その7
「零」
優しい声に呼ばれて、目が覚めた。隣にはコハクがいて、穏やかな目覚めだった。
「葉月の授業を取るつもりか? ……反対はしないが、具合悪くなったら、すぐにここに戻ってくるんだぞ。コハクがいるから、そこら辺は大丈夫だとは思うんだが」
もう朝だから、起こしてくれたのか。
「とるよていです……、こはくがかえれっていえばそのじゅぎょうではかえってきます……」
寝ぼけ過ぎて自分でも何を言っているかわからないし、出た言葉は舌ったらずになった。……まあ、いいや。
そんな僕の頭を優しく撫でて、優しい目をしながら、
「それならいい。……ご飯作ったけど、どうする? このまま朝まで眠るか?」
優しさで溢れた言葉を向けてくれて、そのことが嬉しくで口元が緩むのを感じながら、
「ごめんなさい、このままあさまでねむります……」
晴火先生が作ってくれたごはん、食べたかったなぁ……と考えながら、そう答えた瞬間、耐えていた眠気はピークに達して僕の意識は途絶えた。
そんな僕は知らない。晴火先生が向ける優しさは誰でも向けられるものではないことを。彼が誰かに優しさを向けることは、人間では特別な存在にしかしないと言う事実を今も、これからも僕は知ることはない。
時計を確認すれば、午前4時。
少し早く起きすぎてしまったか……。それでも寝れる気はしないから、髪の毛を軽く手櫛でとかし、寝間着のまま、もふもふたちを連れて外へ出た。
「……あの子たちは相変わらず、丁寧な仕事をしてくれるな……」
綿のように柔らかな手触りの土に触れた後、リリアに水まきの指示を出した後、他の子達には、
「さあ、ごはんを食べておいで」
赤ちゃんたちの泣き声がするまで、僕は昨日の出来事が嘘だったかのような穏やかな時間を過ごした。
「今日は早かったな」
赤ちゃんの授乳を終えた後、朝食の準備が整った頃に晴火先生は起きてきた。ちなみに、僕はもふもふたちのごはん食べる姿を見守りながら軽食を食べたから先生の分だけです。
「眠れませんでしたか、昨日は。目の下の隈が酷いですよ」
「ああ。悪夢でも見ているのか、日中はおとなしいんだが、夜泣きが酷くてな……、抱っこしてないと泣いてしまうんだ。まあ、赤ん坊は泣くのが仕事だからな、日中にでも昼寝でもするよ」
ふあ……と大きな欠伸を一つした後、用意した珈琲に口をつけ、黙々と食べ始めた。
「今日は夜、僕が見ましょうか」
「いーや、子どもは夜は眠らないと大きくならないからな、俺が見る」
そう言い張る晴火先生に、
「正しく言えばコハクが一緒に眠る、ですけどね。コハクと眠るようになってからは悪夢を見ることが少なくなりましたし、彼にも効くんじゃないですか? それに側にいた子猫は僕の布団で眠ってますし、試してみましょう」
「だが」
「駄目ですよ、晴火先生はただ1人の保健医です。貴方が倒れたら、誰が病人を診察するんですか? 僕にはしばらく時間には自由がありますし、調子が悪ければ最近はコハクがやらせてくれません。大丈夫ですよ」
反論の余地なく、僕は言い張る。それに反論しようと口を開こうとした瞬間、親猫のように甘噛みで子猫のうなじを掴み、起きてきたコハクがじぃ……と晴火先生を見つめた。
しばらく見つめあった後、大きくため息をついた晴火先生は、
「判断はコハクに任す」
諦めて、改めて食べ始めてしまった。
むぅ……、僕よりもコハクの方が信頼度が高い気がするんですけど! 確かに、急に倒れたりしますけど、最近は前よりは無理してないですよ、多分……。少しは成長したんだけどなぁ、としょんぼりしつつ、制服に腕を通し、最後におんぶ紐で赤ちゃんを自分の身体に背負わせる。子猫をタオル入りのカゴバックに入れて、コハクに子守を頼む。すると、
「赤ん坊を連れて行くつもりか……、まあ日中は大人しいからまあいいが。葉月の授業だけしか受けないようだから、自分の好きなことをしばらくやればいい。お前の場合、それがリハビリだ。自由に過ごせ」
「はぁい、行ってきま〜す」
「行ってらっしゃい」
極めつけにそう言われ、否定もできないことだから素直に受け入れ、保健室を出た。
「晴火先生はコハクの言葉がわかるのかなぁ、どう思う? コハク」
「くぅーん?」
コハクもわからないのか、どうしてコハクの方が立場が上なのかわからないままだった。
「それにしても目線が痛いなぁ」
「あれが有栖家の次男か」と言う好奇の目もあれば、「あの人の妻の立場を……」と成り上がりを目指す女子の声や「友人になれば……」と野望を潜ませる声もある。
「めんどくさいな……」
今までは相手が望む性格を演じてたらしい、晴火先生が言うには、だけど。
自由に過ごすことがリハビリと言うなら、僕は好きなようにする。……授業以外は保健室か、温室か、冒険者ギルドにでもいくか。ああ、図書館でもいいな。
色々声はかけられるけど、愛想を振りまくことなく説明会の教室へと向かう。まあ、いちいち囲まれるから振り払うのに時間かかって、到着するまでに時間はかかったけど。
時間に余裕をもってでてきたのに、結局は時間ギリギリに着いてしまった。むぅ……、間に合ったから良いとしようか、なんて考えて多聞だから、油断していた。
「おっはよーございまぁす! れいさん〜」
そんな騒がしい声が聞こえた後、槍が投げられたことに気づいて、僕は反射的に対ゾンビ用の銃を構えて凍らせた。
正気じゃない挨拶に、苛立ちを覚えながら、一応笑顔を挨拶した本人に向けれる。
「わぉ! 目が笑ってないですねぇ、れいさん! おっかしーなぁ!」
と大爆笑してるから、自分の中で音を立てて、堪忍袋が切れて。
「正座」
気がつけば、正座をしながらにこにこしている彼女と平謝りをしている新くんがいた。ちなみに、その間の記憶は全くない。
そんな僕を真っ青な顔して見つめるのは、葉月先生で。その横でなぜか、
「俺が尻にひかれる理由がわかったろ?」
なんて言っている季水がいるもんだから、一度おさまった怒りスイッチが一気に上がり、兄の元へと向かおうとすれば、そんな僕を慌てて抱きしめて止めたのは新くんで。
「季水さんは特別講師だから! いるのはサボりじゃないです!」
「今日はお父様から領地経済学を学ぶ日!!」
コハクは基本的に僕の味方なので、ある程度怒りを発散させてくれた後、鶴の一声で僕の暴走を止めてくれたのだった。
「コハクさぁ〜ん、もう少し早く止めてくださいよ」
授業説明をしている中、ひそめた声でコハクに話しかける新くん。
しかし、なぜにこんなにコハクに対する信頼度は皆さん高いのだろうか……、不思議で不思議でしょうがない。今回ばかりはコハクも僕に賛成だったのか、新くんに釣れない態度をとった後、ちらっと僕の背中に視線を向けた。
そう、今回彼女に怒っていたのは背中には赤ちゃんがいて、怪我をさせたくなかったからだ。それはコハクも同じ、だから僕の暴走を気がすむまで止めなかった。それは、彼女の行き過ぎたスキンシップと言った名の暴走を止められなかった新くんへの当てつけなのだろう。
「コハクさん、え? 嘘、赤ちゃんがいたからあんなに怒っていたんですか? 気づかなかった……」
気づいてなかったの?! 驚きだよ!
そもそも、赤ちゃんがいなくても、敵でもないのに槍を投げようなら普通止めるよね? 室内で槍を投げるなんて狂気な奴過ぎませんかね?
新くんは強いから避けられるかもしれないよ? 僕は武器に頼った戦い方だからけして身体能力が高いわけじゃないんだよ。だから、背中にいる赤ちゃんを完全に守り切れる自信はないの!
槍が赤ちゃんに当たるかもしれないから、あんなに怒ってたわけ。新くん、わかってくれたかな? なんて考えていると、見たこともないくらい鬼の形相をしている彼がいて。
あれま、口は悪いけど僕以上に怒らない彼が怒ってらっしゃる。って、隣にいる彼女が珍しくヘビの前に立たされた小動物みたいになってるよ……、よっぽど、怖いのか。
触らぬ神に祟りなし、とも言うし、自業自得なわけで放っておこう。そろそろ葉月先生の授業の説明の番だしね。
「それでは、テイマーの授業を担当する葉月です」
「よっ、国内三本指に入るテイマー!!」
茶々を入れる季水に睨みを効かせれば、おずおずと引き下がる姿に葉月先生は苦笑いをしていた。
「この授業では、どうすれば効率よくテイマーとして力を発揮できるのか、学んで頂きたいと思います。近代、力によって従魔の力は最大限発揮できると教えられていますが、そうは思いません。力による関係は恐怖による支配でしかないのです。ですから、どちらの関係が強くするのか体感してもらおうと思います」
僕は葉月先生が言うことをうんうんと相槌を打ちながら、話を聞いていると、葉月先生の腕に止まっていた柊さんがいきなりこちらに向かって来て、反射的に腕を出す。
「季水が言うには先生は国内三本指に入るテイマーだそうです。だから、ハンデをあげようと思います。先生と契約年数が長い柊さんは今回の模擬戦では戦わせません。別の従魔と模擬戦をします、ですから零さん、柊さんのことを頼みます」
は、嵌められたぁ。
「……はい」
僕も、唯一同じ考えでテイマーとして指導する葉月先生と模擬戦したかったのに……、戦える権利を意図的に奪われちゃったよ〜。しくしく半泣きしていれば、柊さんが僕の頰を優しく突いてきた。
「カァー!」
リアルなカラスのモノマネをしてきて、最初はどんな意図でカラスのモノマネをしたのかわからなかったけど、しばらくして思いつく。
「ああ! カラスくんはどうしたってこと? カラスくんは繁殖時期でね、青福鳥って貴重な品種でしょう? しばらく、野生にかえしてるんだ。産むときには有栖家の領地で産むようにって言ってあるから、安全に繁殖できると思うよ。しばらくはいないかな。ハッサクたちは晴火先生のお手伝いをする〜って保健室に残ってるよ」
スリーピングキャットのネムは、何度か従魔ボックスから出してみたけど、眠ったままだ。燐さん曰く、目覚めていたのは助けた時に一度だけ目を覚ましただけだと言うことだ。ネムは、繁殖のできない貴重種だ。ましてや、助けられた貴重な一匹だもんだから前例がないから、何が正解なのか手探り状態だ。
随分、子育てが重なる一年だなぁ。あの子ももしかしたら、ここに来るかもしれないね。
とりあえず柊さんのお気に召す答えは出せたようだ、僕が差し出した腕で寛いでるしね。
「僕も葉月先生と模擬戦したかったなぁ」
「零さんが葉月先生と模擬戦しても、従魔関係を正そうとは思わないでしょう? だから、それを見通して柊さん? を零さんの元へと向かわせたようですね」
新くんは、僕をなだめるようにそう言ってくれたけど、彼女のことを説教できてないからか、鬼の形相をしたままだった。けど、そこは油を注いではいけないところだ、僕は指摘しないままおとなしくなだめられておく。
「わかってるよ。でも、テイマーであろう子達の従魔は戦えるような状態じゃないよ。治療してからじゃないと……、下手すれば瀕死になる子もいる」
「……そこまで酷いんですか?」
「……うん、そうだね。賢い子なら、このまま従うくらいなら死んだ方がマシだなんて、わざと攻撃を受ける子もいてもおかしくないくらい、皆精神的にもやられてる。テイマーの意識が変わっても、この子達との関係改善はできないだろうね」
「……そうなればどうなるんですか?」
「……良くて家畜、悪くて……それ以上は察して欲しい。だけど、今回有栖家の人間が2人いるからね。従魔として活動出来なさそうなら、保護するよ。本来あるべき姿で生活してもらう。僕はあまりお金使わないし、土地も無駄にあるから、彼らに適した環境を用意するよ」
僕は声をひそめずに言う。
それを聞いて、葉月先生は「私語はやめなさい」と表向きは咎めたが、安心したような顔をしていた。
「零にお金は使わせないぞ〜! 領主は俺だからな、俺のマイマネーから出すから任せとけ〜」
「貴方は一体いくら持ってるんですか……」
「最近、なんか悪魔? って名乗る奴倒したら、お金もらえたからしばらくは零に貢げるぞ」
あ、悪魔……。もう、どれだけチートなんだよ、この人は! その割には欲ないから、お金も使わないし、好きなだけ貢いだら良いよと諦めの境地だ。
ん? 赤ちゃんが足もじもじしてるな……。トイレかな? この子賢いな、トイレする前に教えてくれるから背中が大惨事にならなくていいね。
一度外に出て、アイテムボックスからおまるを取り出し、支えてあげながらトイレを手伝ってあげる。……しかし、首は座っているとは言え、普通何ヶ月でトイレトレーニングしなくてもトイレできるっておかしいよね?
「……まさか、転生者?」
まさか、ね?
5000文字での投稿、練習中です。
誤字脱字があれば、ご報告ください。文章に対して指摘がある場合は優しくアドバイスを頂けたら……と思います。




