶苦茶睨まれた。こっちはしばらく会えないの分かってるでしょ!と顔が言ってた。だからこそ大袈裟にしないで欲しいんだけどね。


 そうして感動のお別れを済ませると、そのまま町の南側の出口へ向かう。こっそり風俗街の方で依頼してあったカバ車が町の外で待機しているので、それに乗り込む。



「なんか、嘘みたいです」


 あまりにあっさりとした町との別れ。


 ただ住んでいただけではなく、俺たちで作り、盛り上げていこうと運営していた町。


「……そういえば、マルエスってどういう意味なんですかね?デパート?」

「さあね」

「気付いたら誰かが呼び始めてて、そのまま採用されたんですよねこの名前。不思議です」


 俺が勝手に使い始めた名前だからね。


「由来なんてどうでも良いんじゃない?何が大切かは自分で決めるものだって、こいつも言ってたぞ」

「……そうですね」


 都合良く引用する。


 こうした別れは、今回限りのものじゃない。また俺たちにとって新たな故郷とも呼べる場所に腰を据えられても、どうせいずれはモンスターたちに脅かされる。そのたびに悲観に暮れるようではやっていけない。


 だからこの別れは、悲しいものじゃない。むしろ新しい生活を楽しみにするべきだ。あくまでも、夢が膨らむ新たな旅立ち。



 希望へ向かうための、旅立ちだ。


お読みいただきありがとうございました。

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