その4
季水が葉月先生を連れ戻してきた頃、実力テスト開始30分前に差し迫っていた。
「ハッサク、ククル、これから実力テストが始まるよ。ハッサク達の方は準備は良い? チーム形式でも、個人形式でも対応出来るように準備は出来てる?」
いつも通りに作戦が行き届いているかの確認をすれば、ハッサクは触手で丸を作ってくれた。そのサインに満足していれば、葉月先生は感動したような顔で僕らのやり取りを見つめており、これでさえも普通ではないのか……とこの世界のテイマー事情に改めてドン引きをした。
声をかけるだけで感動されるとか、どれだけ従魔達はひどい扱いをいるのかさらに実感させられたよ。
とりあえず、生徒の立場である僕は、この学園にいる間は教わる立場の人間だ。だから、僕はこの件について何かを言うつもりはない、自分がどれだけの権力を持っているか理解しているからね。
学園では貴族の立場は関係ないとされているけど、実際上手く切り替えられているのは少数だと思う。だから、あえて何も言わず、態度で見せて行こうかなとは思うくらいかな?
それは今すぐ解決するような問題でもないから、ひとまずおいといて。
個人戦でも、チーム戦でも良いように飛翔ボードではなく、飛翔靴を履いてはいるけど、コハクもいるから山全体を見回す時くらいしか使えないだろうなぁ。……コハクと行動は飛行系の移動手段を使いたい時に制限が付くけど、コハクは可愛いゴールデンレトリバーだと思うと痛い目に合うような特殊な体質を持っていているんだ。それはスキルとか加護と関係ないものらしいけど、コハクと同族は他には見つかっていないからよくわからないらしい。
とりあえず、従魔には何故かなれないけど、従魔レベルで戦えるようにされてしまったんだよね。
もちろん、それは心配症な叔父様と季水によって、立派な護衛に育てられてしまったさ! コハクとカラス君はここまで連れて回るつもりもなかったのに!
心配してくれるのは嬉しいけど、ハッサク達やコハク、カラス君と移動しないと季水の胃に穴が空きそうだから毎回連れて歩くようにはしてるんだ。でもね、移動がなかなか大変だからどうしようかなって言うのが最近の悩みなんだけれど……。
僕以上に連れている人がいるな。……まあ、思わず喧嘩を売りたくなる……ううん、威圧を向けたくなるような対応をしている子ばかりで威圧に関するスキルだけ上手くコントロールが出来なくなりそうなくらいにひどい。
文献では知っていたけど、実際に見ると神経が削られていくようだ。そんな内診を察したかのように僕の方に手を置いて、
「本当に零のテイマースタイルと他の奴らでは違うんだよな。まず首輪や鎖をつけられているし、腰には鞭をつけている。事あるごとに怒鳴りつけては怯えさせてどちらが優位なのかを理解させている、それが今の軍のテイマーとしてのあり方だ。だから騎士とテイマーでもある騎士との仲は最悪だ。
ただ、騎士だって奴隷のように道具として接していないテイマーに対してはそんな対応はしない。仲には絆を深め、強くなっているテイマーがいることも理解している。だから、普段通りの零でいれば、最初は試されるようなことをされるかもしれないが、嫌われることはないと思うぞ」
そうテイマーの現状を教えてくれた。その瞬間、タイミングを計ったかのように起きた。僕の視界には鞭を打ちつけ、その痛みに耐える従魔の悲鳴を上げるその光景が目に入る。残虐な光景が目に入ったと同時に僕の喉がひゅっと鳴った。
その時だった。ほんの一瞬、誰かに首を掴まれそうになる映像がフラッシュバックする。
「■■■■」
その記憶で何を言われたかは、脳が拒絶してわからなかった。だけど、身体は覚えている。身体はわずかに痙攣し始め、頭が真っ白になり、悲鳴をあげそうになった瞬間、周りがぼやける中、コハクだけがなぜか鮮明に見え……、
「わんっ!」
その声で我に返り、悲鳴を飲み込んだ。それでも身体の痙攣は止まらず、力も入らなくなり、晴火先生に抱きとめられた。
そして、僕の肺が余計に空気を吸い込み始めたのを感じた。
より寄り添うようにハッサク達が側に来てくれていることに対して安心感を感じつつも、息を吸いすぎてしまう自分に焦りを感じたその時、優しい声が僕の耳に届く。
「大丈夫、零。俺が側にいる、お前の大切な家族達も側にいるじゃないか。お前が怖いと感じているものを俺達にも背負わせてくれないか? もう1人で戦わなくていいんだぞ、誰かに頼ってもいいんだ」
そして、晴火先生は僕の耳元で、
「少なくても学園にいる間は、俺がお前のことを守るから。俺だけじゃない、葉月もお前達の家族もお前のことを守るから、もう1人で怖がらなくて良いんだよ」
優しさだけがこもった声が聞こえた。その声を聞いてから、僕が怖いと感じた記憶が徐々に消えていくのを感じながら、ざわめく同級生の声を聞きながら意識が遠のいていった。
ゆっくり目を開ければ、まず目に入ったのはテントの天井だった。それで理解する、……自分はまた倒れたんだと。
「ああ、起きたか」
ハッサク達は心配そうに寄り添ったままで、離れようとしないから声をかけられたけど、起きられないから、僕は横になったまま、
「……はい、起きました。……ところでテストは?」
答えがわかりきった質問だとわかりつつも、そう質問をする。きっと終わっているだろうとは思いつつも思わず聞いてしまう。すると、晴火先生は呆れたような顔をして、
「まだ終わってないが、許可は出来ない」
そう釘を刺されてしまった。本当は「どうして?」と聞きたかったけれど、前回のように忘れているわけでもなく、黙ることしか出来ない。
「今回の過呼吸の発作は、『従魔虐待現場を目撃したことによるストレスにより、潜在的に隠されているトラウマの記憶がフラッシュバックしたことによるもの』だ。だから、テイマーが複数いる今、ストレス過多な環境であるのにも関わらず、許可をしてしまえば、現在回復期傾向にあるものを悪化させることに繋ぎかねない。これは保険医権限により、有栖零の実技テストの免除を命じた。今後、お前には強制的に保険医の助手となり、俺が保護していてもおかしくない状況を作る必要がある。……いいな?」
そうだ、原因はそれで間違えない。今回は覚えているからこの申し出を断るための言い訳が思いつかないから、素直に頷くことしかできない。……そして、じゃあせめて試合だけでも見せてくれ、と言う譲歩も言うことが出来なかった。
それは間違いなく、従魔が虐待される現場を見てトラウマをさらに植えつけられたことにより、そう提案するための言葉が出ないのと、恐怖から手が震えてしまうから、だ。
「……体の病気があるんだ、こころの病気があってもおかしくない。それなのに、それを肯定する医者は数が少ない。大体は宗教を紹介されて、悪鬼や悪霊に憑依されてるだの言われて、監禁される運命を辿る。それを防ぐために俺は保険医になった。学園に入れば色々な問題が起こり、思春期などが重なって、ストレス過多な環境にどう適応したら良いのかわからずに体調を崩すクラスメイトを見てきたからな。
何かあればすぐに言え。有栖家の人間は宗教に頼るような家系ではないとは思うが、いかんせん優秀すぎるから、全て自分でなんとかしようとする。依存性が高くて、秘密主義な性格が多いから、手遅れになれば大変なことになる。だから、お前らが愛する国民のために何かあれば俺を頼れ、わかったな?」
その言葉に、ああだめだと思った。この人の言葉はまるで甘い毒。一度知ってしまえば後戻りができない、この時それを僕は初めて味わってしまった。




