(2) ヤヒム・ポンザール
国連事務総長は
常任理事国以外の出身者から
そして各大陸を輪番して
選ばれる事が慣例化している。
今の事務総長は
インド系のシンガポール人の
ヤヒム・ポンザールだった。
ヤヒム・ポンザールは
常に世界の外交に登場する
活発な活動を繰り広げている男である。
国連を維持する費用は
全世界の国々が平等に負担している訳ではない。
逆に世界の数少ない主な国々が
大部分の活動費用を拠出しているのである。
ちなみに国連憲章の課題と言われる
敵国条項の対象となっている
日本とドイツの二国は
アメリカに次ぐ世界第2,第3の資金負担国でもある。
主要国は予算の拠出に比例した権限がある訳ではなく
度々全世界の200国の1つ
としての立場で扱われる事がある。
その時には人口の少なさや経済力の弱さにも拘わらず
弱小国も立派な1票を構成するのである。
このある意味形式的
とも言えそうに表面的な民主主義は
国連と言う組織自体を運営する人々にとっては
非常に都合が良い面があった。
つまり、この構造があるからこそ
ヤヒム・ポンザールの存在価値があったのであり
国連の上層部を形成する者達の手腕によって
国連が独自の権力を持ち
世界の国家関係に
確実に大きな影響を与える事ができるのである。
国連は単に存在するだけなら
言葉も人種も価値観も経済規模も
全てが異なる国々の寄せ集めに過ぎない。
しかし、国連職員の職に就いた人々に
国連に夢を持ち
この組織の成長を熱望しているものが
大部分であった。
もちろん世界の標準からすれば
非常に厚い待遇も
国連職員を目指す動機の大きなものになっていた。
当然その目標は
言葉上は世界平和や貧困撲滅
そして人権問題の解決であり
実質はその為に
国連が独自の政府
つまり世界統一政府の様な
ある意味の「力を持つ」と言う方向に向かって行った。
そしてその為に
国連の上層の人間達は
「世界の政治の中力を得る」方法を
具体的に模索する事となったのである。
国連のトップは常任理事国のような
大国の出身者ではなく
発展途上国の出身者が務めるのが通常であった。
またその中枢を構成する人々も
多くの発展途上国出身者と
数に比例した先進国出身者によって構成された。
そして国連のトップの座には
まるで世襲であるかの様に
国連中枢部から這い上がってきた人間が座る事となっていった。
もちろん、彼らが求めているものは富ではなかった。
その心には、理想を求める崇高な精神があった。
その価値観は個人主義ではなく
全体主義でもなく、富でもなかった。
もちろん理想は、世界平和であったが
それでも尚
その神聖な要素だけに心血を注ぎきる事もなかった。
この価値観と比較するのに適したものに
宗教組織の持つ価値観があるかも知れない。
富でもない、争いでもない
しかし勢力や組織は大切であり
守らなければならないし
権威を失う事は何にも増して避けなければならない。
その上で世界平和を信条とする。
もちろん宗教と国連は全く異質ではあるが
結果的に類似する部分が多いのも事実だった。
その意味でヤヒム・ポンザールは
非常に実務能力に優れた現実主義者だった。
日本の首相の紹介でヤヒムに会ったダイは
話し始めてから5分もしないうちに
大部分の真実を理解した。




