026 アスティナとオルケット
私の髪のセットアップが完了し、夜の町へと繰り出した。
背中が大きく開いた赤紫のドレスに身を包み、行き交う人の視線を浴びる。纏めて結い上げた髪は左方向へ流し、お団子状に仕上げてもらった。私の髪が長くて量が多いからこうすると顔の横にもう一つ顔があるかのような存在感だ。一か所に纏めると余計に重さを感じる、首が心なしか左に傾きますね。
「ルクス、もうちょっと品のある歩き方は出来ないのかい。それじゃあ着ているというより服に着られているようだよ」
「この生地が柔らかくて歩くのが難しいですにゃー」
ワンピースの時はよかったがこのドレスだと歩くと毎回膝をバンバン押し出してしまう。女性らしい所作、男歩きじゃいけないのは理解しているつもりだが慣れるまでまだ時間が掛かりそうだ。
そう言うフローベルさんも普段の恰好よりも着飾っている。
淡い檸檬色の落ち着いたワンピースタイプのドレスにボレロを合わせたスタイルだ。イメージは授業参観に来た張り切りお母さん。テーマは『清楚』かな。
でもこのドレス人間用だね、尻尾用の穴が空いてない。着てみて初めて分かるが、尻尾が押さえつけられているようで結構窮屈かもしれない。すっかり私は猫耳美少女に馴染んでいたんだにゃあ。
しかしこんなオシャレをして行く飲み屋とはどんな高級店なのか、何だか緊張してしまうよ。不安材料を減らす意味でも情報収集しておこう。
「フローベルさん、他の主任の方ってどんな人なんですかにゃ?」
「そうさねえ。そんな大したやつらじゃないね。説明するより実際会った方が早いよ。ほら、ここから入るよ」
そんなに遠くなかった。聞く暇もなく辿り着いたのは冒険者ギルドのように大きな建物だ。何だか郵便局とか図書館みたいな外観で、飲み屋にも食堂にも見えない。そもそも明かりもついてなければ人影も見当たらない。
「んー?ここですかにゃ、真っ暗ですけどにゃ」
「ここが商業ギルドだよ。この中にギルド職員だけが利用できる飲み屋を作っちまったのさ」
商業ギルドの敷地に入ると建物正面から右へ曲がった。すると下の方へ、地下へ続く階段があった。
入り口の照明が煌々と夜の闇を照らしている。ちょっと不気味さも感じつつ、普通に降りていくフローベルさんの後に続く。階段を下りるとそこは長い通路になっていて、奥に奥に進んで行くと突き当りに一枚の扉があった。
「元々は倉庫だったんだけどね、落ち着いて飲める場所が欲しいってんで酒好きのバカ達が改装しちまったのさ」
フローベルさんが扉を開けると扉の内側に備え付けられていた鈴が鳴る。来客を知らせる鈴だ。
「いらっしゃいませ」
静かな男性の声。最初に目に飛び込んできたのは巨大な樽。それをバックに男がグラスを拭いている。樽以外にもお酒の瓶がたくさん並べられている。全席カウンターのバースタイルのお店だった。
「もう、遅いですよフローベルさん。先に始めていましたよ」
奥の席から女性が声を掛ける。その手前に座る男性もこちらに手を上げて挨拶している。どうやらこの人たちが他の主任の人たちのようだ。
「ふん、時間通りだよ。あんたらがあたしを待てずに始めちまったんだろ」
女性はハーフアップの金髪、肩までだした薄紫のフォーマルドレス。手首と胸元に銀のアクセサリーを身につけた20代後半と思われるスレンダーな人だ。目はパッチリだが少々目尻が下がり気味なので柔らかい印象を受ける。
男性は天然パーマなのか、髪にウェーブがかかっているというかチリチリだ。それを肩まで伸ばしているがだいぶ後退してしまっている。それが面長の顔をより際立たせていて、まるで髪を茶髪に染めた落ち武者を思わせるような男だった。歳は40を過ぎていそうだ。女性陣と違って着飾ってはいない。カジュアルな、仕事終わりに立ち寄りました感。
「お疲れさん、フローベル。まずは乾杯といこうか」
「ワインを、この子には果実水を頼むよ」
席に座りながらフローベルさんが注文をする。それに無言で応えるバーテンダー。私は流れ的にフローベルさんの横に、って何このイス座高が高いなあ。
脚の長い丸イスに苦労して座るとスッと黄色い果実水が目の前に置かれた。
「乾杯」
横並びのためか、グラスは合わせずに各々がその場で掲げるスタイル。私もそれに合わせて一口飲んでみる。お、マンゴーに似た味がする。
「で、その子が件のミミなんですね」
「そうだよ。ルクス、挨拶を頼むよ」
「分かりましたにゃ」
イスから下りると3人がよく見えるように数歩引いた位置に立つ。
「お初にお目にかかります。わたくし、ポルェ族ミミのルクスと申しますわ。町には来たばかりでまだ分からない事も多いんですの。これから皆さんのお世話になることもありますでしょうから、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
ニコリとはにかんで軽い会釈。鈴を転がすような2割増しの猫なで声、相手が主任ということと何かオシャレなドレスを着ていることから語尾にゃを止めてお嬢様っぽくしてみた。
「・・・・・・」×3
あれ?何で誰も言わないのでしょう?
「すごっ・・想像以上ですっ・・」
「たまげたなあ、いや本当に・・・」
「というかあんた普通に喋れたのかいっ。いつものにゃーはどうしたんだい」
あ、フローベルさんそこですか、そこですよね。
「やだ、この子絶対欲しいです!フローベルさんこの子くださいっ。町で働くポルェ族は均等に分けるって決まりですよね。私のとこ3人は足りてませんからいいですよね?」
「ばっ、やらないよ!あんたが見たいって言うから連れてきただけだよ!これはあたしんだからね!」
落ち武者を挟んで二人の女性がぎゃいぎゃい騒ぎ出す。
「ちょ、挟まないでくれよ。まずは自己紹介でしょ。ね、ね」
「っと、そうでした」
「ったく勘弁しとくれよ」
乱れた髪を直し、金髪の女性が胸に手を当て自己紹介を始める。
「んん、私の名前はアスティナ。宿連の主任を任されています。よろしくお願いねルクスちゃん」
「俺は農業関連をまとめているオルケットだ。よろしくな」
「アスティナさんに、オルケットさん。はい、よろしくお願いしますにゃ」
にゃ?と不思議そうな顔の二人。語尾ににゃをつけるのが私の本質だから、まあそのうち慣れるでしょう。
私は席に戻ると果実水を飲んだ、甘い。
「ねえルクスちゃん、貴女黄色が似合いそうね。いや絶対似合うわ、というか黄色が好きなんじゃない?むしろ好きだよね?」
「え、黄色?すごい推してきますけど何ですかにゃ?」
黄色・・・この果実水のことか?フローベルさんのドレスも黄色だけど、アスティナさんの金髪も黄色と言えばそうなのか?いや金色だよな?
謎の質問だ。アスティナさんが黄色がめちゃくちゃ好きだから、貴女も黄色好きなの?私もー、私たちめちゃ気が合うじゃーん。とかやりたいのかな?
「やめとくれよ、ルクスはもうあたしのネームが付いてるだろ。あんたのネームなんか必要ないんだよ」
「やだー、フローベルさーん。私はルクスちゃんに聞いてるんですよー。ねールクスちゃん?」
ああ、そういう。私が首に付けているチョーカーは赤色だ。3人のうち、誰に所属しているか分かるように色がそれぞれ違うのだろう。フローベルさんは赤色、アスティナさんは黄色ということか。
「色にこだわりはありませんが、ちなみにオルケットさんは何色なんですかにゃ?」
「え?!そこで俺にくる?!あー、俺は緑色だ」
巻き込まれないように静かに酒を飲んでいたところすまないねオルケットさん。赤、黄、緑か、いや信号機かーい。いや緑じゃなくて青か・・・。
「もう、誤魔化さなくていいんだよ。おばさんに気を遣うのは分かるけど素直に黄色が好きだって言っていいんだよ?」
「小娘、と言ってやりたいが、あんたもすでにおばさんの域に入ってるよ」
「やだ!フローベルさん!私はまだ若いんです!20代なんです!」
3人が町のポルェ族を分け合って管理している。誰に良い顔をしてもいいがフローベルさんにお世話になっている分、ここは赤色と答えるのが無難だ。
「私は赤色が好きですにゃー。私の髪の色と瞳の色とのコントラストが良い感じですもんにゃあ」
「ほらね、ルクスはあたしを選んだよ。だいたいミミには酒場で働かせるって決まり事があるんだからあんたには必要ないじゃないか」
「やだーざんねーん。でもこれって、フローベルさんが毎日どれだけ過酷な労働をさせて逆らえないように躾てるかが丸わかりじゃないですかー。フリューゲルさんから聞いてますよー?酒場じゃなくて他のポルェ族と一緒に働かせてるんでしょ、可哀想です。私ならそんなことさせないのにー、ねー?」
ねー?じゃなくて。やだ、が口癖のアスティナさんが私を自分のとこに所属させようとフローベルさんを下げて、自分の方が良いよ優しいよアピールをさりげなく露骨にしてくる。この二人、あんまり仲が良くないのかもしれないよね。トゲ出して来なくていいから、楽しくお酒を飲みましょう。ね?
「にゃー、オルケットさんはどんな仕事をしているんですかにゃー?」
「え?!俺、俺は農業関連全般だよ。小麦もそうだし、野菜の育て方の指導も農器具の制作も、いろいろ全部だ」
俺に振らないでくれよ!と顔に出てるオルケットさんが両隣に睨まれながら答えてくれる、すまない。
「もうやだなールクスちゃんたら、農業なんて力仕事なんだからミミには過酷すぎるよ。ねえ、オルケットさん。貴方はルクスちゃんが欲しいなんて言わないですよね?」
「もう怖えーな。農業に必要なのは可愛さじゃなくて筋肉と根性だ。ミミは必要ないよ!静かに酒を飲ませてくれ」
オルケットさん離脱!
挟まれている席を離れると私たちから3つくらい席を離れてエールを注文した。
私も離脱したーい、てか帰って寝たーい。




