前世の記憶
凛さんを見送ったあの後、慌てて朱基さんはやって来て、ドラゴンを見れなかったことに少しだけ残念そうな顔を一瞬見せた後、すぐさま僕の診察に取り掛かった。
その朱基さんの様子をじっくり観察する晴火先生に対してちらりと一瞬視線を向けた後、わざとらしく声を出して手順を確認している朱基さんに対して僕はくすくすと笑いながら、大人しく診察を受けていた。診察を終えた後、わからなかったことを何個か質問をする晴火先生をいたく気に入ったのか、僕の心拍数や状態がすぐにわかる機械の予備を渡していた。
その後、直ぐに墓守の森を出て、体調の面を考えて2、3日叔父様の屋敷に泊まることになった。最初は1日ならと考えていたんだけど、何せ咲斗から例のものがあと2、3日でできそうとのことだったので、待ちに待ったものだったもんで、直ぐに受け取りたい。そういう考えになり、今に至るというわけだ。
僕は叔父様の屋敷にある、僕専用の部屋のベッドに横になりながら、思いふける。今までどんなに思い出そうとしても思い出せなかった中の記憶の1つを、同じ転生者の過去を知ってここまで冷静に受け入れられるとは思わなかった。
僕には前世、琥珀という弟と翡翠と言う妹がいた。僕は所謂、前世の家族とは養子縁組の関係で、養母養父になってくれた人は自分の母親の妹夫婦だった。
僕は交通事故に遭い、母親が必死に命を掛けて守ってくれたおかげで、僕だけは生き残ることが出来た。養母養父は良い人達で、僕のことを本当の家族のように接してくれて、僕は幸せだった。
……翡翠が生まれるまでは。
翡翠は僕のことを狂気的までに感じるくらい好きで、僕がクラスメイトの女子と話すだけで嫉妬し、怒り、暴力を振るった。当時、とても幼かったため、今だけだからと養母に頼まれ、お世話になっている家族の1人を犯罪者にしたくないから、クラスメイトの女子と話すのをやめた。
もちろん、そこは同学年にいた弟、琥珀に協力してもらいながらその時はなんとかしてきた。
しかし、小学6年から3年間(ここの記憶も思い出せないのだが)僕は誘拐され、次に記憶に残っているのは見つけ出し、憔悴しきった僕を見て焦る琥珀の姿だった。……僕が見つかったのは、宮司がいない神社の中だった、それだけは思い出すことができた。
……しかし、それから翡翠の束縛は執着に変わり、僕は軟禁な生活となってしまった。基本学校以外は出掛けられない、徒歩でのお出掛けはしてはいけない。しようとすれば狂ったように怒鳴りつけ、時には暴力を振るうこともあった。
養母養父も説得してはくれたが、するたびに傷だらけになり、痛々しい姿を見て、説得はしないでと頼んだ。僕の味方はたくさんいたけど、本当の意味で身を呈して守ってくれたのは、琥珀だけだった。
妹がインフルエンザにかかった時のことだった。混んでいると連絡があり、つかぬ間の束縛からの解放を楽しんでいた時だった。出掛けたはずの琥珀が駆け込んでくるように帰ってきて、慌てて家を出ろと僕の荷物をまとめていた。
「え?」と呆然としている合間に、琥珀が全て支度をしてくれ、荷物と判子、通帳にカードを僕のスクールバックに詰め込んだ後、
「……勝手に決めて悪いが、お前を守るためなんだ。わかって欲しい。そこに通信の学校の編入書と、住居の住所、あとはお前の父親の祖父祖母叔父の連絡先が書いてあるから、何かあれば保証人を頼むんだ。学校は悪いけど大学の手続きをしておいた。あらかじめ学校側にはお前の状況を話し、私立だからな、うまく手配できるようにはしておいた。その通帳と判子はお前の親からの遺産だ、なんかあった時にと父親側の祖父母から渡されていたんだ。財布の中に暗証番号は入っているから、それを使え」
「えっ? え?」
「……悪いな、説明している時間がない。混んでるとは言え、すれ違わないように送り出すには急がないといけないんだ。
わかっていて欲しいことだけ簡単に説明する、これだけは守ってくれ。20歳になるまではなるべく、通販を使うんだ。出かけるのは最小限にしろ。どうしても出掛けなくちゃいけない時には父親側の祖父母に付き添ってもらうか、この人のタクシーを予約して出かけるんだ。彼は元警察官で、お前を助ける協力してから定年を迎えた人だから、本人もお前の今の状況を案じていた。何なら、保証人にもなってくれると言っていたから信用もできる。……いいか、こんな生活も20歳になるまでだから、俺が言ったように過ごしてくれ。20歳を過ぎたら、また会おうな?」
そう言って、琥珀は駅までタクシーで送ってくれたが、その間何度理由を聞いても、
「20歳になったら全てを話すから」
て言って何も教えてくれなかった。……これが僕が家族と離れて暮らしていた理由。
それから数時間後、実父の祖父母から琥珀が行方不明になったことを聞いた、それまでの記憶しか思い出すことが出来なかった。いや、それ以上の記憶は思い出すことも、思い出してもいけないと何故かそう思った。
その瞬間のことだった。
「……いいかい? 零。お前は、異性を恋愛的な意味で愛してはいけないよ? 愛されたら逃げるんだ、その女性は狂気を持っているから……。いいかい? 20歳まで逃げきるんだよ」
この声は誰……? あぁ、思い出した。父親側の祖母の声だ。……毎回思っていたけど、なんで20歳までなんだろう? そう考えても、脳内に流れた祖母の声は答えてくれず、
「今度こそ20歳まで生き延びるんだよ、零」
それ以降、どんなに待っても祖母の声は聞こえることはなかった。
さて。妹、翡翠だけど、彼女は僕が実の兄ではないことは知らなかった。何せ、軟禁まで強いてくる彼女のことだから、責任を取らなければならなくなる手段を取ってまでも僕の側にいることに執着していた。現に、彼女は実の兄でなければ、そうしていたのにと明言していたからね。
……まあ、僕も一歩間違えれば翡翠みたいな事態になりかねない性格かもしれないけど。前世では琥珀が助けてくれ、現世では家族やたくさんの人が支えてくれているから、間違っても軟禁しようとするような考えには至らないと思うけどね。
「……怖いんだ、人に依存してしまいそうな自分の考え方が。……国民だから守る、その言葉が言える立場でいれる限り僕は彼女のようにはならないけど、もしこの立場じゃなくなったら……、僕は僕を慕う皆を害する人が現れたら、どんな手を使っても助けたいと思ってしまう、行動に移してしまう。……そんな自分が怖いよ」
僕を守るように囲んで眠っている家族(従魔やペット)達の寝息しか聞こえない静かな空間の中で1人そう呟いた後、身体に寄り添うように眠る琥珀を抱き枕のように抱きしめ、僕も眠りについたのだった。
眠りにつきそうになった時、
「わんっ!」
そう鳴くコハクの声が聞こえたような気がしたが、なんで鳴いたのか聞く間も無く、眠りに誘われるまま眠りについたのだった。




