111. 帰りたい
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王都に到着したその日。
僕たちは貴族街の一角にある、ヴァレー家のタウンハウス前にいた。
縦にも横にも広いヴァレーの邸とは違い、こちらは縦に細長い左右対称デザインの四階建て一軒家だ。
おじいちゃんいわく、授爵が決まったのを機に、今回の王都訪問を見越して購入したらしい。王都での滞在期間中は、このタウンハウスに住むのだそうだ。
(宿暮らしか良くて賃貸かと思ったら、まさか購入してたなんて……。年に一回来るか来ないかくらいなのに、もったいない)
庶民感覚が抜けない僕は内心そう思ってしまったけど、基本的にはヴァレー家の関係者が商談で王都を訪れる際に、宿代わりに貸し出すと聞いた。
それに、ヴァレー家の財力を示すことも大切なのだとか。
(貴族は見栄が大事、ってことかな……)
僕とリュカは馬車から降りて、室内に足を踏み入れる。
室内は全体的に上品で落ち着いた印象の内装だ。
ホールや通路の天井には、花の蕾のような形をしたシャンデリアがぶら下がっている。
さらに、棚に置かれたガラス製の卓上ランプが臙脂色の壁を照らして、嫌味ではない高級感を演出していた。
「わあ~~~。にいに、ぼく、たんけん、したい!」
「ククク!」
好奇心いっぱいにはしゃぐリュカとメロディアの第一声が、あまりにも予想通りすぎて僕は笑ってしまった。
「探検って……。二〜四階は客間や寝室だって言ってたから、一階くらいしか見るところがないよ?」
「うん! あと〜、ちゅうぼうが、みたいの!」
「クク!」
(はは〜ん)
長いことリュカの兄をしている僕にはわかる。食いしん坊のリュカはおやつをねだりに、厨房に入り浸るつもりなのだろう。
そのためにも、探検にかこつけて厨房の場所を把握しておきたいのだ。
(ずいぶんと知恵がついて……)
僕はやれやれと肩をすくめつつ、リュカと手を繋いでまずは一階を見て回る。
一階は居間と食堂の二部屋だけ。生活に必要な家具は揃っていて、コンパクトながらも居心地は良さそうだ。
続いて、薄暗い階下に降りる。一階に厨房がないなら地下かと考えたのだけど、案の定、狭い通路の奥に厨房があった。
夕方の厨房は、さながら戦場だ。
調理長のグルマンドが忙しなく指示を出しながら、手を動かしている。夕食の時間に間に合わせようと必死なのだろう。
「リュカ、厨房はここだよ。見ての通り、時間によっては忙しくて相手にしてもらえないからね。それに、地下は暗いし狭いし物も多くて危ないから、一人で来ちゃだめだよ? 約束できる?」
「できるもん!」
「クク!」
僕は自信満々に頷いたリュカとメロディアの頭を撫でる。ちょっぴり信用に欠けるな、なんて思いながら。
♢
忙しい日々が続き、早くも二週間が過ぎた。
この二週間、おじいちゃんやおばあちゃん、そして僕も授爵の準備や社交と予定が目白押しだった。
王妃の後見があるヴァレー家は、いまや大注目だ。おじいちゃんとおばあちゃんは連日夫婦であちこちから招待を受けている。
成人したばかりの僕は、いきなり大きな集まりには参加できない。まずは、おばあちゃんが厳選してくれた招待制のお茶会から徐々に交流を広げているところだ。
(思ってたよりもマナーに寛容というか、決まりが少なくて助かった)
もちろん最低限のマナーというのはあるけれど、アグリ国は地方ごとの自治が認められているせいか、形式的な儀礼よりも実用的な交流を重要視するお国柄らしい。
そのおかげで、なんとか僕でもこなせている。
(でも、早くヴァレーに帰りたいなあ……)
そう思ったところ、僕はふと自分が自然と『帰る』と思っていることに気がついた。
いつの間にか、僕にとってヴァレーは帰る場所になっていたのだ。生まれ故郷であるソル王国の、あの家ではなく。
ヴァレーはきっと今頃、早熟な品種の蕾が早くも綻び始めた頃だろう。
朧げな青空に向かって、可憐にけれど力強く咲く白い花。その花をかき分けるように、丁寧な世話を欠かさない小作人たち。
王都は煌びやかで都会的だけど、そんな自然と共に大地に根づくヴァレーが僕は恋しかった。
僕ですらそうなのだから、五歳のリュカはもっと感じるところがあったはずだ。
「ルイ坊ちゃん! 申し訳ありません! リュカ坊ちゃんとメロディアの姿が見えないのです……! 少し目を離しただけなのに……!」
「えっ!」
ちょうど僕が外出から帰宅した時。
階上から転がるように降りて来たお仕着せのメイドが、真っ青な顔をして訴えた。兄弟の多い大家族で育ったという理由で、リュカの子守りを任されていた年若いメイドだ。
その言葉に、慌てて手分けしてリュカとメロディアを探す。
(さすがに、一人で外に出る子ではないはず……。なら、可能性が高いのは……)
僕が真っ先に厨房に向かうと、リュカは作業台の端にちょこんと座ってパイをもぐもぐと食べていた。メロディアも作業台に乗って木の実をカリカリ齧っている。
泡を食ってやってきた僕に気がつくと、リュカとメロディアは明らかに「しまった!」という顔をして僕を見た。
リュカの前に座ってお茶を飲んでいたグルマンドも振り向き、困り眉で僕に言う。
「むふんっ。ああ、ルイ坊ちゃん、申し訳ありませんっ! リュカ坊ちゃんがここにいると、ちょうど人を知らせにやろうとしていたところなのですっ」
「グルマンド……。むしろ、リュカとメロディアが邪魔をしてごめん」
「いえいえいえっ。とんでもありませんっ。むふっ」
リュカは座ったままの状態で膝に両手をつき、俯いている。顔は見えない。メロディアも作業台に顔を突っ伏して、反省のポーズだ。
僕は床に片膝をついて、リュカの肩に手を置く。
「リュカ……。ここには一人で来ちゃだめだって、にいにとお約束したよね? メイドが探してたよ。なんで黙って来ちゃったの?」
僕は心配はしたけど、怒っているわけじゃない。でも、悪いことは悪いと伝えないと。そう思って、僕はリュカに優しく尋ねた。
「ひっく、ぼく……さみしくなっちゃったの……」
「ククー……」
小さな背を丸め、呟くリュカ。リュカの瞳からぽたりぽたりと涙がこぼれ落ちて、ズボンにいくつもの染みを作っていく。メロディアが心配そうにリュカに寄り添う。
幼いリュカが隠していた寂しさに、僕の胸が締め付けられた。
「ぼく、ごさいだもん。めろちゃんと、おるすばん、できる!」とケロッと平気なように言っていたリュカだけど、まだまだ甘えん坊だ。
それがわかっていたからこそ、できる限り朝夕はリュカとの時間を取るようにしていたのに。もっと早く気がついてあげるべきだった。僕は兄失格だ。
(ヴァレーは使用人も多くて常に誰かに構ってもらえたし、保育園に行けばお友達がたくさんいたから……。かといって、リュカを一人ヴァレーに残して、王都に来るわけにもいかなかったし……)
リュカの体だけではなく、心も守りたいのに。どうにも、ままならない。
震えるリュカが僕の首に両手を回して、ぎゅっとしがみついてきた。そのお尻を持って、よいしょと抱き抱える。骨盤にしっかり乗せないと、もう抱っこできないくらいリュカは重くなった。
「にいに……。ぼく、おうちかえりたい……」
「そうだよね……。にいにも、帰りたいよ」
葡萄畑に囲まれた町、ヴァレーの家に。
■ お知らせ
活動報告も書きました。
書影と発売日公開!/祖父母をたずねて家出兄弟二人旅
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