025 金のしっぽ
生まれたままの姿になった私は浴場へと足を踏み入れた。
ここが世の男性が一度は入ってみたいという聖域、女湯だ!
床はむき出しの石造り、磨いてはあるが荒い、素足にザラザラの石の感触と冷たさが伝わってくる。通り道にはすのこが敷かれている。うん、せっかくお風呂で温まったのに足元から冷えてしまうのは悲しいもんね。
広さは旅館のお風呂と変わらないかな?毎日たくさんの人が利用するのだろう。
「どうだい、すごいだろう?つい最近できた、王都で流行りの様式を取り入れた浴場だよ」
「おうと?よく分からないけどすんごいにゃー。こんな広いの初めてですにゃー」
私は設定の都合上、ポルェ族の里から初めて人間の町に来たばかりということになっている。だからお風呂も初体験。そのテンションでフローベルさんは接してくるのだろう。私も異世界のお風呂というのは初めてだし、ある意味まさに初体験だ。ここはフローベルさんにお風呂の入り方をレクチャーしてもらおう。
「今の時間帯は夕飯時だからね、比較的空いてる方さ。皆毎日風呂には入るが風呂を個人で持ってるなんて金持ちくらいなものだからね、家で身体を拭いて終わらせるやつもいるが町の皆が利用すると思っていい。風呂が備え付けてある宿屋も当然あるがまだまだ数は少ないね。この時間に来れるやつは限られてくる、来るのが遅いと皆が入った後で湯船が汚れてるから利用するなら早い時間、今頃がちょうどいいよ。ゆっくりと浸かるにはいい頃合いさね」
「なるほどですにゃあ」
お風呂に入る文化はあっても個人所有はしていない、か。そうだよねえ、日本は水道もガスも通ってるから簡単にお風呂に入れるけどこの世界じゃ薪で沸かさないといけないもんなあ。それを毎日やるのは大変だもんね。
今浴場を利用しているのは私たちを含めて10人もいない、確かに空いている。何て有益な情報、さすがフローベルさんだ。ルインにもこの事を教えて情報料を取ってやろう。
「湯船は皆が使うからね、まずは先に身体を洗うんだよ」
「はいですにゃ」
そこは日本と一緒だね。マナーよく利用するのは大事だよ。
洗い場に向かうと小さな浴槽と、その周りにイスと手桶が用意されていた。
「ほら、ここに座んな。いいかい?あたしのやり方をちゃんと見てるんだよ。コイツでここからお湯を汲んで身体の汚れを軽く流す」
イスに座ったまま汲める低めの浴槽から手桶でお湯を汲むと2度、3度と身体にお湯をかけた。私もそれに続く。手先で温度を確認して、身体にかける、頭からも被って髪も濡らす。
「髪の方から洗うか。ほらこれが洗髪剤だよ。これに水気を含ませて手で泡立てると・・・」
フローベルさんが目の前にあった乳白色の玉を手で擦ると、もこもこブクブクと泡立ち始めた。おお、これが異世界のシャンプーか。固形で石鹸みたいな感じだな。目の前には乳白色の玉と緑色の玉の2種類がある。大きさはソフトボールくらいだ。私も濡れた手の中で固形シャンプーを転がす、すると泡立ち始めて
植物系の甘い香りがふわりと広がった。
「これを」
ぽん、と私の頭の上に泡の塊が乗せられる。ホイップされた泡がどこかのコーヒー店のマスコットキャラみたいだわ。
「にゃ~。良い香りですにゃ」
「そうだろう?王都で流行りのやつだからね。今じゃ皆コレを使ってるよ」
フローベルさんが私の頭に揉み込むように泡を馴染ませていく。丁寧に頭皮をマッサージされて気持ちいい。人にやってもらうのってこそばゆくてぞわぞわするけど、フローベルさんうまいですにゃあ。
「こんなもんかね。ほら流すよ、耳の中に湯が入らないように下を向きな」
「にゃー」
ざざぁーっと洗い流してもらえばすっきりさっぱり、どうやらリンスの効果も含まれているようだ。指通りが滑らかだ。
「ありがとうございますにゃ。じゃあ今度は私がフローベルさんを」
「いや、いいよ。自分でやるからね。それより次は身体だ。身体を洗うのはこっちの緑色の方を使うよ」
「はいですにゃ」
レクチャーは続く。今度は身体を洗いましょう。
緑色の玉の横にはランチパックをちょい大きくしたような物体とヘチマみたいな棒状のモノがある。
「これを使うと良く泡立つんだが、肌を傷つけないようにするならなるべくなら手洗いの方がいいかね。若いうちはこういうところに気を使うんだよ」
「分かりましたにゃ」
ランチパックと緑色の玉を擦り合わせて泡を作り出すと私にたっぷりと手渡してくれた。
「こっちのラッタの乾実は男が使うやつだね。一応女湯にも置いてあるが女の肌には硬すぎる。傷つくだけだから絶対に使うんじゃないよ」
「分かりましたにゃ。この泡は身体も顔もいけるんですかにゃ?」
「ん?そうだよ?」
「なるほどにゃあ」
私は手で撫でるように全身を洗い始める。どうやらフェイスとボディの区別はないようだ。こちらの泡は柑橘系の香りがほのかに漂っている、グレープフルーツみたいな匂いだ。
左手から右手、首回りから鎖骨、心臓から下がるようにお腹、おへそ、右に流れて右胸~。
「ほら、背中の方は届かないだろ。あたしがやってあげるよ」
新たに泡を作ったフローベルさんが私の後ろに回り込んで背中に手を這わす。
「ちっこい背中だねえ、骨が当たってこっちが痛いよ。もう少し脂を摂らないとダメだねこりゃあ」
「にゃっ、いて、いててっ」
洗い方が強い~、あばら折れちゃうっ。力加減の分からないお父さんかっ。私はのけぞりながら洗われていく。
私、猫耳美少女だから身体柔らかいので背中余裕で手が回るんですけど、いたたっ。
フローベルさんみたいに年齢で腕や肩の可動域が狭まってないから余裕なんですけど、いててっ。
「じゃ、じゃあ今度、麦粥以外の食べ物が食べたいですにゃあ」
「あんたたちはアレ以外食べれないんだろう?何か他に食べれるものがあるのかい?」
「にゃあ、他のポルェ族はそうかもしれないですけど私はちょっと違うんですにゃ。お肉も魚も何でも食べれますにゃ」
そのポルェ族設定は遠慮したい。今はお金も無いから出される物をありがたく頂くことしかできないが給料が入ったら美味しいものをたくさん食べようと思う。
「う~ん。ま、考えておくよ」
あー、それ考えるだけで終わるやーつだ。何故、頑なにあの麦粥を食べさせようというのか。
「ほら、下もしっかり洗うんだよ」
「あーーーっ」
フローベルさんが尻尾を根元から先まで滑らせると私から雄たけびが出た。
「・・・びっくりするじゃないか。何だいそんな声出して」
「・・・びっくりしたにゃ。私自身もびっくりしたにゃ・・・」
尻尾すんごい敏感!
何コレ、痛ったーい。気持ちいいと痛いの間の痛い寄り。
あれだ、男の人が股間を『打!』しちゃった時の感覚に似てる。猫も尻尾触られるの嫌がるけど、こんな痛みを感じてたの・・・?
「フローベルさん、私の尻尾はめちゃくちゃデリケートなのでそこんとこよろしくお願いしますにゃ」
「あ、ああ。そうかすまなかったね」
フローベルさんも気が付いたようだ。たぶん私だけじゃなくてポルェ族、ひいては獣人全般にいえることなんじゃなかろうか。尻尾、おまえとんでもないな。
私はそこから落ち着かなくなって、手早く下半身と最後に顔と耳を洗った。
「よし、準備は整ったね。じゃあ湯船に浸かろうか」
「いよいよですにゃ」
木でできた浴槽には並々とお湯が張ってある。ぱしゃぱしゃと少し身体にかけてみて、熱すぎないか確認する。うん、ちょうどいい湯加減ぜよ。
私はゆっくりとお風呂に浸かった。
「ふあ~~~」
気持ちいい。お湯の温かさが全身に染み渡る。足も伸ばせるし、広いお風呂最高だ。
「風呂の中で泳いだりするんじゃないよ」
「大丈夫ですにゃ。そんなベタなことやりませんにゃ~」
私が無事に入浴したのを見届けると、フローベルさんは自分のことを洗いだした。今度は私が洗ってあげたいけど大きいお風呂を堪能しているのでまたの機会にお願いします。
「はあ~、よっこらせっと」
洗い終わったフローベルさんが湯船に浸かる。私と並んで入浴だ。
「あ~、今日一日の疲れが取れるようだね」
「本当ですにゃ~。腰にじんわりきてますにゃあ」
温泉じゃなくてただのお湯だから効能とかはないけど疲れがお湯に溶けだすね~。
しばらくお湯を堪能してからフローベルさんが私に向き直った。
「どうだい、今日初めて仕事をしてみて。やっていけそうかい?」
「にゃー。大変ですけど皆とならやっていけますにゃ。ポルェ族の利は数の力にありますからにゃー」
「数ねえ。まあ、確かに一人じゃできなくても力を合わせれば何とかなるからね」
ポルェ族のみんなもいるし、食べる物もあるし寝る場所もある。フローベルさんも優しいし、思っていた異世界生活とは違うけどうまくやっていけそうだ。
そして十分に温まったところで風呂から上がることにした。
「ほこほこですにゃ」
「湯冷めしないようにちゃんと乾かすんだよ」
「にゃー」
タオルで身体を拭いていく。ドライヤーとかないので自然乾燥なのだろう。念入りに頭を拭くと新しい乾いたタオルを頭に巻いた。
「ほら、湯上りはこれで喉を潤しな」
「ありがとうございますにゃ」
フローベルさんから手渡されたのは透明な水だ。ここはコーヒー牛乳といきたいところだけれど、そんなものは無い。残念に思いながらも水分補給は大事だと、口をつけた。
「甘いですにゃ!」
「蜂蜜入りの果実水だよ。ふふ、分かりやすいねえ。顔に出てたよ」
可笑しそうに笑いながらフローベルさんも果実水を飲む。コンビニで売ってる何とか水をさらに薄めたような味だ。蜂蜜の風味が優しく甘い。
フローベルさんが鍵付きの戸棚から荷物を取り出す。カバンから取り出したのはキャバ嬢が着そうな派手目の綺麗なドレスだった。赤紫色のドレスは派手で、これをフローベルさんが着るのかと思うと目を丸くした。いや、人の趣味に口を出すのは如何なものかと思うけどナイトドレスにしたってこれは如何なものか。
「なに変な顔してんだい?ほら、これはルクス、あんたの着替えだよ」
「え?!あー、そういうこと。わー、赤いにゃーーー」
どうやら私の着替えだったらしい。びっくりした、いくらなんでもそれはないなーと思ってたから安心したよ。ってこの派手なやつ私が着るの?
「今までのは汚れてるから洗濯するからね。せっかく風呂に入ったんだ、服も新しくしないとねえ」
「でもコレ、派手すぎなんじゃないでしょうかにゃ」
渡されるままに着替えたけど色は派手だし、背中は大きく開いてるし、まるで今から夜のお店に行くかのようだ。
「なに、今からちょいと付き合ってもらうよ。他のポルェ族を管理してるやつらにあんたを見せびらかそうと思ってね」
「えっちなお店に行くのかにゃ?」
「バカタレ違うよ。ウチの商業ギルドで持ってる飲み屋があるんだが、そこであたしら主任同士の食事会、まあ酒飲みがあるんだよ。そこに付いてきな」
「にゃー。分かりましたにゃー」
もしかしたら最初からそのつもりで私をお風呂に連れてきたのかもしれない。でも人脈が広がるのはいいことだよ、今後の役に立つかもしれないし。
フローベルさんが着替え終わると、私の髪をアップして結い上げる作業が始まった。
私の夜はまだまだ終わりそうになかった。
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