36話
森の横で罠について、あーでもないこーでもないと話していると、森の方から気配が迫ってきたことに気付く。
「えっ!?どいてどいてー!」
見れば冒険者が中型のチョトスに追われている。木々を避けながら必死に走っているが、いかにもな魔法使いの格好で、三角帽子とローブが邪魔そう。三頭いるうちの一頭はもう追い付ていてしまいそうだ。
俺たちは十分な距離があったので、警告に従い道を開ける。
冒険者が追いつかれ危ない。そう思ったのと森を抜け切ったのはほぼ同時。そして冒険者が魔法を放ったのも同時だ。
魔法はチョトスに向けて撃たれたのではなく、進行方向。冒険者はその魔法に掴まり加速、そのまま上昇し難を逃れた。
目標への攻撃に失敗したチョトスだが、勢いは止まらない。しかも進行方向には俺の作った拙い拒馬がある。
「お?」
先頭のチョトスが思い切りぶつかり、拒馬に突き刺さりならが一回転した。拒馬ごと一回転し、拒馬は空中で一部分解されたので中々の迫力。
続けて走っていたチョトス二頭は、その残骸の一部を避ける。一頭は横に避け、一頭は跳躍して拒馬を避けた。
「飛んだにゃ!」
重々しい図体のくせに、華麗な跳躍だ。森の中ではあまり発揮されない力なのだろう、シマも驚いている。森の中では穴や根を避けるにしても、ここまで高くジャンプする必要はないもんな。
目標を見失ったチョトスは狙いをこちらに変える。空中にいる冒険者が慌てているが、チョトスの接近の方が早い。
俺に迫る一頭に鉄串を投げる。目を狙ったが軽く顔を動かされるだけで弾かれる。だが視界が不安定になったその隙に跳躍し、チョトスの上をとる。
逆さに持ったステッキ、ハンマーの頭で思い切りチョトスの背部を叩く。
「グモァ!」
そこそこのダメージは入っていそうな鳴き声をあげたが、粉砕には至らなかった。接触カ所の肉を千切るくらいは出来ると思ったのだが、固い。そういう個体なのだろう。
もう一体のチョトスは、何故か拒馬の一部だった尖った丸太に刺さっている。恐らくパウラサがやったのだろう。
俺を狙うチョトスは旋回した後再び俺へ突撃……する前に、旋回の際に速度が落ちたところを狙って、空中の冒険者が武器を構えて急速落下。上部からチョトスを突き刺し、血しぶきが広がった。
「すいません!大丈夫でしたか?」
「大丈夫ですよー」
不慮のモンスタートレインは度々起こるものだ。こちらに被害がなかったわけだし責めるつもりはない。
「良かったー、狩人さんですか?」
「いや、町長をやってます。多少の心得はあるので」
「あ、そうなんですか。何にせよ良かったです。本当にすいませんでした」
「むしろ好都合だったくらいですよ。あれのテストになりました」
分解された拒馬を指す。本当にナイスなタイミングだった。作り途中なら多少は怒ったかもしれない。
「そう言っていただけると助かります。町で何かやっているんですか?森の中にもいましたし。今日は狩りを控えた方が良かったりします?」
「森の中は地質調査みたいなものですね。近付かないようにしてもらえば問題ありません。こっちはほとんど遊びですので気にしないで構いませんよ」
「分かりました。そっちの二匹……じゃなくて二人も、すいませんでした」
「匹でいいぞ」
人間と対等な関係のモンスターの呼び方は微妙なところだ。気にするやつは気にする。
「謝られても困ってしまうわね」
常習犯だもんな。この人と違って故意だし。
チョトスは売ればそこそこの金になるが、解体や持ち運びもする気がなかったのでそのまま冒険者に譲った。
「跳んで避けられることもあるんだなー」
「着地予想地点にもう一個置けば良いだけにゃ」
まあそうかもしれない。だが塹壕にしろ拒馬にしろ、避けられる可能性があるのは確か。
何か少しずつ詰められてきている気がしてしまう。案を用意するごとに否定される不快感。もう諦めろと言われているようだ。
「野暮用済ませて帰るか」
これ以上テストしたいこともない。鋭いシャベルでチョトスを解体する冒険者を横目に、その場を去った。
◇
本日の仕事は、いつもと違い事務所にほぼ全職員が集まり会議をすることとなった。
珍しく、というより初めてディキンスもいる。顔の傷や娼婦然とした格好に驚く者もいたが、町の東側の現状を考えればそうしたことに詳しい者がいるのは自然なことである。各々ですぐに理解して、言及するようなことはなかった。
それにディキンスよりもおかしな存在、職員でない者もいる。現デクルのトップであるマンタスだ。複雑な面持ちで席でお座りをしている。
必要な者全員が揃っていることを確認して、会議を始める。
「アケミさん、まずは調査結果を」
「はい。既にご存知の方もいると思いますが、このマルエスの地下は現在岩盤が土を浸食し、広がっている状態にあります。地下五十から七十センチより下が岩盤になっています。盛り上がってきているわけではなく浸食という形ですので、外見上変化はなく気付くのが遅れていました」
土が岩に置き換わっていく。改めて考えても意味の分からない現象だが、意味を考えても仕方がない。
「既に土に埋まっている物に関しては変化がありません。地中に埋めた基礎や杭は、むしろ岩盤に取り込まれることとなり、より強固に機能しているものと思われます。もちろん、一度ズレてしまえば修正は難しい状態になっています」
魔法でサクッと作ることが多いため、建物を建てる際にも地中を確認することは少ない。
さらにこの町は人口が減る一方だったので、新たな建物を建てるということもあまりなかった。もしかしたら気付いた者もいたかもしれないが、たまたまそういう場所を見ただけだと思ったのだろう。
「この広がりの起点は不明ですが、北側が岩石地帯であるためそこからであると考えるのが自然かと思います」
俺は既に家で聞いているが、本題はここから。
「また、この岩盤は町から森にかけても既に広がっており、森に入り約五十メートルのところまで同様に浸食されていました。森の南北により差はありますが、一割以内の差です」
職員たちの眉間に皺が寄る。
「それ以上離れた場所では、更に五十センチ深い位置。つまり一メートルから一メートル二十センチの位置に岩盤があります。徐々に深くなるわけではなく、境目には段差が確認されました。これらの岩盤は北側にある岩壁と同様に非常に固く、穴を掘るには非常に手間が掛かります。以前予定していたトンネル工事とは、わけが違います」
やはり塹壕による防御は期待できない。
「ここからは推測になります。これらの岩の浸食は岩石ゴーレムなどの発生環境に類似した変化です。岩石系のモンスターが発生し始める可能性があります。また、森が地下の異常を関知し対応を始める可能性もあります。ウッディアンの活性化、それに伴う新たな環境変化の可能性も高まります。現在のところウッディアンは微増の傾向にあるようですが、まだ誤差の範囲内です。以上が調査報告となります」
このウッディアンというモンスターも、くせ者だ。
木人とも呼ばれ種類は多岐に渡るが、木そのものが動くようなモンスターである。現在デクルの森にいる木人は少数かつ雑魚でしかなく誰も気にしていないが、森に問題が生じると森を守ろうと活性化し、亜種が産まれることがある。
単純にステータスが少し上がるくらいなら良いのだが、知性を獲得すると一気に無視できない存在になる。
これは木人が『木であり森そのものである』という性質が強く働くためだ。
知性を持った木人は、容易く森全体を把握する。森を侵す存在を認めると、それを排除するため適格に新たな木人を発生させ、森内部のモンスターを誘導することがある。つまり、意図的に大規模なモンスターの襲撃を引き起こせる。
これにより、森が危険ならば森を消す、燃やす、ということが簡単には出来ない。少なくとも町の隣に存在するデクルの森を今更どうこうすることは出来ない。もっとも、それがなくともマルエスの戦力でそんなこと出来るとは思えないが。




