112. 王都観光
今週末、12月14日に本作の第1巻が発売予定です。あと6日でみなさまのお手元に届くのかと思うと、ドキドキです。
活動報告に見本誌の画像をアップしたので、よろしければチェックしてみてください。
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――おうちかえりたい
泣きながらそうつぶやいたリュカは、すっかり里心がついてしまったようだ。鼻をぐすんぐすん言わせながら、僕のシャツをギュッと握る小さな手に胸が締めつけられる。
気持ちは今すぐヴァレーに帰りたいところだけど、まだあと一〜二ヶ月は王都に滞在しないといけないのだ。
「リュカ、おうちに帰るのはまだもう少し時間がかかるんだ」
「……なんかい、ねんねしたら、おうちかえる?」
「うーん。少なくてもあと三十回かなあ。十が三つだよ」
「さんじゅっかい……いっぱい……」
まだ十までしか数えられないリュカが、腕のなかでしょんぼりと肩を落とした。僕はゆらゆらと揺れながら、リュカの背中をトントンする。赤ちゃんの頃からこうするとリュカは安心するようで、ぐっすり眠ってくれたものだ。もう癖になっている。
「そうだな。にいに、明日はお休みだから、リュカの好きなことをしよっか」
「……ほんと?」
「うん。リュカは何がしたい?」
ここのところ満足に構ってあげられなかった罪滅しを兼ねて僕が提案すると、リュカは僕の胸に顔をぐりぐりと擦りつけて涙を拭いた。……涙どころか、鼻水までついているような気がする。
しばらくして、何やらを思いついたらしいリュカは、もじもじと小声で僕に言った。
「あのね、ぼく、にいにと、ずーっといっしょがいいの」
そんなかわいいことを言う弟が、僕はいじらしくて愛しくて仕方ない。僕はリュカと、コツンと額を合わせた。
「もちろん。お部屋でゆっくりする? それとも、どこかお外に遊びに行く?」
「にいにと、おでかけする!」
ぱっと顔を明るくしたリュカが、えへへと笑った。かわいい。
「いいね。どこに行こっか? 王都だと……やっぱりダウンタウンとか、川や湖かな?」
この王都は、川を挟んで大きく二つのエリアに分かれている。西には庶民街が、東には王城や貴族街があり、さらに南には川から水が流れ込んだ湖が広がっていた。特に湖は、王都の人たちにとって憩いの場になっているらしい。
「みじゅ、みずうみ、おさかな、たべれる?」
「多分、食べられるはず?」
「むふふふん。そういうことでしたら、私おすすめのレストランをご紹介しますっ! むふっ」
すっかりいることを忘れていたグルマンドが、ここぞと主張した。食いしん坊の調理長がおすすめする店なら、期待が持てる。リュカの青い瞳もきらんと輝いた。
「おさかな、たべる!」
(いつの間にか目的が僕とお出かけから、魚を食べるに変わってそうだけど……)
なにはともあれ、笑顔が戻ったリュカに僕は安堵の笑みをこぼしたのだった。
♢
翌日。お昼より少し前に、僕たち兄弟・グルマンド・チボーの四人で貸馬車に乗り込む。
おじいちゃんやおばあちゃん、テオドアさまを誘ってみたものの、先約があると断られてしまった。
子どもだけで外出はできないのでどうしようかなと思ったら、王都の高級料理店で修行を積んだ経験のあるグルマンドが、案内を買って出てくれた。とても助かる。
さらには念のため、護衛としてチボーも一緒に行くことが決まった。あくまでもお忍びでのお出かけなので、チボーは目立つ騎士服ではなく、革製の簡素な装備を纏っている。
「しゅっぱーつ!」
「クククー!」
走り出した馬車に、リュカとメロディアがはしゃいだ声をあげた。お尻が弾むように浮かんでいて、和む。
馬車は貴族街を抜け、キングス大橋を渡る。ダウンダウンを横目に見ながらぐるっと大回りすると、湖にたどり着いた。王都と言ってもこじんまりとしているので、歩いて回ってもそう時間はかからないらしい。
「懐かしいですねえ。こちら側の湖岸は、夏の夕暮れともなると恋人たちの聖地になるのですよっ。むふっ」
「へー、オレたちには縁のないことっすね!」
「ええ……。大変、残念なことに……。むふふん……」
自分で言っておきながら落ち込んでいるグルマンドとチボーに、僕はやれやれと肩をすくめる。
構わずリュカと手を繋ぎながら湖岸を歩くと、爽やかな水の匂いと風が心地良かった。ただ……。
「にいに、とりさん、いっぱい……」
「ククク……」
リュカが青い瞳をまんまるに開いて、驚いている。それもそのはずで、湖面には夥しい数の白鳥が泳いでいた。白鳥の湖なんて、見かけだけは優雅だ。見かけだけは。
「クワァーーー!」
「クェェェエエエ!」
実際は、そこかしこから姦しい鳴き声がする。会話の声すら聞こえづらいような声量だ。中には、翼を大きく広げて威嚇のようなポーズをとる白鳥もいる。
「『やんのか、こらー』『いてまうぞ』?」
「リュカ⁉︎」
リュカのかわいいお口から、衝撃の言葉が聞こえて僕はギョッとした。
「う?」
リュカのきょとんとした顔を見るに、どうやら意味はわかっていないらしい。ただ聞こえてきた言葉を言ってみただけのようだ。
「……それは悪い言葉だから、もう言っちゃだめだよ?」
「は〜い」
(まさか、優雅そうに見える白鳥のガラが悪いなんて)
しかも、どうやら喧嘩っ早いらしい。衝撃の事実だ。
湖面ではなく、堂々と道沿いを歩く白鳥が太々しく見えてくる。僕たちは触れられそうなほど近づいてくる白鳥をおっかなびっくり避けつつ桟橋を歩くと、ようやく先端に到着した。
「むふふ。ここが私おすすめ、桟橋レストラン『白鳥の湖』ですっ!」
レストランの入り口に立つ店員に案内され、僕たちは湖が目の前に広がる席につく。十数卓ある客席は、ほぼ満席状態だ。賑やかな活気に溢れている。
デッキの中央には大きな庇のかかった野外キッチンと水槽があり、壁がないおかげで料理人たちが腕を奮っているのがよく見えた。悠々と魚が泳いでいる水槽は、もしかして生簀なのだろうか。
「いやー、オレまで一緒に良いんすか?」
「湖の上で何かが起こるわけないし、みんなで食べた方が美味しいからね」
「ね〜」
「クク〜」
そう言いながら店員に渡されたメニュー表を見るけれど、文字だけではいまいちどんな料理かピンとこない。イラストを描いてほしい。
首を捻った僕に代わって、グルマンドがあれこれと注文してくれた。グルマンドに胃袋を握られている僕とリュカに文句なんてない。どんな料理が出てくるか、楽しみだ。
「お待たせしました。『花畑サラダ・赤ベリーソース添え』でございます」
店員が大皿でサーブしたのは、可愛らしいサラダだった。赤ベリーソースの海に、白身魚・葉物野菜・ルッコラ・ラディッシュ・赤ベリー・たんぽぽの花などが散らされている。赤・白・緑・黄色と、彩り豊かで目にも楽しい。
「「「「いただきます」」」」
一席につき一人専属の店員がついて、一人ずつ取り分けてくれる。さっそく口に運ぶと、春らしい甘酸っぱい香りが鼻を抜けた。野菜のほろにがさや辛み、塩味の魚の旨みと、いろんな味が感じられる。
「おいしい!」
一皿目から魚を食べられて、リュカはぱあっと顔を輝かせた。この調子だと、葡萄よりも魚の方が好き、なんて言い出しそうだ。
「リュカは葡萄と魚、どっちが好き?」
「ぶどー!」
「葡萄が一番で、魚は二番目?」
「うんっ!」
どうやら僕の杞憂だったらしい。でも、好きなものや食べられるものが増えるのは良いことだ。
グルマンド曰く、獲れる魚は竜鱗湖とそう変わらないけれど、味付けや料理方法がその土地好みになっているらしい。竜鱗湖やプレーリーはどちらかというとあっさりした味付けが好まれて、王都では手の込んだ多種多様なソースを使った料理が好まれると言う。
「城のお膝元で舌が肥えた貴族も多いですから、洗練された複雑な味わいが歓迎されるのですよ。むふふふん」
「なるほど」
その言葉の通り、簡単な前菜でもとにかくソースが凝っていた。
じっくり甘く煮て冷やしたポロネギ・セロリ・カリフラワーには、ほんのりミントがすーっと香るビネグレットソースがたっぷり。前世でいうフレンチドレッシングみたいなソースだ。野菜嫌いのチボーでもパクパク食べられるくらい、まろやかな酸味で美味しい。
ソースを残すのがもったいなくて、ついついパンが進んでしまう。
さらに、メインの魚料理はドーンと大きな白身魚の丸焼きだった。その全長は、僕の指先から肘くらいまである。
「おっきい!」
「クックク!」
目をぱちくりさせたリュカが、水槽を指さして言った。
「にいに、これ、あのおさかな?」
「ククク?」
「え、どうだろう……?」
「おや、よくお分かりになりましたね」
給仕をしていた店員があっさりと真実を告げる。
(やっぱりあの水槽、生簀だったのか……)
泳いでいる魚を見ながらローストされた魚を食べるのは、なんとなく気まずい。そんな感想を抱いたのは、僕くらいらしい。食いしん坊なリュカたちは、今にもよだれを垂らしそうな顔でこんがり焦げ目のついた魚を見ていた。
「こちらの魚料理には、当店自慢のショロンソースをつけてお召し上がりください」
綺麗に切り分けられた切り身に、オレンジ色のもったりとしたソースが添えられている。
すすめられた通り魚と一緒に頬張ると、深みのあるコクと風味が一気に押し寄せた。一口では複雑すぎて言葉に言い表せない味だ。
(ん? この魚、単なるローストじゃなくて、お腹に詰め物がされてるんだ! みじん切り野菜やパン粉が魚の旨みを余さず吸ってる。それにこのソース、マヨネーズっぽいんだけど、オイルじゃなくてバターを使ってるのかな? 濃厚なコクと、ハーブの上品な香りがグッとお洒落なソースだ。美味しい……!)
僕ははじめて食べる料理に唸りながら、舌に集中する。その間にも、リュカたちは競うようにおかわりをしていた。
気がついた時には、あんなに大きな丸ごと一匹の魚も、骨だけ残してすっかり食べ尽くされた後だった。
「肉もうまくて好きっすけど、魚もいいっすね!」
「おさかな、おいしっ!」
「むふふ。リュカ坊っちゃまは、本当に魚がお好きですねっ。普段のお食事も、もう少し魚料理を増やしましょうか? むふっ」
「やったー! シェフ、ありがと!」
昨日泣いたことなんてすっかり忘れて、リュカはにっこにこの笑顔だ。気分転換ができたようで、良かった。
(美味しいごはんで自分の機嫌を取れるなんて、よく考えればリュカってすごいのかも?)
兄ばかな僕は、そんなことをふと思う。
そのあとはハムとチーズを挟んで揚げ焼きした、仔牛の薄いカツレツをいただく。サクサクした食感に、きのこたっぷりのシャンピニオンソースが絡んで、リュカたちは二枚、僕は三枚も食べてしまった。齧りつくと、とろりとチーズが溢れだすのがいけない。
締めのデザートに、ヌガーみたいな胡桃のフィリングが包まれた手のひらサイズのタルトを食べると、もうお腹いっぱいだった。
♢
帰りぎわに少し湖岸を散歩して、白鳥たちに餌をやってから、馬車に乗り込む。
せっかくなので、いつも横目に見るだけだったダウンタウンを走ってもらうことにした。……のだけど、僕はすぐに後悔することになる。
「……全然、進まないっすね〜」
「のろのろ」
「クククク」
「これは……、歩いた方が早いかも?」
「むふん。久しぶりの王都がこんなに賑やかになっているとは、夢にも思わず。ほんっとうに、申し訳ありませんっ! むふっ」
ダウンタウンは一本道で、馬車二台が通り過ぎても余裕があるほど、道幅の広い大通りだ。左右には三階建ての建物が整然と並び、高級ブティックのような雰囲気を醸し出している。ただ、いかんせん人が多すぎるのだ。
馬車が走っているのも構わず、歩道から大きくはみ出て歩いたり、カタツムリのように走る馬車と馬車の間を平気で横切る。うっかり轢いてしまいそうで、危ない。
(うわー。これじゃ、事故が起きてもおかしくないよ)
僕はカーテンをめくり、窓の外を見た。従者や侍女を連れて買い物を楽しむ立派な身なりの人もいれば、靴磨きに精を出す少年もいる。きっと物乞いなのだろう、通りすがりに帽子を差し出しながら歩く人や、警邏らしき制服の男もいたりと、目まぐるしい。
と、その時。ドンッという軽い衝撃とともに、馬車が完全に止まった。
■ 雑談
・今週はできるだけ更新を頑張る予定です
・一巻の書籍化作業で三歳のリュカを書いていたので、久しぶりに五歳のリュカを書くと「あれ?」と違和感が……。勘を取り戻しながら、書いております。





