108. プレーリー前子爵からの忠告(前)
月曜18時公開と言っておきながら、時間を大幅に過ぎてしまって申し訳ありません!
湖上からの眺めを楽しむこと数時間。
タツノオトシゴの尻尾部分にあるエカイユ村から、頭の角の先端部分に位置するプレーリーの町に到着した。
この町は、王都まで一日の距離にある風光明媚なところだ。
静かで美しい湖のほとりに、王都まで続くなだらかな平原には、緑の畑や草原がどこまでも広がっている。日差しも風も穏やかで、湖岸沿いは貴族の別荘地としても人気が高いのだとか。
(数時間ぶりの地面だ!)
船から降りると、両足がしっかりと大地を踏み締める感覚が懐かしい。
はじめは湖竜に怯えて及び腰だったリュカも、今ではそんなこともすっかり忘れしまったかのように、ご機嫌で手をふりふり振って別れを告げていた。
「こりゅうちゃん、ばいばいー!」
「「ぴぎゃっ♪ ぴぎゃっ♪」」
名残惜しいけれど、迎えに来た馬車に乗り込む。
今夜は、湖岸のちょうど真ん中に建つプレーリー前子爵の邸宅に、僕たちは宿泊させてもらう予定だ。
程なくして、立派な邸宅の前で馬車が止まった。
シンメトリーの二階建て邸宅は、大理石のような石で建てられている。各階には大きな窓が六つずつあり、どの部屋からも湖と空を存分に楽しめる設計になっているようだ。
「ホウ、ホウ、ホウ。ようこそいらっしゃいました」
「プレーリー前子爵。お久しぶりですな」
玄関前で出迎えてくれたのは、サンタクロースみたいに長くてふわふわの白いおひげをたくわえたおじいさん……プレーリー前子爵らしい。おじいちゃんと仲良さそうに握手を交わしている。
一人ずつ順番に挨拶をしていき、一番最後は僕たち子どもだ。
「ホ、ホウ。お子さんも一緒でけっこうけっこう。男やもめのこの邸宅も、久しぶりに賑やかになるワイ」
「はじめまして、プレーリー前子爵。僕はルイ・ヴァレーです。お会いできてうれしいです」
「はじめまして、りゅか・ゔぁれーですっ!」
プレーリー前子爵は子ども好きのようで、とろけそうな優しい眼差しで僕たちを歓迎してくれたのだった。
♢
その夜、プレーリー前子爵は、一風変わった晩餐を開いて僕たちをてなしてくれた。
本来は成人未満の子どもは同席できないのだけど、賑やかな方が嬉しいからと、特別にリュカの同席も認められる。
プレーリー前子爵はかなり頭の柔らかい、砕けた方のようだ。
ただ、そうは言っても、ローブ姿が正装のテオドアさま以外の男性陣は、ブラックタイにタキシードを着込む。おばあちゃんは濃い藍のイブニングドレスだ。慣れない首周りが窮屈だけど、マナーなので仕方ない。
(タキシードに着られてなければいいけど……)
リュカは、サスペンダー付き半ズボンに白シャツ、蝶ネクタイを身につけている。時おり顔をのぞかせる膝小僧が、なんとも子どもらしくてかわいい。
「お行儀よくね」という言葉をしっかり守り、気をつけピッ!の姿勢は、まるでちっちゃな紳士だ。
そうして、さらに食堂に案内された僕たちをびっくりさせたのは、室内を照らすランプがすべて金魚鉢サイズの丸蕪で作られていたことだった!
「プレーリー前子爵、これは一体……」
「ホウ、ホウ、ホウ。ここプレーリーは、昔からこのレーベ蕪でランプを作るのが習わしなんじゃワイ。厚くて渋い皮はランタンに、くり抜いた中身は料理に。そうやって無駄なく、日々をちょっと楽しく暮らす工夫を凝らすのだワイ」
「へえ〜。そうなんですね」
「かぶらんぷ、かわいい!」
ランプは前世のジャック・オー・ランタンみたいに顔が彫られたものもあれば、幾何学模様のもの、花模様のものなど。さまざまなデザインがある。
豪華な長テーブルのあちこちを照らすランプを眺めながら、僕たちはレーベ蕪をふんだんに使った料理をいただいた。
前菜は、薄切りにしたレーベ蕪の薔薇サラダ。味は、どことなく千枚漬けや甘酢漬けに近い。その次のスープは、レーベ蕪のポタージュ。
優しい味わいの料理がこの地方の特徴なのか、年配のおじいちゃんたちにはかなり好評のようだ。
「ホ、ホ、ホ。レーベ蕪には、やはりヴァレーの白がよく合う。お孫さんがヴァレーを継いでくれるとあれば、ワシもまだまだ長生きしないとじゃワイ」
「どうぞ今後も、ご贔屓に」
「が、がんばります」
宿泊のお礼に贈ったワインを、プレーリー前子爵はさっそく開けて飲んでいる。よっぽど待ちきれなかったらしい。ヴァレーのワインの熱心な愛好家だという通り、グラスを傾けてかなりの上機嫌だ。
三品目、魚のメインは白身魚のすりおろし蕪ソースあえ。とろみのあるソースの出汁はチキン・ブイヨンのようだけど、前世のかぶら蒸しに近くてとても美味しい。
「にいに……おさかな、なくなっちゃった……」
すっかり魚好きになってしまったリュカにとって、一切れなんて瞬殺だ。
あっという間に空になったお皿を見て悲しそうにちっちゃくつぶやくので、代わりに従僕におかわりをお願いしてあげる。
気を利かせた従僕が大きな一切れをお皿にのせてくれたおかげで、リュカはにっこにこだった。
「おさかな、おいしー!」
続いて、肉料理のメインは赤み牛の豪勢なステーキだ。付け合わせに、こんがり甘い蕪のソテーが添えられている。ソースは……シャリアピンソースだろうか?
「ん……。このソース、もしかして玉ねぎではなく、レーベ蕪のすりおろしを使っていますか?」
「ホウ、ホウ、ホウ。正解じゃワイ! 驚いた、お孫殿は味覚が鋭いのだな」
プレーリー前子爵は、大袈裟なほど目を見張って驚いてくれた。リアクションが大きいと、やはり悪い気はしない。
「肉を喰らってる!」という感じの旨味が強い牛肉に、玉ねぎよりも甘く滑らかなレーベ蕪のソースは味にメリハリが出る。それでいてあっさりと食べられてしまうので、食べ過ぎ注意な一品だ。
最後のデザートは、レーベ蕪に見立てたドーム型のクリームケーキ。中身はスポンジケーキではなく、パンケーキを賽の目切りにしたものとりんごのコンポートがごろごろ入っている。
貴族の晩餐と聞いて、どんなものかと緊張していたけれど、蓋を開けてみればこの地ならではのおもてなしに僕はすっかり気分がほぐれていた。けれど……。
口直しに香りの高い紅茶を一杯楽しみ、おばあちゃんがリュカを伴って早々に席を立つ。
僕を含めて残った男性陣が、プレーリー前子爵の案内で食堂の隣にあるサロンに移動したところで、空気は一変した。
ゆったりとソファに腰掛けたプレーリー前子爵は、それまでの人の良さそうな雰囲気とは異なる老獪さを漂わせて口火を切る。
「ホ、ホ、ホ。さて、このような良い宵に無粋な話はしたくないが……。今の王都は、ちときな臭くていけないのじゃワイ」
■ 言い訳
身内に不幸がありまして、ドタバタしていたせいで遅れてしまいました……。
最新話を書く時間もあまり取れず、かなり慌てて一気に書いたので、何もかも甘いです。後日、推敲ちゃんとします。
温かい目で読んでいただけると嬉しいです。




