その3!
それから数十分後。準備を終えて、リビングに戻ればいつの間にか叔父様がまた出掛けていたが、それを気にすることもなく準備を整えたのか、僕が来れば出かけられる状態にすでになっていた。
(流石だな……)
と考えているうちに、圭介さんが駆け寄ってきて、僕が持っていた荷物を持ってくれた。なので、歩いて貰おうと考えていたハッサクを肩に、肩に乗っていたサクアを抱え直せば、
「ここからは薬剤店が一番近いので、まずは薬剤店から行こうかと考えているのですが、よろしいでしょうか」
一番近いと言っているが、彼らは護衛のプロだ。彼らの判断が一番安全に過ごせる可能性が高い。
「順番にこだわりはないよ。君らが考える一番安全に休日が過ごせるルートにしてほしい。僕は自分が望んだ場所と、安全に過ごすことが出来たらそれで良いのだから」
ここでルートを変えて、そのせいで襲われて護衛の誰かが亡くなったとしたら、考えるだけで血の気が引いていく。
だからこそ、素人は口に出さない方が良い。嫌な予感が外からすれば、予定を変更すれば良い。
「護衛のプロとは言え、人は間違えることはある。一番完全なルートだと言え、未来予知ができない僕らに危機回避を完璧にすることは無理だ。……もし襲われたとしても気にすることはないよ、襲われたら護衛としての役目をしっかりと果たして欲しい。でもね、僕は我儘だからこうも願ってしまう。自分の身を呈してまで守らないでと」
「……その言葉は有難いですが、その願いは叶えて差し上げることは難しいでしょうね。命を呈して貴族の方を守る、それが我々の存在する意味です」
偽善なのはわかっている、わかっているけど望んでしまう。
「……それは理解している。自分の命を犠牲にしない守り方をしてくれればそれで役目は果たしていると考える僕は甘いんだって。それでも! 自分を犠牲にしてまで守れば僕は怒るし、そうさせた自分を責める。それだけは忘れないで欲しい」
(……このままでは、近いうちに護衛達にそのような決断をさせてしまうような時、そうさせない案を出せても実行できなければ意味がない)
「だから、僕は守りと逃げ足を鍛えるよ、君達に自分を犠牲にしてまで守るという決断をさせないように強い人を呼べるように」
攻撃スキルがないなら、新しく突破できるようなスキルを育てれば良い。幸い、ここは努力が実る世界だから僕は努力をすることを躊躇うつもりはない。
「時には僕を庇うしか、手段がない相手がいるかもしれない。……時間稼ぎすら出来ない敵がいるかもしれない。そうならないために、僕は誰かを傷つけることは嫌いだけど、戦うことを覚えるよ。自分が戦わず、体を傷つけずに戦えなど言うのは筋が通らないし、ただの横暴だから」
自分の命を犠牲にして助けることをしないで欲しいとこだわるのは、僕は知っているからだ。……大切な人に庇われ、自分だけ生きていることの悲しさや自分が生まれなければと無意識に責めて苦しんでいた人がいたことを知っていたからだ。
その人は、親代わりの人に庇われて生き延びた経験がある近所の会社員のお兄さんだった。普段は穏やかで優しいし、頭も良くてしかも親切な人。過去に辛いことがあったことを察しさせない人だったから、初めてあの日になった時は驚いた。
月命日になるとその日だけは壁を叩き、ごめんなさいと、自分があの時気付いていればと悔しそうに泣きながら、叫んでいたことを。
その日だけは物音に厳しい大家さんも、あの子はこの日だけでも親代わりを失った悲しみを吐き出さないといつか感情を失ってしまいそうだからと許してあげて欲しいと部屋を借りた時に言われたことがある。
……まさか、お兄さんだったなんて思っても見なかった。
親代わりの人は間違いなく、彼のことを愛しく思っていたからこその行動なんだろう。そうでなければ、そんなことは出来ないと思う。
しかし、彼もまた同じく、親代わりの人を慕っていたはずだ。
彼は、抱いている自分の夢を叶えさせるために生かしてくれたんだとそう言っていた。だから、自分は悲しみに負けて自分の夢を放棄することは出来ないのだと、それを果たすことで親代わりの人にその時まで与えてもらった恩を返すことが出来るなら、自分は悲しみに暮れる暇はないのだと言っていた。
が、自分を庇い、慕っていた誰かを失うと言う悲しみは、痛みは消えたわけじゃない。その悲しみを、痛みをこの世界で出来た大切な人達に味合わせたくないから、僕は貴族だからという理由で庇われ、大切な誰かを失いたくない。
その考えは、魔物と死闘を繰り広げる可能性がある仕事が存在するこの世界では、甘すぎる考えだとは理解している。
我儘なのはわかっている。僕が護られる立場であることも理解している。それでも、僕は自分が弱いまま、誰かに護られることを許容出来ない。だから、僕は自分が護れるくらいには強くなると決めたんだ。
僕は恐らく、攻撃面において強くなれることはないだろう。だから、僕は護りながらと言う弱点がなくなるようにしたかった。走るだけではなく、あらゆる手段を使ってでも、確実に逃げられるように色々な逃げ足の手段を鍛えようって決めた。
僕が逃げられれば、護衛も逃げることが出来るのだから。
「……それが例え、失うわけにいかない重要な人物を護り、英雄と称えられていたとしても、その考えは変わりませんか?」
神妙な顔をして、夕陽くんはそう聞いていた。その意図は掴めなかったが、僕は真剣に言葉を選んで返す。
「変わらないよ。その人物が英雄と称えられたとしても、その人物を必要としていた家族は? 友人は? 悲しみに暮れるんじゃないの?
その人物がしたことは国民のためには正解かもしれない、むしろその人が行った行動こそが貴族としてはある意味正解なのかもしれない。でもね、僕は例え、考え方が危ういと、幼いと言われたとしても僕を守って死んでゆく人の姿を見たくはないよ」
何度もいうようだが僕の考え方は甘いんだ、自分でも良く理解している。身を呈して護るなと言えるのは季水くんくらい強くならないと実現は難しいのに。
それでも過剰な力をつけたくないと願うのは僕の我儘だ。
僕を殺した悪魔のように力を手に入れて、狂うかもしれないと言う恐怖感と、誰も傷つけないで生きていきたいと言う甘い考えからくる願い。
(それに、僕がいなくなって家族を、友人を悲しませていると思うと胸が痛い)
「それに、護られたその人は? 自分を守るために死にゆく姿を見て、もしその場にいなければ死ぬことはなかったのかもしれない、自分が油断してなければ、自分がもう少し強ければ……と自分を責め続けているかもしれない」
自分のことを庇って大切な誰かが亡くなれば自分のこと責めるよ、立ち直るのに相当な時間が必要になる。いや、立ち直れない人もいるかもしれない。それを考えれば、出来ればそのようなことは起きて欲しくない。
「身を呈して誰かを護ることは誰にでも出来ることではないと思う。国民は英雄と語るかもしれないけど、その裏には誰かの悲しみがあるんだ。誰かの犠牲の元、誰かの悲しませる結末の先に幸せがあるとして、綺麗事かもしれないけど、それは本当に幸せになったと言えるのかなって僕は思ってしまうんだ」
僕は真剣な表情でそれを言った後、考えを聞いて固まる夕陽くんを見てしまった。彼もまた、過去に何かあって、ああ聞いてきたんだろうとそう考えながら、目の前まで移動する。
泣いてはいないけど、目元を拭う動作をしてしまった。なぜか、それをしなければならないとそう思ったからだ。
すると、その動作を終えると同時に、涙腺が決壊するように泣き始めてしまった。その姿はもう、あまりにも悲痛で、肩に乗っていたハッサクが夕陽くんの肩に乗り移り、慌てて触手を作り出して、その涙が流れるたびに拭ってあげるほどだった。
(……ハッサクは痛みに、悲しみに敏感な子だからな……、夕陽くんの泣く姿を見て放っておけなくなったんだろうなぁ)
なんて考えているといつの間にか、圭介さんが僕の隣に来ていて、僕の耳元でこう言った。
「こう言う時は一人にしてやって下さい。意外と、涙を見られるのが嫌いな奴なんです。今日は思いっきり泣かせてやりたいので、どうか命令を」
(……命令するのはあまり好きじゃないんだけど、まあ今日は仕方がないか)
「夕陽くん、今日の護衛は休みなさい。今日は圭介さんと遊騎さんに護衛を頼みます。とは言え、その様子で一人で帰すほど僕は非常じゃない。今日の護衛が終わるまでここで休憩することを命じます。……ハッサク、悪いけど今日は夕陽くんの側にいてあげてくれないかな?」
(優しいハッサクが、夕陽くんを置いて出かけても、1日挙動不審でいるのも目に見えているしね)
それに、
(何しろ、ハッサクは頭が良くても言葉を話すことは出来ないし、ただ側にいてくれるだけだから、大丈夫だろう。それにハッサクはユニークモンスターの特性でほのかに柑橘系の香りがするから、心も落ち着くんじゃないかな)
そう考えた後、肩で心配そうな顔をしながら、泣き止むことがない夕陽くんを撫で続けるハッサクに視線を移す。すると、その視線にすぐ気付いたハッサクは任せろと言わんばかりにニカッと笑ったから、本人もそばに居続けることを望んでいるし、安心した。
「遊騎さん、今回は事情を知らなかったとは言え、僕の言葉で動揺させてしまったからね、今回のことは罰しないであげてね。それと、今回の件で夕陽くんが僕の護衛から外れたいと言ってきたら、外してあげてほしいの。
初日から負担かけるけど圭介さん、護衛よろしくね。あとこの通り、ハッサクは優しすぎる子でね、側にいないと1日中挙動不審でいそうだから、ハッサクだけ残していくことは許してほしい」
そう言えば遊騎さんが、
「なら、私が代打で護衛を……!」
と言うもんだから、僕はそれはダメだと断ろうとした瞬間、すかさず圭介さんが、
「ダメです。あなたにしか出来ない仕事が今日あるでしょう? それに、この方は夜兎様の甥ですよ。この街で手を出せる人はいません。
あの方が本気を出せば、実力者である季水様、それにあなたさえ、勝てないくらいことよく知っているはずです。少なくても、この街でこの方に手を出せる人はいないでしょう。
あの、家族を愛する夜兎様の逆鱗が何なのか、この街の住人が少し考えたらわかるでしょう? それに、護衛につくのは俺ですよ? 俺なら、1人でもこの方の願いを叶えながら護衛することは可能です」
そう言えば、遊騎さんは悔しそうな顔をしながらも、渋々と言った様子で分かりましたと言った。そして、僕を安心させるためか、
「圭介は、時期にS級になれることを棒に振るって、守衛になった実力者です。安心して、圭介に護られていてください」
正直、第一印象としてそんなに強そうには見えないため、僕は驚きのあまり、失礼なことを承知でジロジロと圭介さんの顔を見ていた。そんな僕に苦笑いしながら圭介さんは、
「そんな時もありましたね。まあ、今となっては若気の至りとしか言えないですけどね。
それにしても、そう驚くことはないでしょう? あなたの兄上は実績が足りないだけで、実力としてはS級に匹敵する強さです。
とりあえず、そろそろ出ないと回りきれませんからね、歩きながら話を続けましょう」
圭介さんの提案に了承し、歩き出せば圭介さんは三歩後ろから歩き出した。後ろから常に聞こえてくる足音を聞きながら、僕が驚いたのはS級と言う肩書きではないんだけどなぁ……と考えながら、
「季水くんが強いのはわかるよ。でもね、圭介さんは強いのはわかるけど、季水くんほどの強者の雰囲気を感じないんだ。だから、驚いたんだよ」
そう言えば、ああと納得したような顔をした後、
「冒険者とはそう言う職業ですから。かと言う俺も、今思えば冒険者の中では気配を消す方でしたけど、今では隠しきれてないなぁと思うくらいです。
俺が夕陽が守衛になると決めて、一緒に守衛になりました。それでまず言われたことは1回目の訓練の時、次回からは新人を鍛えろと、お前は気配を消す訓練をしろの二言ですよ?
俺は冒険者ではトップクラスの気配の薄さでしたから納得はいかなかったですけど、先生に習いに行きましたよ。先生は一度冒険者になり、自分の弟子になれば働く場所は違えど教えてくれることは知っていましたからね。
まあ、習ったら分かりましたよ。俺は守衛として見れば、強いぞオーラがバンバン出てるってこと。それを治すことは大変でしたから、零姫にそう言われて嬉しいです 」
圭介さんはにこやかに笑ってそう言った。僕はああ、なるほど気配を巧みに消せれば、逃げ足の速さを極めるためにもいかせるかもしれないと、叔父様の言った通り、隠蔽スキルは役に立つとこの話を聞いて尚更思った。
「そうだったんだね。確かに、冒険者さん達の強さの圧は凄いよね……、びっくりしちゃったもの。まあ、護衛任務でも必要とは思いはするけれど、良く良く考えて見れば、強さを消さないまま過ごすってことは、強者からすれば誰が自分より弱いのか、バレバレってことだよね? それで任務失敗すれば元も子もないし、隠しておく方が得策と言うわけか」
そう言えば、圭介さんはドヤ顔をしつつ、ナチュラルにいつの間にか僕より先に歩いていて、ドアを開けて待っていた。
(……スキルか?)
そう考えながらも、まあ安易に人のスキル事情を探るのは良くないとそう思い直し、圭介さんに促されるまま外に出てまた三歩後ろに下がろうとした彼を制した。
明らかに僕は偉い立場だと言っているようなもんじゃないか。僕はそんなの望んでないし、畏まった態度をされるのも好きじゃない。しかし、それは出来ないって言うのも理解しているから、せめて国民が緊張しないようにあまり偉い立場だとわかるようは歩き方はしたくない。
だから、隣を歩くように動作で伝えれば、彼は素直に従ってドヤ顔をしながらこう言った。
「それもありますけど、気配の強弱をつけるためって言うのもあります。
それは襲って来たのが臆病者ならば、強い殺気を放つことで逃げて行き、怪我人も死人も出ることはありません。しかし、この手段を更に有効にするためには常日頃、強い殺気を纏っていてはあまり効果か上がりません。
しかし、強さを感じない者が、いきなり自分より強者の雰囲気を纏ったらどうでしょう? 自分では予想外だった強さの方が恐怖を感じませんか?」
確かに、予想外のことに弱い人は少なくないだろうし、自分より強ければ逃げた方が得策だろうと思うし、もし僕がその立場にいたらそうすると思う。
「確かに、いきなり強者の気配に変われば、僕は逃げる方を選択すると思う」
(僕は臆病者でなければならない。スキル的に、どんなに後天性スキルを収集しても、伝承性スキルをどんなに鍛え上げても強者になることは出来ないのだから)
「俺は零姫の考え方、好きですよ。誰かに命をかけて庇うような守り方をされたくないって考え。まあ、俺は強いって言われた先生のお墨付きがあるから、強い方なんでしょう。だから、自分にはその願いを叶えられるかもしれないと思えるんだと思います。
それでも冒険者の頃、強くはなりたくても先生と同じく、S級になりたい! って言う強い名誉願望はありませんでした。それは今でも、もし冒険者をやっていたとしても、守衛になった今でも代わりません」
さっきまではドヤ顔やら、ニコニコ笑いながら話していた圭介さんの顔から笑顔が消えた後、続けてこう言った。
「でも零姫、俺は綺麗な人間ではないんです。……S級になれたのだって偶然なんです。復讐者になりそうだった友人の代わりに、その原因となった男を重症の状態で捕らえたからです。本当に、偶然のことだったんですよ」
「運も実力のうちだよ、圭介さん」
「……ありがとうございます。ただ復讐を止めただけではS級に昇格できるわけではありません。その男が行った犯罪はたくさんの被害者がいて、要危険人物だったんです。……S級に昇格できるか否かなんてどうでも良かったんです。危険でも、俺はたった1人の復讐者を止めるためにその行動を起こしたんです。感謝されるようなことはしてないんです」
(……例え、たった1人のためであろうと友人と同じ立場にいる人を復讐心から救った。襲われる可能性があったのは国民全員だ。その可能性を結果的に潰したのは誰にでも出来る訳じゃないよ)
……って言ったところで響かないんだろうけど。
「だから、夕陽が守衛になったから、心配で守衛になったって周りには言ってますけどね、本当は自分のように復讐みたいなことをするような人を増やしたくないからなったんです。この血塗れになっていた手だったとしても、1人でも復讐者を減らすことが出来たなら、素直に感謝を受けいられるんじゃないかって思ったんです」
そう言った顔はあまりに悲痛で、胸が痛くなる。それでも僕は黙って話を聞く。……あまりにも彼1人で抱え込むには重すぎるから。
「どうしてでしょうね、この話は誰にもするつもりはなかったのに。あそこまで悲痛な姿を誰かに見せたことがない夕陽が、人前であそこまで悲しみを、自分の中に眠る痛みを吐き出している姿に感化されて、吐き出したくなってしまったのかもしれません。それに不思議と、零姫ならこの病んだ考え方を受け入れてくれると期待してしまったと言うのもあるかもしれないですね」
(……この話を叔父様は知っているのだろうか)
夜兎様と直そうと努力しつつも、慕う気持ちが強すぎて気を抜けば先生呼びに戻るほど、叔父様を慕っているんだ、慕われている方だって嫌な気にはならないだろう。
この話は僕にするべきじゃない。
「圭介さん、これは僕が受け入れる問題ではないと思うよ。僕はいずれ、この土地から離れる。依存しやすい圭介さんを依存させるだけさせて、この土地から離れていくのは僕のためにも、圭介さんのためにもならないと思うんだ。
圭介さん、今じゃなくて良いだ。あなたを大切に思ってくれている人に話しては見ない? あなたが慕う彼は、あなたの心の闇を聞いたところで見捨てるような人なのかな?」
そう言い終わったと同時に、薬剤店の店先に着いたので、
「じゃあ、僕は店内見ておくから頭を冷やして、冷静に考えて見なよ」
そう言った後、僕は後ろを振り向くことなく、店内へ入っていくのだった。




