その3
「珍しいなぁ、素直に僕から離れるようなお願いごとを聞くなんて」
驚きのあまり、思っていたことが口に出てしまっていたようで、晴火さん? 晴火先生? どっちかはわからないが、苦笑いされてしまった。
「そこまで過保護なのか」
彼はぶっきらぼうな口調ではあるけど、優しい声でそう聞いてきた。
「……僕が傭兵族の領主に挨拶して、しばらく滞在して少し経った頃、傭兵の仕事を斡旋してもらうためにやって来た男に女の子に間違えられて、襲われかけたことがあるんです。幸い、僕は1人ではありましたが、いつものように従魔やペットを連れており、コハクがその気配に真っ先に気づいたことで僕は怪我をすることも、身体に触れられることもありませんでした。それ以来、季水は過保護になりました。……あの重たい愛情表現は元々からですけど」
この話をする時、恐怖から立ってられなくなることが多く、話す前に木に寄りかかるように座り、ハッサク達が僕が座ったときに来る定位置に移動したのを確認した後、そう話した。
彼は急に座ったことを咎めることもなく僕の目の前に座り、話を聞いてくれた。全ての話を聞き終わった後、僕の目を見た。そしてこう言った。
「怖かっただろう? 襲われたことよりも、立ち向かったコハクが怪我するんじゃないか、死んでしまうんじゃないかって。……零、おまえの傷は自分が思っている以上に深い、俺はこう見えて保険医だ。だから、生徒の心のケアをするのも俺の役目、何かあってもなくても俺を頼れ、いいな?」
初めて的確に考え方を見抜かれ、僕は返事すらできないくらい呆然とした。そんな僕の頭を大きい手に似合わないくらい優しい手つきで撫でて、続けてこう言った。
「本当ならこの段階での発表は特例以外には認められないんだが、この件は特例として認められるだろう。これよりも前、学力テストを受けたな? 1年から3年までの範囲のテストだったんだが、お前は満点だった。だから、1年から3年までの一般教養の授業は免除されている。その間は保険医のサポートをしてもらう、そうすれば季水の過保護も多少は緩和するだろうからな。……それで、異論があるなら聞くが?」
頭を撫でたまま、そう聞いてきたから素直に僕は少し考えた素振りを見せた後、学園の見取り図を暗記したときにあることを知って、開拓をしたかったごとをして良いか交渉してみることにした。
「あの、学園には壊れた温室がありますよね? 保険医のサポートはしますから、その温室を直して薬草園にしちゃダメですか? もちろん、僕の所有にするのは僕が在学中だけで、卒業後は所有は学園側に戻しますから」
恐る恐るそう聞いてみれば、晴火先生は思案する素振りを数分した後、
「貸している借りを返せと言えば、もぎ取れるだろ。ましてや、緑水の位随一の育ちの手の持ち主だと季水から聞いているし、むしろ貸しが増えたと言っても過言ではないか。しかし、さすがにこれ以上貸しを増やしても可哀想だな。あと、もう1つくらい我儘をもぎ取ってやろう。……何が良い?」
少し考え込んだ割にはあっさり温室の管理主権限をもぎ取ると言った後、むしろ学園長側に借りが増えるだけだと呟いて、なぜかもう1つ我儘を聞いてもらえることになってしまった。
なぜそんな結論になったのかはわからないけど、とりあえず聞いてもらえる我儘は聞いてもらおうと決めた。
「さっきのお願いの追加なんですけど、学園側に温室の中身まで壌土する条件として災害時、感染症が流行時、無償で提供することも加えておいてください。
あと、出来ればコハクとカラス君以外のペットを連れてきてもいいですか?」
そう頼めば、それくらいで良いのか? みたいな顔をする彼に、それが大したことじゃないんだなぁと考えていた僕は苦笑いをしながら、
「僕が連れてきたいペットとは、リトルベアとメイプルベアなんです。彼らは僕のお手伝いが好きで、僕がいない時はお手伝いもなかったから元気がなかったらしくて、心配で心配でしょうがなかったんです。
爪を切っているから攻撃力も半減しているし、正義感が強いからいじめられている人を助けることはすることだったり、僕に本気で危害を加えようとすれば攻撃するかもしれないかもしれませんが、人を殺めてはいけないことは理解している子達なんです! ……だめですか?」
リトルベアとメイプルベアを連れて行きたいと頼んだ瞬間、一瞬顔色を変えたが、僕の顔を見てやれやれと言ったような顔をした後、
「……学園側からお前が入学にするにあたって、どんな扱いをしようとしているか知っているか?」
え? と考えた瞬間、間髪入れずにこう言った。
「護衛数は貴族の中では唯一癒しの力を使える癒しの位のご令嬢と同じ数を予定していたんだ。癒しの力を持っていたとしてもあの血筋には勝てないけどな、癒しの位のご令嬢の力は本当に助けたい重症の人は助けられないのだから。それでも彼女らは重要人物である方々と、同じ数と同じ護衛数なんだぞ? そんな人物が護衛としてリトルベアとメイプルベアを連れて行きたいと望んでいると言えばどうだ? 他の令嬢に護衛数を割り振ることができるし、お互いに良い思いが出来るだろう?」
そう提案してきた彼に、僕はえ? と首を傾げていると、
「良いか? お前は確かに男だ、でも見た目はご令嬢にしか見えないから間違えて誘拐される可能性だって出てくる。ましてや、先天性・血縁スキルの攻撃スキルもないからさらに狙われやすい。かと言って、慎重派の闇組織の人間は有栖家の血筋を敵に回そうとすることを大体は避けるが、手段を選ばない奴も中にはいる。だから、お前はご子息ではあるけども、護衛数に関してはご令嬢の基準で設定しているわけだ。そうなると、お前は重要人物扱いされて癒しの位のご令嬢と同じくらいの護衛数になるってわけだ。……理解できたか?」
彼は詳しく丁寧にそう説明してくれた。説明してくれたことで思い出したことがある。……そう言えば知らない人に話しかけられたことがあって答えようとしたら、コハクがその人に噛み付いて、カラス君が守衛さんを呼んできて連行されてたことがあったなぁ。あとあと聞いてみるとその人達は盗賊だったり、闇取引をしているような商人だったりしたらしい。
中には指名手配されているような人物もいたりしたらしく、協力手当を支払われたりしたりしたことがあったなぁ……と。怖い思いをしたのは、1回しかなかったからあまり覚えていなかったけど、考えてみれば
誘拐未遂を複数回されていたことを今思い出した。
だから、あっさり従魔じゃないコハクとカラス君を学園に連れて行って良いと許可してくれたのかぁ。
「ちなみにコハクも護衛扱いだ。彼の誘拐犯の嗅ぎ分け能力の高さが認められて、学園に入ることを許可が下りたんだ。しかも、実績は数十件以上とくれば文句なしで認められた。カラス君は伝達鳥として申請してある。リトルベアやメイプルベアなら、実績がなくても護衛として認められるだろう。役割がある動物だとわかるように入学後に証が渡される手筈になっているから安心して欲しい」
そんな彼の言葉に、コハクは護衛扱いなんだぁ……と考えていた。コハクの頭を撫でながら、確かにリトルベアとメイプルベアなら攻撃力を半減しているとは言え、護衛って言える強さはあるけどね、あの子達はあまり戦いを好まないんだけどね。好きなのは薬草の収穫作業なんだけど、まあ戦えなくはないし、護衛と言う名目で入るしかないか。
ちなみにリトルベアとメイプルベアは毛並みの色が違うだけで、同じリトルベアの仲間だ。メイプルベアはメイプルが好きで、メイプル色の毛並みをしているだけで力持ちで、つめ先の鋭い小型のクマだ。だから不注意で誰かを傷つけないように爪は切ってあるはあるんだけど……、思ったより長話になりそうなので、一度他の子達が何をしているのか確かめる。
側にいるのはコハクだけではなく、ハッサクとククルは重要な話をしているとわかっているのか僕の側から離れず、他の子達は僕の目の届く範囲で遊んでいたため、僕はまた彼との話に戻る。
「わかりました。うちのリトルベアとメイプルベア達は斧と鎌と大剣、盾なら使えるので護衛の資格はあると思いますから、認められると良いのですが……」
何気なくそう言えば、
「はぁ?! 普通、リトルベアとメイプルベアにそこまでの知能はないだろう?! 俺は動物全体を診察可能だが、そこまで知能は高くなかった」
僕の発言に一気に優しい顔から、真剣な顔へと豹変した。そんな彼に僕は圧倒されつつ、
「その子達は人の手で育てられたリトルベアとメイプルベアですから。リトルベア2匹は親とはぐれているところを保護しました。メイプルベア2匹は、自分の子供を受け入れられず、親熊が殺めようとしていたところを偶然見かけたので、助けました。もちろん、親熊に施したのはしびれ薬付きの矢です。
森へ返すわけにも行かず、それから有栖家全体で育てることにしました。それで、健気な彼らは自分にできることは何か、たくさん学習していったんです。もちろん、武器の使い方を教えたのは季水ですよ?」
そう説明すれば、また優しい顔に戻ったのを確認した後、僕は続けて言う。
「えぇ、僕が連れてきたい子達は、人間が育てたリトルベアとメイプルベアです。通常よりはかなり頭の良い子達であり、自分のことを人間だと思っているのか人を襲うことをしない、とても良い子達です」
にっこりと笑いながらそう言えば、彼は思案するような顔をした後、「わかった」と一言だけ言ったのだった。




