その9
それ以上僕は、この子にどうしてあげたいか、話そうとは思わなかった。だって、ステータスを開示しないといけないと感じたのは、そうしなくちゃいけないと勘が働いたからだ。
だからこの後は黙って、ただただ街並みを眺めていれば、活気はあるが自然が少ないことに気づく。
学園のあるこの街は昔も前の勇者の時代には自然に満ちていており、活気づいていたと歴史書には書いてあった。
それが今はどうだ。街並みの中には雑草すらもないくらい自然がなくなっている。……僕なら何とかできるんじゃないかとふと頭によぎる。だけど、どうしたらいいかわからないから、そんなおこがましい考えは頭の隅に追いやった。
そんなことをしているうちに、学園近くにあるギルドにはすぐ着いて。いつの間にいたのか、最敬礼で何度も頭を下げる職員に先導されて、個室へと案内された。
その途中、掲示板をチラ見したが、ここのギルドにも孤児院で暮らす子用の依頼が用意されていて、少し気持ちが穏やかになる。少しでも、貧困で亡くなる子どもたちが少なくなることを願い、少しでも生活源を増やしていくことしか僕にはできないから、こうして自主的に活動を広めてくれることは嬉しいことだ。
「……零様、じゃなくて零さん、足を運んでくださりありがとうございます。ここのギルドマスターを勤めさせていただいている者です。
今回の要件は玲亜様からも伺っております。こちらの男児の仮契約の件、このギルドで引き受けさせていただきます」
「ありがとう。仮契約だけでなく、ステータス開示もお願いしたい。この子は特殊な環境下で育つことになる、僕の手が届かない時でもなんとかなるような手段が早く知りたい。……お願いできないだろうか?」
普通、ステータス開示を行うのは4歳からだから、考え込むのもわかる。……でも、これは了承してもらわなければ困るんだ。
だから、もし考えた結果、いい返事ではなかったら、出方を考えなければいけない。そんなことを考えているうちに答えが決まったのか、口を開いて……。
「学園で育つことは前代未聞のことです。零さんが誰かに恨まれることは少ないでしょうが、ないとも言い切れません。零さんの言う通り、特殊な環境下で育つと言うのは間違えではないとギルド側は判断をいたしました。故に、特例として男児のステータス開示を認めます」
……ここまであっさり認められるってことは、お父様があらかじめ根回ししていたんだろうな。まあ、それを指摘するのは野暮だろう。
「お願いします」
親権は晴火先生で登録されることになった。僕は親権を所持するにはあまりにも若過ぎると言う判断で。まあ、それはそうだろうね。
「名前はどうする?」
「そうですね、……柘榴、が良いと思います」
宝石の柘榴石からとって、柘榴。
彼からは生命力が希薄のような気がする。名前はその人を表す、そんな気がするから、名前がこの子の生命力を補ってくれることを祈って。
「……いいんじゃないか、じゃあ柘榴で登録をお願いします」
あっさりそれで良いと判断されたなぁ……。
なんて、考えているうちにギルドマスターは、ステータス開示をしていて。
「柘榴で登録を致しました。
ステータス開示も行いましたので、ステータス確認をお願い致します」
そう言われ、開示されたステータスを確認しようと覗き込んだ瞬間、テイマーと言う文字はなんとか見ることができたけど、強い静電気のようなものに弾かれてしまった。
「え……」
僕は思ってもいなかった展開に、初めての事態に助けを求めるように晴火先生に視線を向ければ、肩を寄せられて落ち着かせるようにトントンと触れた後、
「このことは厳密に秘めといて下さい」
任されたと言わんばかりにギルドマスターとトントン拍子に話が進む中、僕はおとなしく晴火先生の腕の中で放心していた。
……ステータスを見られないようにするため、静電気のように弾き、閉じるだなんてあり得ることなんだろうか……と。
「国内に勇者は現れてる、こんなことあり得るんですか? ……学園でステータス関連で習いましたが、勇者とされる子でしかこんな現象起きたことないですよね? 何か他に心当たりはありますか」
「……いや、ないな。勇者が現れている時に2人目の勇者が現れたなんて現象は今までないし、そもそも勇者が現れるときは光帝にしかわからないお告げくるはずだ。そうなれば、ギルドマスターにはお告げがきたと王命がくる。今回はきていないから、この子は勇者ではないと思う」
「それなら、どうして……?」
「それはこっちで調査する。お前の方は、その子をちゃんと見守ってやってくれ。」
そんな会話をされていたことを、気が動転していた僕は知らず、それを知ったのは冷静になった時に晴火先生がそう話してくれた時だった。
その時、晴火先生は優しい声で、「俺がステータスをはじめに見るべきだったな」と気が動転したことを気にさせない配慮からか、そうフォローしてくれた。
その後。
「本当に良いの?」
テイマーがあることだけは見えた、と晴火先生に伝えれば、その場でサクアとハッサクの契約者を変えることになった。その時、気が変わっていないか再確認すれば、2人とも触手で丸を作り、意志が変わっていないということを教えてくれた。
「ありがとうね」
……これから大変なことがあるだろうけど、どうか彼らが幸せになれますように、とそう祈りながら僕は契約主を僕から柘榴に移すのだった。
「本当に良かったのか?」
帰路を歩いている時にそう聞かれた。その答えは聞かれる前から決まっていた。
「良いんです。……僕の大切な家族を託すほど、僕はこの子を守りたいと思った。その気持ちにサクアとハッサクは察して、率先してくれたんです。寂しい気持ちはあっても、後悔はしていません」
これでこの子にどんな影響を与えるかわからない。それでも、自分に似た何かを持つこの子に何かしてあげたいと思ったから、晴火先生が心配する後悔はしていない。
「……お前がそれで良いなら、それで良いんだ。それよりも、この子といい、この国に何が起こっているんだ……」
その一言に、状況が把握できていない僕は首を傾げた。そんな僕に優しい微笑みを向けた後、「気にするな、これは季水がなんとかする分野だよ」と話をそらされてしまった。けど、なんとなく他人事のようには思えなかったが、晴火先生がそう言うならとぐっと堪えた。
それが正解だったかはわからない。けど、コハクは眠たげにくぁーと欠伸をしていたから、それが正解だったんだと思うようにした。
その夜。
柘榴を守るように包み込むように丸く眠るコハクを撫でた後、いつもと同じようにふとんに入ったと同時に眠りについたのだった。
「引き止めて悪かったな」
「珍しいな、晴火が俺を引き止めるだなんて。何かあったか?」
その一言に、晴火は顔をしかめる。そして話を続けた。
「……お前の大事な弟の身を守るためだ、大人しく引き止められろ。零にはこれ以上負担を増やしたくなかったから、これについては言わなかったが、一番対処ができそうなお前には話を通しておくな。……有栖家は基本的に会議に参加しないから知らないだろうが、魔王が倒されたらしい」
その話を聞き、不思議そうな顔をした後、首を傾げ、こう話す。
「それは良いことだろ?」
「……普通なら、な。勇者が倒したんじゃないらしいんだ。倒された現場には女一人、子一人でそいつら曰く、無理心中をされたと言うらしいんだ。それを信じられるか? ……勇者はそれを信じて、しかも執着しているときた」
「それで? 一目惚れだってあると思うんだが、事実、俺も一目惚れに近い経験をしてる。……まあいい、俺にどうして欲しいんだ?」
季水は晴火が自分に何を求めているかを直球に聞いた。
「……零に影響を及ぼす前に追い払って欲しいんだ。勇者がどうなろうと良い、零や柘榴に近づかないように守ってやってくれ。それができるのは季水、お前しかいない」
その言葉に、季水は人差し指で頭をかいた。そして困ったように言う。
「それって、お前でも出来るよね? ……緑水の位の人間は代々、国民のためには動くけど、法に積極的に関わるつもりはないってポリシーがあんの、わかってる?それを変えるってことは、周りから下克上をしようとしてるんじゃないかって思われるんだぞ。
それに 零は強いよ、お前が思っているより努力をして強くなった。それでも必要?」
お前でも出来るよね、その言葉に晴火は肩を揺らした。しばらく黙り込んだ後、決意したような表情でこう話し出す。
「確かに俺でも出来る。……それは、その立場を捨ててなければ、の話だ。俺は炎青の位の奴らにとっては、嫌な存在なのさ。現領主の愛人の子だぞ、周りからも貴族として認められるかも怪しいくらいだ。だから、圧倒的人気を誇る緑水の位の現領主のお前に頼んでるんだ。……出来ることなら、友人のお前も奴らに近づけたくはないけどな」
それに、と付け足した後、季水が口を開く前に割り込むかのように話を続ける。
「零は強いよ。でも心が、魂が不安定だ。だから、その女たちに近づけたくない。魔王がその女が無理心中をしようとした、と言う証明するものは誰もいない。それに、多少はその言葉を疑うべきなのに勇者はまるっきりそれを信じ、その女に夢中なのも嫌な要素でしかない。それをはねのけられるのは、季水しかいないんだ。頼む」
そう言って、晴火は頭を下げた。そんな様子を見てしばらくすると、はぁー……と大きくため息をついた後、
「会議には参加しないが、登城をして様子を見てこよう。零に悪影響を与えるとするなら、兄として防がなければならないからな。……ただ一つ、間違っていることがあるとするなら、その女をはねのけられるのは俺しかいないと言っていたが、覚悟を決めればお前でも出来ると思うぞ。俺からは用事はないし、もう行くな? 嫌なことは早めに済ませてしまいたい主義なんだ」
そう言って、足早に保健室から去って行ってしまった。
「悪魔、か……」
(あいつは正直あまり強くなかったが、あいつが最後に言っていたことが今になって気になるな……。確か降りてきている悪魔は一人じゃない、そいつは手に負えないくらいタチが悪くて強い……だったけ、な)
そう考えた後、季水は独り言を呟く。
「……負傷覚悟で行くとするか。いつでも逃げられるようにしないといけないな……」
(……いつも説教をしてくるが、根は兄想いの強い子だ。俺が傷つけば、自分のことのように傷ついてしまうから、だから、出来ることなら以来で傷ついたって言える怪我で済めば良いが……)
季水は時間帯を考えず、登城することを決め、自らのスキルで瞬間移動をした。一瞬で景色は変わり、それをみた門番は顔色を変えて門を開け、責任者を呼び、案内をさせる。
「何か、この国で裁くことがあっていらっしゃったのですか?」
怯える門番の責任者。それに気にすることなく、
「勇者が溺愛する女を見に来た、この国の平和を守ることが国民のためになるからな」
と言い、落ち着かせるように肩を叩く。それに安堵からか、肩の力が抜け、責任者は言った。
「……あの女性は何者なのですか。人間に興味を抱かなかった光帝があの女を愛し、国の重要人物はほとんど溺愛しております。今、後継者である第二王子と第一王子が手分けして公務を行なっている状態でございます。第三王子は現宰相、その息子の代わりに宰相の公務を行いながら、学園に通っている状態で。我々もどうしたらいいかわからないのです……」
思ったよりもひどい状態に、季水は顔を潜め、歩む足を早め、方向転換をした。
「勇者様の部屋は逆方向ですが……」
「予定変更だ、宰相の業務を私が行う。第三王子の元へ連れて行け。学園に通いながら長期間業務を行うのは無理がある。一時的に、有栖家の当主を前代に返還し、時期が整った際に有栖家の当主として彼らを対応する。今は現状を維持しなければ、この国は滅ぶ」
「はい……!」
(……頼むから悪魔、うちの弟に手出しはするなよ……)




