(8) ホワイトハウスツアー
ダイと言うこの男は
大統領職にあるベスに手を出せという。
反重力を見せてくれると言うのだ。
大統領職にあると言っても
ベス自身は孤独な一個人である。
国家を動かすにしても
法律や具体的な情報によって動かさなければならない。
大統領であれば何でも可能な訳ではない。
ベス・クリーヴランドは酷く躊躇した。
そんな事より何か具体的な
資料の様なものを要求し直そうかとも思った。
がしかし
結局興味が打ち勝ち立ち上がると
その男に手を差し伸べた。
男は優しくその手を取った。
男の手は温もりのある人間の手の感触だった。
この手のぬくもりは
大樹の実際の手の感触をサンプリングし
機械的に生み出されたものだったが
ベスはそれには気付かなかった。
それから彼は
ベスに寄り添った。
ベスは不思議と恐怖心を感じない自分に驚いていた。
「今、貴女の身体を
私と一緒にステルスシールドをしました。
もう誰も貴女を見る事はできません。
喋っても誰も聞けません。
そして、これから身体を浮かせます。
ホワイトハウスの周遊旅行にでかけましょう。」
ベス・クリーヴランドはどぎまぎした。
そしてこれは完全な違法行為に当たると思った。
見も知らぬエイリアンと共に
ホワイトハウスの中を勝手にうろつき回るのである。
しかし、一方では幼児の時以来忘れていた様な
強くわくわくする期待感も感じていた。
そしてそれはベスの期待を上回るものだった。
まずベスの身体が1メートル程ふわっと浮き
そして水平になった。
彼女はうわぁおうと叫んだが
不思議に身体が動いた感じはなく
目の前が水平になっただけで
身体の方はまだ立ったままの状態に感じた。
まるでテレビの画面が動くのを見ている様な
不思議な感覚である。
「反重力で制御されていますから
我々は慣性の法則から解放されているのです。
もちろん地球の引力を直接感じる事もありません。」
ベスが不思議に感じていた事が分かるかの様に
ダイが解説を加えた。
「このドアが良い。
近くに人が居ません。」
そのドアは廊下側に出るドアで
普段は余り使われないドアだった。
大統領執務室のドアの多くは
執務室前にある大きなホールに面しており
そこには常に誰かが待機していた。
ドアがすっと開き
ベスの身体は廊下に流れ出る様に
空中を滑っていった。
ベスは床から4メートル程ある
天井の近くを飛んで移動していた。
実に不思議な感覚だった。
補佐官のヤコブソンと
渉外担当官のジェフが話しながら下を歩いている。
ベス達はその上をゆっくり追い抜いていった。
「大統領はこれをご存知なのですか。」
ジェフがヤコブソンに訊ねている。
「いやまだだ。
まず確認してからでないとまずい。
誤報は彼女を失望させる。
昨日の失敗を繰り返す事はできないよ、ジェフ。
さっき会った時も
彼女の様子が何か変だった。」
ヤコブソンは先程ダイと話していたベスの反応を観て
自分の失敗を非難されたと勘違いしているらしかった。
彼女は後で彼を慰めなければと密かに考えた。
それからいたずらに大きな咳払いをしてみたが
案の定二人に全く気付く様子はなかった。
ベス・クリーヴランドは不謹慎とは思ったが
いよいよわくわくする様な興奮に捉えられていった。




