その5
わかりました、と素直に了承しようとした時、人では発することのできない威圧を感じ、思わず出口の方向を顔を向ける。それは前にいた彼も同じだったようで、一瞬視線を逸らした時に同じ方向を見ていたから間違いない。
「この気配の強さは一体、なんなんですか」
僕はゾンビとばかり戦っていたから、あまり戦ったことのある魔物の種類は多くない。だから、晴火先生に素直にそう聞けば、
「……ドラゴン、だな……」
深刻そうな声でそう答えてくれた。
正直、ああ通りでとしか感想がなかったけど、どうもおかしいの。ドラゴンが降り立ったにしても、ドラゴンが召喚されたにしても、敵意がないのはおかしい。それなのに戦闘音が聞こえ、反撃するような気配もない。
それはなぜ?
「ねぇ、晴火先生? 発作が出そうになったらすぐにここに戻ると約束するので、様子を見に行きたいのですが、よろしいですか?」
すごく気になるの。それに、このままこの状況を放置していたら、後々後悔するようなことになりそうな気がするから、だから必死に訴える。
「……しかしだなぁ、お願いは叶えてやりたいところだが、発作となる原因がいるとなると保険医としてはそれは許可を出すのは難しい」
難色を見せる晴火先生に対して再度訴えかけようとした瞬間、コハクが僕の前に立ち、
「わんっ!」
そう一鳴きし、しばらく晴火先生と見つめ合っていた。すると、彼は頭を抱え、溜息をついて、
「……わかった。保険医としてこれ以上は無理だと判断を下した時には素直にそれに応じること、俺の側から離れないこと、それが条件だ」
様子を見に行くことを渋々了承してくれた。彼らの間で何が合ったかはわからないけど、こちらとしては好都合。僕は彼の手を取り、急いで戦闘音のする方へ駆け出す。
ハッサクは僕の立ち上がりと同時に立ち上がったコハクの背中へ、サクアは瞬時に触手を作り、晴火先生の肩へ伸ばし、乗る。そんな素早い連携がありつつ、僕達はすぐに現場に着くことができた。
その状況は予想通りだった。
攻撃をやめさせるように説得をする季水と葉月先生の言葉を跳ね除け、生徒達はドラゴンに攻撃を続けていた。
そして、そんな状況であるにも関わらず、反撃をせずに何かを守ってるドラゴンの姿を見て、どちらの方へ味方をすべきなのは明白だった。
普段はけして姿を現わすことのないドラゴンが姿を現わすのはよっぽどのこと。ましてや、攻撃の意思も持っていないのなら、……正しいことをしている方の国民を守るのが有栖家としての貴族のあり方、だ。
「コハク、サクア、ハッサク、カラス君出番だよ」
そう一言発した後、それぞれの方向に札を一枚ずつ投げ、彼らはそれをキャッチして、渡された札の数のみで何をすべきなのか判断し、自分の担当の位置へと移動して札を置いていった。それを確認した後、
「《防壁陣》」
四天結界のやり方を外でもできるように、防壁陣の札の使い方をくふうしたのが今回の連携での札結界はんだ。普通の防壁陣より強化された札結界になってはいるとは言え、実力者も攻撃を加えているから多少はヒビが入っていく。……ふむ。
「《結界強化》」
3枚くらい強化札追加しておけば、あのくらいの攻撃は防げるかなぁ〜……と予測して、防壁陣に向かって強化札を投げ、貼り付ける。
それ以降、攻撃を加えても、結界にヒビが入ることはなく、僕はにっこりと笑う。
「所詮、先天性・血縁スキルで攻撃スキルの威力でこれくらいで防げてしまうとは、残念です。札結界に、札術の強化札3枚ごときで防げてしまうくらいの努力しかされてこなかったとは宝の持ち腐れですよ。僕は先天性・血縁スキルに攻撃スキルがないと有名みたいですけれど、驚かれたでしょう? 後天性スキルのみで自分の攻撃が防がれたこと。才能があれど、努力が足りなければ、後天性スキルに負けてしまうのですよ」
ふふっ、知らなかったんですか? と追加してそう言えば、その言葉の意味を理解して呆然としているのか、攻撃が一斉に止んだ。
「可哀想に……、傷だらけではないですか。無抵抗なところをあれだけの攻撃数を浴びればこうもなりますよね……」
さて、攻撃が再開される前に治療を始めてしまいましょうかねと晴火先生の手を引き、結界内に入って行く。
「ねぇ、せんせ? せんせなら、わかりますよね? なぜあれだけの攻撃数を浴びて、こんなにも怪我をしても無抵抗であったなら、治療する対象は誰なのか、わかってくれますよね?」
「……好きなだけ試せばいいさ。わかってるよ、このドラゴンを治療すべきなことくらいはさ」
僕の問いに対して、晴火先生はまず好きなだけ試せばいいさと言ったことに対して、僕はどきりとした。
そう、僕は試していたんだ。自分の気づかないうちに、この人を信頼して良いのか試していたことに彼の言葉で初めて気づいた。でも、その動揺は必死に隠しながら、
「僕のわがままに付き合わせるんですから、回復ポーションは僕が提供しますね」
と、わざとらしく話をそらせば、話を逸らしたことに対して触れることなく、アイテムボックスからアルコール消毒と医療用手袋、ビニール袋、ガーゼを取り出し、僕の手のひらにアルコール消毒を数滴だし、僕はまんべんなく自分の手のひらに塗っていく。
塗り終えた頃に、医療用手袋といつのまにか出したのかマスクと白衣を渡され、それを素直に着用していっている間には治療を始める下準備は終わらされていた。
リリアに協力してもらいながら、傷口についた土埃を洗い流した後、丁寧にガーゼに回復ポーションを染み込ませたものを傷口に貼り付けていく。もちろん、ドラゴンは巨大なので途中から季水と葉月先生にも手伝ってもらいながらでも、数時間治療に費やし、ドラゴンが目を覚ましたのはすべての治療を終えたと同時のことだった。
目を覚ましたと言えど、攻撃を受けた疲労は取れてはいないので、意識は朦朧としているようだった。そんなドラゴンの様子を見て、しばらくは様子見と判断したのか晴火先生が、
「なぜ、普通科に進んだのか不思議なくらいの品質の高さの回復ポーションを躊躇いなく、どんどんドラゴンに使っていくだからなぁ、有栖家恐ろしい……」
そう呟いた言葉に、よく言われ慣れてることだからスルーを決め込むと決めた僕が反応せずに後片付けに勤しんでいると、
「それは零だけだからな。零が育てる植物の品質はとんでもなく高いんだ、それも零が作る回復ポーションの品質を上げている要因だ。
それに、回復ポーション作りを得意とするのは怜亜と零だ。俺が作る回復ポーションは普通さ、俺に毒物以外はこんな品質の高いものを息を吸うように作れるわけないだろう?
零は調合の道具は料理道具だからな、普通のことを今更学んだことでやり方は変わらないぞ。それに零は調合師の資格を持っているから、別に学園で調合について学ぶことなんて少ないだろう?」
僕の代わりに、僕の考えをドヤ顔で代弁してくれる季水に晴火先生は呆れたような顔をして、
「なんで、毒物だけはあんなに高品質を作り上げるんだろうな、お前は。まあ、救いようがあるとすれば同時に毒を消すことにも長けているところか。……それよりも、なんで零がすごいはずなのに、お前がドヤ顔をしてるのかが一番気になるんだが」
呆れながら言った言葉に対して、今までスルーを決め込むと決めていた僕も思わず、
「毒物を高品質で作り出す季水の方が特殊なんだよ、季水。僕はあんまり毒物を制作するのは得意じゃないんだから、毒消しは作れるけど。
まあ、有栖家で一番毒性が高いのは僕以外の有栖家が作った料理という名のダークマターなんですけど。……それから、季水のブラコンと過保護さはもう手遅れだからそれは諦めた方が良いですよ」
前半は季水に向けて、後半は晴火先生に向けてそう呟けば、
「……お前は料理が作れるのか」
遠回しに僕が料理ができることを知った時の晴火先生の顔は、世界の終わりから救われたような顔をしていたのに驚いた。……と言うことは、季水の作った料理という名のダークマターの被害者なんだろうな……と言うことがすぐに思い当たり、僕は思わず笑ってしまったのだった。




