003ハローワールド
「っくしゅん」
気が付くと視界は青一色だった。原っぱに寝転がって抜けるような青い空を見ている。
そよ風に揺れた草が鼻をくすぐってむずがゆい。
「よっ」
上半身を起こす。見たことのない景色、だが何度も見てきたような景色。いつも画面越しに見てきた異世界が目の前に広がっていた。
「まあ、起伏のある草原なだけで異世界要素はないけども」
自分の声の高さに気が付く、これはまさしく女の子の声だ。
そして自然と手が伸びた。頭の上にはもふんとケモ耳が生えていた。
「ふぉおお、本物だぁ。ひっぱったら痛いや」
すかさず手を顔の横へ滑り込ませる。ない、人間の耳はない。
ついにやった!俺は猫耳美少女になったのだ!!!
早く自分の姿を確認したい。すぐ近くに川があって、俺はドキドキしながら水面を覗き込んだ。
青味を帯びた銀色の髪の毛と大きな猫耳、金色のくりくりの綺麗な瞳、幼さは残しつつ整った顔立ち、鏡ほどはっきりとは映らないが間違いないこれは極上品だ。
「こんにちは、俺ですか?」
にやけ・・とびっきりの笑顔の猫耳美少女が俺と同じ動きをする。猫のポーズにバンザイからの一回転決めてぇー、ダブルピース!!
ばーん!完璧だ。たまらん、自分に恋してしまいそうだ。
しかし、残念なことが一つ。何て言うか服の色がダサい、おじいちゃんの着るももひき色というか全身肌色だ。これじゃあまるで裸でいるかのようだ、美少女にはデフォルトで可愛い服を着せるべきだ。
「ふぁ?」
視線を落とすと二つの膨らみが見えた。男の時には無かった女の子としての特徴。
うん、小さすぎず大きすぎずいい感じだ。そしてさらに下を見るとついて無かった。
「はっ」
思わず両手で下を隠した。いや待て、ついて無いのは当たり前だ。だって俺はもう女の子だから。
「はっ」
そう思うと、右手で胸を隠した。よし、正しいポーズだ。
「って違うわ!なんで裸なのっ?!」
裸だった。生まれたままの姿だった。あられもない恰好だった。しかし美少女である。
「いやいやいやっおかしーから。え、服は?あれ?」
辺りを見回しても布きれ一枚落ちていない、なんで?初期装備は?いくら何でも裸はないでしょ?
「あれ?そもそも何で俺はこんな年齢なんだ?異世界転生って赤ん坊からじゃないのか・・・」
不安が一気に込み上げてくる。何かおかしい。
そこに追い打ちをかけるようにぞわりと足元を何かが撫でた。
「ひゃあああっ」
まるで漫画のように飛び跳ねる。見えた、なんか毛虫みたいなのがもぞもぞっとしたーっ。
ひぃぃ虫怖い、しゅばばっとその場を離れると体にくっついてないか全身をくまなく調べた。
するととびきり大きいのが腰のあたりから生えていた、にょろり。
「え、尻尾?」
はは、おどかすなよベイビー。自分の尻尾に驚いてたのか。そうだよ猫耳美少女だもんな、尻尾くらい生えてるわ。
心の動揺を表してるのか右に左にぶるんぶるん振れている。
飼っていたネコもそうだったっけ、気持ちがダイレクトに出ちゃうんだな。
ぶるんぶるん、ぱたぱた。
しかし尻尾か。猫耳は欲しかったがこれは別にいらなかったかなー。
見やすいようにお尻を突き出してクリンと尻尾をくねらせる、耳も尻尾も髪の毛と同じ色だ。
「んー?異世界で猫耳美少女を希望したら尻尾までついてきてるってことは、もしかして人間じゃないんじゃね?」
獣人、もしくは亜人ってところか。異世界にコスプレイヤーはいないだろうし、猫耳を注文した時点で生まれ変わりは人間じゃなくなってたのか。アバター感覚で頼んでたから人間だと思ってた。
全然嫌ではないけど、可愛いし。ただちゃんと獣人になるんだよっていう認識を持って生まれ変わりたかった。
「ワンチャン最強の種族だったりしないかな・・・」
落ち着いたところで、まずは状況の確認だ。
たくさんあった扉からこの世界を選んで光に包まれた。
目が覚めたら異世界で、猫耳美少女だった。うん希望通りだ。
だが転生とは赤ん坊からスタートするはずでは?
いや猫耳美少女に転生するというなら間違いじゃないのか?確かに、美少女に、転生、している。
今自分は何歳くらいだ?10歳?12歳?これは少女と呼べる年齢だな、うん。
赤ちゃん、幼女時代をすっ飛ばして少女・・・。少女に転生したいと言ったからいきなり少女?
「・・・だとすれば予定が狂った」
思い違いをしていたのかも知れない。
アニメやラノベの知識と実際の転生では異なる部分があったのではないか。
あの事務のお姉さんと俺の転生に対する認識が同じだったとは限らないのではないか。
例えば朝イチでやろうね、と約束していても朝イチというのが日の出直後のことを指すのか、朝ご飯を食べる前のことなのか食べた後でいいのか、朝何か始める時に一番始めにやることが朝イチなのか。一体どれが朝イチなのか分からないではないか。
常識的に考えれば分かる?それこそ間違いで勘違いだ。何事もちゃんと確認しないといけないのだ。
自分の解釈だけで物事を進めたらとんでもないヘマをやらかすなんてことは割とよくある。
大事な事ほど事細かに確認しなければならないのだ。
で、やらかしたのは俺か?あのお姉さんか?両方か?
「いや俺だな。確か、事細かに設定して転生できるって言ってた。それに俺は記憶の引き継ぎと猫耳美少女になることしか頼まなかったんだ!やっちまったあああっ」
うおおおーん(泣)
だって転生すれば赤ん坊スタートだと思っていたから。許して。
こんなに後悔するのは別にお母さんのおっぱいを吸ったり赤ちゃんプレイが出来なくなったからではない。俺の予定ではこの世界の基礎的な知識を徐々にじっくり学んで成長していくつもりだった。
ここは異世界、言葉が通じないことだって十分あり得る。文字も書けないし読めない、お金の価値も分からない。
それにいきなり少女ってことはお父さんとお母さんもいないってことになる。
天涯孤独だ。広い世界に自分独り、それはとても淋しいことだよ。
あ、故郷も帰る家もないのか。
赤ちゃんからこの年齢になるまでの時間。それだけあったら前世の記憶を持った俺なら何ができた?
ラノベ主人公たちのようなアレやコレができたんじゃないのか?いやできた断言できる!
失ったのか。
あるはずだった貴重な時間を失ってしまったのか。
ここは落ち込むところ、だがしかし!
「強く生きてく!」
逆に考えろ、これはチャンスだ。せっかくの異世界、すぐに楽しみたいに決まってる。
そう、今でしょ。なのだ、逆にありがてぇわ!
それに知識だ言葉だ常識だなんてこれから学べばいいだけだしね。
よし、元気出てきた。
「で、今から私は私のことを私と呼ぼう、こんな美少女が俺とか変だからな。そして語尾には安直に『にゃ』とつけさせてもらうぜ、にゃ」
アニメでは常識だからな。ますます理想の猫耳美少女になった気がする。
まあ、口調や女の子らしい動作(想像)についてはおいおい身につけていきたいと思う。こればっかりは即座に修正とか難しいだろうし。女の子になりたい願望のあった私にはきっとそれっぽい仕草が魂に刻まれているだろうけどリアル女子がどうなのかわからないからな。
そして裸よ。
「ともかく服だな、全裸の美少女はいろいろとマズイんだにゃ」
これじゃあ町にも村にもいけない。まさか葉っぱというわけにはいくまい、異世界でやりたい事やらなくちゃいけない事は多々あれど、当面の目標は衣服である。
一応メニュー、アイテム、ストレージと叫んでみたり、むむむと念じてみたり、二本指で縦とか横とかに開く仕草もしてみたが何も起きなかった。どうもそういうのじゃないらしい。
さて、こうしていても仕方がない。とりあえず村でも町でも探すしかない。
まずはどちらに向かうのか。地形は緩やかな傾斜になっていて向こうに木々と山が見える、となるとひとまず反対方向に進んでみるか。
私は川に沿って歩いていくことにした。水は生活の根源だから歴史を見ても文明というのは川のそばにできるらしいし、何より川沿いに歩けば迷ったりしない。
でも裸足で小石だらけの川は痛いので視界に川が入る範囲で草原を征く。
モンスターの類いも見当たらないし安全とまでは言わないが危険は少ないだろう、全裸でも。
「てかこんなにのんびりとした時間も久々にゃ~」
こんな自然の中を歩くなんて小学生の遠足依頼じゃないだろうか。
舗装された道路、ひしめく建造物、溢れるひとひとひとひとヒートアイランド、日本は息苦しかったなー
それに余裕も時間も無かった。毎日毎日、働き過ぎなんだよ日本人は。
ほんと、これだけでも異世界転生した甲斐があったってもんだよ。
人の目もないし、じゆ・・う・・・。
てか、そうか。人の目もないのか。
「・・・・・・目標、あそこの丘っぽい起伏!」
50メートルあるかないかの先に、周りより少し高い場所がある。
その場でキリッと両足を揃え、行きますの合図として右手を高々と上げる。
クラウチングスタート、って陸上の心得はないからよーいどんのかけっこのフォームだ。
たっ
大草原を生まれたままの姿で駆けていく猫耳美少女。
すーすーするとかそんなレベルじゃない、すごい開放感だ。気持ちいい、クセになったらどうしよう。
「あは、あはははっ。うーまーれーたーよーっ」
心から声が漏れた、自身が世界と一つになったかのような気分だった。
常識とは一体何なのか。そんなちっぽけなものに囚われていてはダメだ、もしかするとこちらでは普通のことなのかもしれない。衣服という概念の無い世界、全裸は恥ずかしいなんて前の世界での考え方に過ぎない。
だって獣人だし、野性的で結構。受け入れるよ、私はもうこの世界の住人なんだ。
「ゴール!」
爽快感、何とも言えない達成感に包まれて、私は歓喜の声を上げた。両手を天に掲げてよくわからないけど感謝していた。全裸によるハイテンションである。
それを少年が見上げていた。
丘の向こう側というか丘の下、立ち尽くした獣人の少年が丘の上の私を見上げていた。
「あ・・う・・・」
見られた。その事実を認識すると血の気が一気に引いていくのが分かった。
ぞくぞくという感覚が背筋を走って、ぶるるっと体が震えた。
私も少年もお互いを見ながら動けず固まっていた。人間の子供くらいの身長の二足歩行の猫、猫耳と尻尾だけの私とは違う。その子は私よりもケモケモしていて、まさに獣人だった。
声が出せない、口をパクパクさせながら私は裸で第一異世界人と対面していた。
そして何より驚いたのが、その少年はなんと
服を着ていたのである!!!




