110. 王都到着!(おまけSSつき)
「──いに……にいに!」
「ククク!」
いまは前プレーリー子爵の邸宅を出発して、王都へと向かう道すがらだ。
しばらく続いた草原をやっと抜けたと思ったら、今度はだだっ広い穀倉地帯をまっすぐ進んでいる。
(種まきは終わったあと、なのかな? ところどころ芽が出てる……)
ここら一帯は起伏がほとんどない平地みたいで、王都にも湖のあるプレーリーにも近い。つまり、荷運びにも水源にも困らないから、作物を育てるには絶好の場所なのだろう。
「もう、にいに!」
「ククク!」
馬車の外を眺めながら、ぼんやりと取り留めないことを考えていた僕は、リュカとメロディアの呼びかけではっと我に返る。
「ごめん、リュカ、メロディア。なあに?」
「むーっ。にいに、これたべて!」
「ククーっ!」
「んぐっ!?」
リュカが僕の口に半ば無理やり押し込んだのは、一口サイズのチーズボールだった。
刻んだビスケットと干し葡萄がたっぷり入っていて、サクサクっとした軽い食感と酸味のある甘じょっぱさがちょうど良い。
「にいに、おいしい?」
「もぐもぐ……ごくん。おいしいけど……これは、リュカのおやつでしょ。リュカが食べて良いんだよ?」
「ううん。いいの!」
リュカはそう言うと、ランチボックスからチーズボールをもう一つつまみ、「あ〜〜〜ん」と僕の口に運ぶ。
それに、僕には基本塩対応のメロディアもいまは大人しく僕の膝に座り、尻尾でぺしぺしと手を叩いてくる。これはきっと、撫でろという合図なのだろう。
そんな僕たちを、向かいに座るテオドアさまの従者であるラウフと調理長のグルマンドが微笑ましそうに見ていて、少し気恥ずかしかった。
(リュカもメロディアも、急にどうしたんだろう……?)
僕が困惑していると、グルマンドが贅肉に埋もれた片目をぱちりと閉じて、理由を教えてくれる。
「むふふふっ。リュカぼっちゃまたちは、ルイ様のお元気がなくて心配だったのですよ。むふんっ」
「にいに、げんきになった?」
「ククク?」
小首を傾げた一人と一匹の、心配そうな澄んだ瞳がまぶしい。
「リュカ、メロディア。ありがとう。おかげで元気になったよ」
僕は右手でリュカの、左手でメロディアの頭をそれぞれ撫でる。
リュカがほっとしたような表情を見せたあと、「えへへ〜」とにぱあっと笑ったので、僕もつられて笑ってしまった。
(心配かけちゃったな……。気をつけないと)
ベルナールの一連の件で、僕はベルナールに憤ったり、これまでの平穏とはほど遠い剣呑さに少し当てられてしまったというのは、もちろんある。
それで元気がないと思われたのだろうけど、それ以上に僕は自分の心境の変化に戸惑っていた。
僕の感覚は、まだ庶民から抜け出せていない。
前世はそもそも身分制度なんてなかったし、今世だってヴァレーは裕福ではあるけれど、それでも権力とは無縁な地方の田舎町だ。
だから、今回の王都訪問さえ終わってしまえば、あとは面倒な貴族社会から離れて、一生をヴァレーで穏やかに暮らしていけるものだと思っていた。
(でもなあ……)
プレーリー前子爵と会って、僕は少し考えが変わってきたのだ。
貴族の派閥や力関係の兼ね合いで、完全な味方を作るのは難しいかもしれない。
けれど、たとえばヴァレーのワインと引き換えに、王都で何か異変があった際に情報を交換できるような貴族の人脈を、僕自身が持っておいた方が良いのではないか? と。
(情報は力なり、だっけ? 王都の情報を知らないと、後手になることもあるかもしれないし……)
そう考えると、この王都訪問は絶好の機会なのだ。敵さえ作らなければ良い、なんて言っていられない。
僕は十六歳の成人を迎えて、自分たちやヴァレーにしか向いていなかった視野が少し開けたような、腹が決まりつつあるような感覚だった。でも、決していやじゃない。
「にいにー! みてみて! おっきなかわー!」
おやつを食べ終わり、窓にべったりと張り付いて外を眺めていたリュカが、きゃあきゃあとはしゃぐ。
「みて」と言われてもリュカの頭が邪魔で見えない。仕方なく反対の窓に目を向けると、確かに大きな川が見えた。ちょうど、この馬車は川に架かる橋を渡っているようだ。
「むふっ。この橋はキングス大橋ですよっ! 王都の貴族街と庶民街を結んでおりますっ! ということは……ぼっちゃま方、右手をご覧くださいっ! そろそろ王城が見えてきますよっ!」
バスガイドよろしく車窓案内を始めたグルマンドに素直にしたがって、リュカの頭を少〜しどかして右手を見る。
すると、川向こうの山頂に聳え立つ、城砦に囲まれたお城を小さく捉えた。
とんがり屋根の数々が、前世で一度だけ行った記憶のある、一大テーマパークのお城にどことなく似ている。
「おしろだ!」
「クククー!」
(いよいよ王都に着いたんだ……!)
キリの関係で文字数が少ないので、おまけをどうぞ。
まだルイとリュカが、ソル王国とお母さんと一緒に住んでいた頃のお話になります。
盆明けの気だるさを吹き飛ばせたら、嬉しいです。
▼▼▼
当たり前だけど、夏のソル王国では前世のような縁日・スイカ割り・海や川遊びといった風物詩的な遊びは望めない。
でも、せっかくなら、リュカには楽しい夏の思い出をたくさん作って欲しい。それに、暑いからといって、部屋に閉じ籠もりきりなのも健康に悪い。
そう思ったぼくは、町の南側にある花畑にリュカを連れて行くことにした。
午前中のまだ涼しい今がチャンスとばかりに、出かける準備をする。
「リュカー。にいにの背中に乗って〜」
「あ〜い!」
家の前の通りを三十分ほど一直線に歩くので、二歳を過ぎたリュカは紐で括っておんぶして行く。
(二歳児、けっこう重い! それに、体温高くて暑い〜!)
本当は自分で歩いて欲しいけれど、リュカはまだ長く歩けないし、通り沿いは馬車との事故が怖いので仕方ない。
お金・タオル・水筒(中身はなんちゃってスポドリ)・はさみ・麻紐・籠、もしもの着替えとリュカの靴は収納に入れた。兄弟でお揃いの麦わら帽子もかぶっている。
「よし。それじゃあ、お花畑へしゅっぱーつ!」
「っぱーちゅっ!」
きゃあと元気な声が耳元で響く。ぼくの腰あたりでぶらぶら揺れる、裸足のリュカのあんよがかわいかった。
♢
(あ、あっつい……!)
ちびちびと兄弟仲良く水分補給をしながら、できるだけ日陰を歩くようにして来たけれど、花畑に着く頃には汗でびっしょりだった。
特にリュカが張り付いていた背中は、絞れるのではないかというくらい滴っている。
(早く冷たい水を浴びたい!)
この花畑の隅にある井戸は、ありがたいことに誰でも使って良いそうだ。
ぼくはリュカを背中から下し、鶴瓶でえっちらおっちらと水を汲み上げると、桶に手首まで浸す。
「っはあ〜〜〜! 気持ちい〜〜〜! 生き返る〜〜〜」
左右交互に二の腕まで水をかけ、さらにばしゃばしゃっと顔を洗うと、もう最高だ!
ひんやりとした水が火照った肌に気持ちよくて、ほっと人心地がついた。
「ほら。リュカも、桶に手を入れてごらん。お水が冷たくて気持ち良いよ」
「あいっ」
良い子のお返事をしたリュカも、じゃぶんと勢い良く桶の底に手をつき……見事に胸まで濡らしている。
「きゃあ〜。にっに、っもち〜!」
冷たさにご機嫌なリュカは、すっかり水遊びに夢中で全身びちょびちょだ。
(あちゃー。……まあ、リュカが楽しそうだから、いっか)
どうせこの暑さでは、着替えてもすぐ汗をかく。ぼくも本音を言えば、頭から水を被りたかった。
しばらく水遊びで涼んでから、持参したタオルを水に濡らし、リュカの頭のてっぺんから足の先までをまるっと拭く。
そうしたら、やっとお目当てのお花摘みだ。
♢
この花畑は少し特殊で、花は自分で摘む。いわゆる『セルフサービスの無人販売所』というやつだ。
辺りをぐるっと見回しても、花を選んでいる人がちらほら見えるだけで、この花畑の所有者らしき姿はない。なんとも寛容かつ自由である。
もちろん花は有料だ。花一本あたりの値段が一律で決まっていて、摘み取った本数に応じて木の集金箱にお金を入れれば良い。
季節によって値段は異なるけれど、立て看板を見るに今の時期は一本につき半銅貨だそうだ。
(換算すると一銅貨十円くらいだから、一本五円? 安い……!)
「リュカも、かわいいお花があったら教えてね。にいにが、ぱっちんして採ってあげるからね」
「うっ!」
リュカは素足のまま、花畑の畝と畝の芝生をよちよちと歩く。リュカくらいの背丈だと、下手をすると花の影にすっぽりと隠れてしまいそうだ。
ぼくは小さな背中を見失わないように気をつけつつ、良さそうな花の品定めだ。
あんまり花には詳しくないけれど、ラベンダー・薔薇・百合くらいはわかる。ほかにも彩り豊かな花々が、太陽に負けじと畑いっぱいに咲き誇っていた。
「綺麗だね〜、リュカ」
「にっに、んっ、んっ」
リュカが一生懸命「これ!」と指差すのは、菊っぽいピンクのお花だ。ばっちりかわいいお花を選んでくれている。ぼくよりセンスが良いかもしれない。
できるだけ五分咲きの瑞々しい新鮮なものを選んで、持参したはさみで切った。
「リュカが選んだお花、良い匂いだよ」
「っくちゅん!」
切ったばかりの花を差し出すと、意図せず花弁がリュカの鼻をくすぐって、かわいいくしゃみが一つ。
思わずぼくがぷっと吹き出すと、リュカもきょとんとした後にきゃらきゃらと笑って、楽しそうだ。
それからも、見ているだけでも素晴らしい花畑をのんびり散策しつつ、目についた花やリュカがねだる花を片っ端から切って籠に入れていく。
気がつくと、十種類×各五本、けっこうな量の花を採っていた。
「そろそろ帰って、お昼ごはん食べよっか」
「! まんまっ!」
きらんと目を輝かせたリュカは、帰宅に異論はないようだ。駄々をこねられなくて助かる。
ぼくは花をざっくり三つに分けて麻紐で束ね、収納に仕舞う。
合計金額は二十五銅貨、銀貨二枚と銅貨一枚だ。井戸も使わせてもらったので、お礼を兼ねて銅貨四枚を上乗せして集金箱に入れていく。
「あっ! あっ! りゅっ、もっ!」
最近、何でもやりたがるリュカがぼくのズボンを両手で掴んで訴えるので、二枚だけ入れてもらう。
上手に出来て「んふー」と達成感いっぱいのリュカの服を着替えさせたら、またおんぶで三十分の帰り道だ。
「お花は、母さんとエミリーさんに『どうぞ』しようね。残りはリビングに飾ろうっか」
「どっじょ!」
「あははは。いまじゃないよ。帰ってからね」
「あいっ!」
そんな話をしながら、燦々と降り注ぐ太陽の下を歩いていく。どこまでも広い真っ青な空が眩しい、夏だった。




