その8
自分の背中にいるこの子が転生者かもしれないと疑いつつも、確かめようがない。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら戻れば、季水を審判に模擬戦が始まろうとしていたところだった。僕が戻って来たことを確認した後、
「これから模擬戦を始める」
その声と同時に男子生徒は鞭を握りしめ、タートルに鞭を打った。それは甲羅がない足にあたり、悲鳴をあげる。
僕はその姿に、その音に食べたものが戻ってくる感覚に襲われる。
「ちょうどいいですね、先生もタートル種をテイマーしているんですよ」
吐きそうになった瞬間、葉月先生の優しい声に吐き気が少し和らいでいくのを感じ、そして目を見開いた。先生が呼び出したタートルは金色亀と呼ばれる貴重種だった。
金色亀とは熱には弱いが、しばらく経てば形が戻る攻撃の威力を吸収に長けるタイプだ。そして水攻撃は全く効かないと言われる、水タイプの従魔のテイマー主泣かせの魔物だ。
「金色亀だぁ……」
「あれって伝説の魔物じゃなかったんですね……。青福鳥がいるからもしかしたらとは思っていましたが、一緒に生きれば一生生活に困ることのない金の象徴って冒険者の中では言われていますね」
そうなんだ、そんな噂があっただなんて誰も教えてくれなかったけど……。
「貴方に教えれば引き寄せかねないから、話せないって言っていましたよ」
まさか、そんなことあるわけないじゃないですかぁ。……そんな引寄せ体質じゃないし〜、内心でしか反論ができないから、模擬戦に注目を戻すことにしよう。
「……ねぇ? 金色亀って金塊を吐いて攻撃するから、金色亀って言うのかな?」
思っていたことを呟きながら、その瞬間をまだかまだかとワクワクしていれば、場が一瞬で凍りついた気がする。
そう言えばそれをお父様に言った時も、顔が強張っていたなぁ。それ以降、金色亀の書籍は見せてくれなくなったんだよね、なんでだろ?
え、え?? なんで、新くんは季水を睨みつけているの?? 今回ばっかりはうちの兄は悪くないと思うんだけど……なんて考えていると次の一言でそうでないことを自覚する。
「可愛いだろー、俺の弟」
……間違いに気付きながらもこいつ、黙ってやがったな……。しかも、お父様まで。
「……零さんが意外と純粋なのはわかりました、ですが模擬戦にならないので夢壊しますね」
え、え?? 皆、なんで模擬戦を中断しているの? 相手の生徒まで驚愕したような顔でこっちを見てるんだけど。
間違いなく模擬戦が中断してるのは僕のせいですね、でも金色亀くんがプルプル小刻みに震えてるんだけど何で??
「……紺、何で気合い入れて金塊吐こうとしてるの?! 期待に応えようとしなくて良いから!! 子供が好きなのもほどほどにしておきなさい、無理しなくていいんだよ?!」
あ、それも僕のせいですか。ごめんなさい。あれですね、サンタクロースの存在を信じる少年少女の夢を守る大人の心境になってしまったんだね、季水もお父様も紺くんも。……申し訳ない。
「紺くん、いつも通りに頑張ってね」
その言葉に、紺くんは申し訳なさそうな顔をこちらに向けた。かわいい。あとで、撫でさせてもらおう。
そんなことを考えているうちに男子生徒の方のタートルが口をもごもごとさせる素振りを見せた後、ホースから強めに放水したくらいの勢いで火を吹く。
……あれ? この子、意外と強いな……。
恐怖で支配している従魔の割には、どうしてこんなに強いんだろうか? 恐怖で支配しているなら、前世でいうホースで放水する時普段使いするくらいの強さくらいしか出ないのに。
思わず僕は首を傾げ、葉月先生は関心した表情をし、紺くんは自らの意思で口から向こうのタートルの勢いよりも強い水を放水して、打ち消した。
「……へぇ、すごいね」
「紺くんが、ですか?」
「それもそうだけど、向こうのタートルもだよ。あの子はただ恐怖で支配されて、従魔をしている訳じゃなさそうだ。そうじゃなきゃ、あんなに強い力を出せることはまずないからね」
「なぜ、言い切れるんですか?」
なぜ……ってそれは。
「入学試験で、実際にテイマー達の力を防御してるからね。僕もテイマーだから、大体はわかるよ」
そう答えた後、僕は再び視線を模擬戦に移し、生徒側のタートルに目を移す。
目新しい傷は、さっき一回打ち付けた足の傷だけ。強く打ち付けたような後は、感覚が鈍いとされている甲羅だけなのが違和感がある。
……そっか、なるほどね。あのタートルは愛されている方の従魔なのか。人目を気にして鞭を持っているだけなんだね、彼は。
だから、あんなに葉月先生は微笑んでいて、ご機嫌なのか。
「紺、どうやら手加減は無用の用だよ」
む? なんか嫌な予感がする。あの笑みは何か企んでる時の季水に似ている気がする、寒気がするもん。懐から結界札を取り出してコハク、新くん、彼女に札を渡して。
「四角形になるように皆を札で囲んで!!」
そう言い捨てて、怪我をする前に慌てて角の位置に結界札を置き、他の札も置かれたことを確認した後、
「《四天結界》」
結界を張った後、札術で防御を重ねていく。
……全く、どうして暴走すると手がかかる人ばかりが集まっているんだろうか。まあ、人のことは言えないけどさ。
それと同時進行で、紺くんは嬉々として甲羅の中に入り、何かを待っていた。そして次の瞬間、手加減なしで葉月先生は蹴りを入れ、紺くんはすごい勢いで結界に向かってきた。
あ、やばい……。
僕は慌てて、複数の札を取り出して、強度を上げていき、何とか紺くんの不意の突撃に耐えることができた。
紺くんは結界を上手く使い、男子生徒のタートルに向かい、突進していく。あれはタートルが甲羅の中に入ってもただの怪我じゃすまないよ!!
防御壁と書かれた札に、気を纏わせ、男子生徒のタートルに向かって投げる。運が良く、札は届き、勢いを抑えることが出来た。
けど、男子生徒のタートルは壁にぶつかり、ひっくり返ってしまった。
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僕はしばらく沈黙した後、札結界を解く。そして無言で葉月先生の元へ向かい、にっこりと笑う。
「葉月先生、正座」
10分くらい説教した後、なぜかこの教室にいる人全員なぜか正座をしていると言う不思議な現象が起きていた。……なぜ?
しかし、ただ1人。ひっくり返って動かなくなったタートルにしがみつき泣いている男子生徒だけは正座をしていなかった。
「おー、久しぶりに暴走している葉月を見たなぁ。その様子だとこってり零に叱られたようだから、俺からは何も言わねぇよ。だがな、あんまり零をパニックを起こさせるようなことはしないでくれよ。っと、さてこの子の容態でも診るかな」
「……死んでないですよね」
「《診断》からすると、気絶しているみたいだな。甲羅が深く損傷しているな。……ん、健康状態も精神状態も悪くない。心労はしているみたいだな、理由はわからないが。それ以外と模擬戦で怪我しているところ以外は良く管理されている従魔だ」
……回復ポーションを大量に消費するいい機会だし。
「僕製作の回復ポーションで十分ですか?」
「余裕だな」
救急箱からガーゼを取り出し、僕に渡す。
「ガーゼ追加して持ってくる。起きてから怪我の治療すればその子は平気だ」
……普通、ガーゼを取りに行く役目は僕のような気がしますけどね。まあ、結界を何重に強化したから、保健室まで動ける気がしなかったから良かったけど。
取り出した回復ポーションを、渡されたガーゼに大量に含ませる。それを損傷した甲羅に当てていけば、心配そうにタートルの背中を撫でる男子生徒の肩の動きが不自然だった。
なんか、痛みから自分のことをかばうような動きだな……。あまりに不自然だったから、ちょいちょいと手招きをし、男子生徒を近くに呼び寄せ、躊躇いなくシャツをめくりあげれば、紫を超えて黒く変色していた。
……なるほどね。
「だから、この子は君のことを信頼していて、あそこまで力を発揮できたわけか。……ついでに手当てしてあげる、長年放っておかれてたみたいだから跡は多少残るかもしれないけど、痛みは取れると思うよ」
そう励まし、ガーゼを貼り、包帯で固定する。
「よく頑張った、よく耐えたね」
ふわっとした髪を優しく梳かすように撫でてあげれば、男子生徒はまた涙が溢れてきて、それを隠すようにタートルの背中に顔を埋めた。
「さあ、痛いところがある子は治してあげる。みんな、おいで」
来てくれる自信はなかった。……けど、自分が噛み付かれて怪我をしたとしても、人から受けた傷を治してあげたいと思った。だから、来るように呼んでみた。
やっぱり、しばらく来てくれなくて。それでも我慢強く、彼らが来てくれることを信じて待った。すると、一匹が動き始めたことで全員僕の元へと来てくれて。
「……良く来てくれたね、怖かったでしょう? 痛かったね、苦しかったね。よく耐えたね。今、治してあげるよ」
一匹、一匹。
触れるたびに、震える彼らに 「大丈夫、大丈夫だよ」と声かけをする。
なぜか、晴火先生は僕の手伝いをするだけで、僕のすることに口に出さない。
痛みに震えるたびに、身体をさすりながら、大丈夫だと伝える。
痛みに震える彼らの、人の手に怯える彼らの姿を契約主に見せることで、従魔にも心があることを伝えられたらと思う。
一匹、一匹。
時間をかけながら、ケアをしていく。終わった時には模擬戦が終わってから三時間も経っていて、時間の経過がどれくらいなのか気づいた瞬間、どっと疲れが出てきた。
身体の力が抜け、床に倒れる。……思わず目をつぶり、その衝撃に備えるけど、いつになっても来るだろうと思っていた痛みは来ない。
ゆっくり目を開ければ、そこには心配そうな顔をして受け止めてくれている晴火先生がいた。ああ、また心配かけてしまったなぁ……と考えながら、疲労はピークに来ていて、下がる瞼に逆らうことなく目を閉じたのだった。
「動物に好かれやすい体質も考えもんだな、これじゃ身体がいくつあっても足りない。神様はうちの弟を酷使するつもりなんだろうか」
「そうですね、これほどの体質は見たことはありません。本来なら心を開いてもらえるかも怪しいって言うのに、短時間で成し遂げてしまった」
季水は自分の弟の運命に嘆き、葉月は体質に関心した。しかし、晴火だけは違った。
「これは動物に好かれやすい体質は関係ないぞ。これは元々持つ零の魂の傷に気づいたから、同類意識で信用してもらえたんだ。だから、この体質だけでは短時間では心を開いてもらえなかったと思う。……こいつの魂の傷は、思っている以上に深いみたいだな……」
そう呟いた瞬間、大人しいコハクが牙を剥いて唸り始めた。……まるで深掘りするなと言うかのように。
「……コハク、お前は何から零を守っているんだ……」
コハクは何も語らない、コハクは唸り威嚇を続けることしかしなかった。
あ、意識が飛んだんだな……。
真っ白な天井と、鼻につく薬品の香りで自分は保健室のベッドで寝ているのだと察した。
ベッドには守るかのように従魔たちとコハクがいて、心配かけてしまって申し訳ない気持ちになった。
従魔たちだけじゃない、子猫も赤ちゃんも心配そうにこちらを見ていた。……まるで状況がわかっているかのように。
状況を把握して大人しくしてるだなんて、珍しいことだと思う。少なくても、孤児院の赤ちゃんたちは訴えたいことがあれば泣いていた。でも、涙の跡がないのを見て、彼は僕が気絶している間泣くことをしなかったことがわかった。
それに気づいた時、僕はなぜかこうしなきゃいけないとそう思ったのだ。
「晴火先生」
「んあ? なんだ、目が覚めたのか。調子の悪いところはないか?」
「ないです。そんなことより、この子のステータスを早く開示しましょう。……いつまでこの子を守れるかわからないですから」
目覚めてから開口1番にそう言う僕に不思議そうな顔をした後、考えるそぶりを見せ、すぐに頷いた。
「それもそうか。いつまでも、赤ん坊と呼ぶわけにもいかないからな。零のお父様からは冒険者ギルドから戸籍を作れるように手配してもらったから、ついでにステータスも開示しても構わないだろう。……無理しないって約束できるなら、今日ギルドに連れて行ってやる。どうする?」
「約束します」
ギルドに連れて行ってもらう条件として、コハクの背中に乗って移動することだった。
僕はゆらゆらと揺らされながら、晴火先生の話に耳を傾ける。
「どうして、赤ん坊のステータスを開示しようと思った」
「この子がもしテイマーなら……、僕の契約した従魔の誰かと契約してもらおうと思います。この子、僕と似たような雰囲気を感じて、この子の支えになってもらおうと思って……。もちろん、本人達が嫌がれば無理強いはしませんが」
と話をした瞬間、サクアとハッサクが挙手をした。その行動は意外だった。
「んきゅ! (ぼくらがけいやくすれば、れいさまあんしんできるでしょ)」
との力強い言葉を頂けたことに、なぜかこの子の未来を案じていた僕は少し安心することが出来た。
「もし、この子がテイマーなら、頼んだよ」
いつかはこの子も自立する。ずっと守ってあげることは出来ない。
だから、わかる。僕にはこの子を助けることができないんだって。




