113. 救児院 1
書籍第1巻の発売まで、あと二日!
ですが、早くも入荷している書店さんが一部あるようです。入手報告も届いており、ドキドキしています。
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「⁉︎ なにかあったの⁉︎」
「にぃに……」
「ククク……」
窓の外を歩く人々から、ジロジロと煙たがるような視線を向けられる。僕は不安そうにお腹に抱きついてきたリュカの背中を撫でた。
「坊ちゃん方。どうも、すみません。人とぶつかってしまいまして……」
中窓越しに、御者がぺこぺこと頭を下げる。
「人と? けがは?」
「それが……意識を失ってるのか、まったく動かないんです」
「えええ⁉︎」
(こういう時、どうしたら良いんだろう? 救急車……ってそんなものないし)
あたふたしている僕を尻目に、意外にもチボーとグルマンドは冷静だった。
「徒歩と同じ速さの馬車とぶつかって意識がないなんて、あからさまに変っすね」
「むふふん。避けようと思えば避けられますしねえっ。それに今のところ馬も落ち着いた様子ですから、下手をすれば当たり屋かもしれませんっ。むふっ」
(当たり屋……⁉︎ わざと馬車にぶつかって金をせしめようするっていう、あの?)
そんなことが実際に起きるなんて、にわかには信じられない。
「護衛のオレは、坊ちゃんたちの安全第一っすから。そばを離れるわけにはいかないっす」
「むふんっ。では、私が行ってみてきましょうっ。坊っちゃま方は、大船に乗った気でお待ちくださいっ! むふふん」
そう言うと、グルマンドはお腹の脂肪をつかえさせながら、やっとことさ馬車を降りる。
(大丈夫かな……?)
僕たちの馬車が止まってしまったことで、後ろの馬車も巻き添えを食らい、にっちもさっちも行かなくなってしまったみたいだ。苛立った様子の御者らしき男が、ツカツカと歩いてきて僕たちの馬車の御者に怒鳴っている声が聞こえる。
ついには、警邏まで近づいてきて、窓をコンコンとノックした。
「失敬。お名前を伺ってもよろしいかな?」
チボーが応対しようとしたとき、グルマンドが警邏の後ろからひょこっと顔を覗かせた。何か困った状況なのか、見事に眉がへの字になっている。
僕たちの視線に気づいた警邏も、後ろを振り返った。
「むふー……。坊っちゃま、どうしましょうっ! 倒れているのは、うら若き修道女なのですっ!」
♢
ガタゴトと馬車を揺らしながら、僕たちは西の町外れにあるという修道院に向かっている。僕は五歳のリュカをお膝にのせ、そろそろ足が痺れて攣りそうだ。
対角には、ぐったりした修道女が窓にもたれかかるように座っている。二十代はじめくらいだろうに、顔色は真っ青で唇はカサカサ、頬もこけて修道服の上からもわかるほど線が細い。なんだか栄養が足りてなさそうな雰囲気だ。
「いやー。まったく起きないっすね」
「むふん。修道院で身元がわかれば良いのですがっ。むふっ」
「にいに。おねえさん、だいじょうぶ?」
「クククー?」
「うーん。どうだろう……。とにかく、早く治療師に診せた方がいいね」
僕はリュカの白くてすべすべのほっぺを両手で挟む。やっぱり、このくらいもっちりもちもちしている方が健康的で良い。
「きゃあ〜。にいに、くすぐった〜い!」
無意識にむにむにとほっぺを揉んでいると、リュカが甲高い声で笑った。癒される。
(それにしても……)
あのあと、本当に大変だったのだ。
倒れていたのが妙齢の女性とあって、男たちは近寄ろうとせず、遠巻きに様子を伺うだけ。人助けだとしても、みんな下手に女性の体に触れて、悲鳴を上げられたら困ると思ったのだろう。
外からは身元を示すようなものは見当たらず、近くには知り合いらしき人の影もない。早い話が詰んでいた。
馬車ももう移動をしなければ、いよいよ大渋滞になってしまう。かと言って倒れている女性を見捨てるわけにもいない……と困っていた僕たちに、警邏のおじさんが「ここらへんに修道院は一つしかない。あなたたちが責任を取って、送っていってくれ」と面倒臭そうに宣ったのだ。
お姫様抱っこでさっさと女性を馬車に積みこんだ警邏に、それで良いのかと思う。
とは言え、僕たちは周囲の厳しい目線に拒否もできず、こうして馬車を走らせていた。
「……なんか、ここらへん、下町っぽい感じだね」
僕は高級感漂うダウンタウンから、ガラッと印象が変わった通りを見やる。
主婦や子どもたちといった人通りがあって賑やかではあるけれど、建物の外壁がところどころ崩れていたり、路地の間に襤褸が垂れ下がっていたりと雑然としていた。
「むふふん。もう少し西へ西へと行くと、貧民街があるのですっ。むふっ」
「貧民街、か……」
グルマンドの言葉に、僕はなんとも言えない気持ちになる。
そのうち、馬車はゆっくりと速度を落とし、薄茶けた古い建物の前で止まった。ちょうど中央に玄関ホールがあり、左右対称の造りをした二階建ての建物だ。どうやらここが修道院らしい。
御者がしつこくドアノッカーを叩いて、何度目かにしてやっと反応があった。
「はい。どなたかしら?」
「ちちゅた、おきゃくちゃま!」
「ぉきゃくたま〜!」
「あっきゃあ〜」
赤ちゃんを抱きかかえた女性が、扉を開ける。その足元から、わらわらと小さな子どもたちが姿を現した。僕たちが珍しいのか、興味を隠せない無邪気さがかわいらしい。
馬車を降りた僕たちは、改めて女性と向き合い……内心、驚いてしまった。
(このひと、本当に修道女……? 貴族の娘じゃなくて? それに……)
濃い鼠色のワンピースに黒のベールを纏ったその女性の髪は、きちんと手入れのなされた繊細でまばゆい金髪だった。質素な装いなのに、凛と伸びた背筋や指先から隠しきれない高貴さが滲む。
ただ、異様なのはその顔だった。
怪我あるいは病によるためなのか、女性は顔をすっぽりと覆うガーゼマスクのような包帯をつけているのだ。
息を飲んだ僕たちに、春芽のような淡い緑の瞳が優しく微笑んだような気がした。




